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ほころび庵のムギ〜縁の糸が見える猫〜  作者: ゆもニャ
第四章 商店街の未来

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第33話:芹奈さんと親友の話

 澄江さんが「ゆっくりする」と言った翌日から、ほころび庵の開店時間が少し遅くなった。


 木村さんが「無理しないでください」と言った。


 磯田さんが「当たり前だ」と言った。


 芹奈さんが「何かあったらすぐ言ってください」と言いに来た。


 澄江さんはにこにこしながら「大げさね、みんな」と言った。


 でも、開店時間は遅いままだった。


 私は、そのことが少し安心だった。


 澄江さんが、自分の疲れを認めている。


 それだけで、昨日より糸が少しだけ明るくなった気がした。


 芹奈さんが来たのは、そういう十一月の昼だった。


 今日の芹奈さんは、相談がある顔だった。


 でも、緊急という感じではなかった。


 むしろ、少し嬉しそうだった。


「澄江さん、大丈夫ですか」


 芹奈さんがまず聞いた。


「大丈夫よ」


 澄江さんが言った。


「来週、結果を聞きに行くだけで、今日は元気だから」


「よかった」


 芹奈さんが座った。


「あの、相談があって」


「どうぞ」


 芹奈さが少し照れた顔をした。


「友達の話なんですけど」



「友達、というか」


 芹奈さんが言った。


「高校からの親友で。二年前に、急に連絡が取れなくなって」


「急に?」


 澄江さんが聞いた。


「ストーカーに悩んでいたんです、その子が」


 芹奈さんが言った。


「職場の人で、しつこくて、怖くて。それで引っ越して、連絡先も全部変えて。私にも知らせられなかったって」


「まあ」


 澄江さんが言った。


「急に連絡が取れなくなったとき、何があったのかわからなくて、ずっと心配で。でも探す方法もなくて」


 芹奈さんが湯呑みを持った。


「先週、急に連絡が来て。ストーカーの問題が解決して、やっと連絡できたって。会いたいって」


「よかったじゃないですか」


 澄江さんが言った。


「はい」


 芹奈さんが頷いた。


「すごく嬉しくて。でも、なんか、怖くて」


「怖い?」


「二年間、何もできなかったから。心配していたけど、何もできなかった自分が情けなくて。今更、会えるのかなって」


 私は芹奈さんを見た。


 糸を確認した。


 芹奈さんの糸の中に、白に近い糸が見えた。


 細くなっていたが、切れていなかった。


 二年間、音信不通だった間も、この糸は切れていなかった。


 そういう糸だった。



「その親友の方から、連絡が来たんでしょう」


 澄江さんが言った。


「はい」


「会いたい、って」


「はい」


「それだけで、十分じゃないかしら」


 澄江さんが言った。


「二年間、何もできなかったって言うけど、相手も同じよ。連絡できなくて、心配させてしまったって、思っていたはずだから」


 芹奈さんが「そうですかね」と言った。


「向こうが連絡してきた、それが全部だと思うわ」


 澄江さんが続けた。


「二年間のことは、会って話せばいい。今更じゃなくて、今だから話せることがあるから」


 芹奈さんが少し考えた。


「会いに行ってみます」


 芹奈さんが言った。


「怖いけど」


「怖くていいのよ」


 澄江さんが言った。


「怖いまま、行けばいい」


 芹奈さんが笑った。


「澄江さん、そういうこと言いますよね。怖くていい、って」


「本当のことだから」



 しばらく話して、芹奈さんが私を見た。


「ムギちゃん、どう思いますか」


 私はカウンターの端で、芹奈さんを見た。


「会いに行った方がいいですよね」


 私は前足を動かした。


 ○を作った。


「ですよね」


 芹奈さんが笑った。


「猫にも背中を押してもらった」


 芹奈さんが立ち上がった。


「連絡してみます。今日中に」



 芹奈さんが出て行った。


 澄江さんが窓の外を見ながら言った。


「芹奈ちゃん、来た頃と全然違うわね」


 私は澄江さんを見た。


「最初に来たとき、祭りの夜。一人でいるのが怖い顔をしていたから」


 澄江さんが続けた。


「今日は、友達の話をするのに、嬉しそうな顔をしていた。この商店街に、ちゃんと根を張ってきたのね」


 私は窓の外を見た。


 芹奈さんの糸を確認した。


 祭りの夜、透明だった糸に、今はちゃんと色があった。


 まだ何色かはうまく言えなかった。でも、透明ではなかった。


 そしてさっき確認した、白に近い友人の縁の糸が、芹奈さんの背中から、この商店街の外へ伸びていた。


 細いけれど、切れていない。


 そういう糸だった。



 夜、澄江さんが早めに横になった。


 最近、早く眠るようになっていた。


 私は窓際で、夜の商店街を見ていた。


 来週、澄江さんが検査結果を聞きに行く。


 何が出るのか、わからない。


 大病ではないかもしれない。でも、大病かもしれない。


 私には、わからない。


 糸は視える。でも、未来は視えない。


 それは、猫になっても、変わらなかった。


 ただ、今夜の澄江さんの糸は、昨日よりわずかに明るかった。


 「疲れてたの、ちゃんと」と認めた日より、少し。


 自分の疲れを認めた人間の糸は、少し軽くなる。


 それだけは、わかった。



 商店街の夜が、静かに続いていた。

 

 芹奈さんの糸は、商店街の外へ伸びていた。


 切れていなかった。


 そういう糸だった。


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