(九)
朝、保育園に行くように病院に行くと午前中には手術が終わっているという想定が、他でもなく沙菜の強い願いなのだということにも、すぐに顕也は気付いた。手術内容はもちろんのこと、麻酔のこと、手術のこと、思い返せば沙菜が自らそれらを口にしたのはただ一度、出産直後だけだった。それ以降は聞けば答えてはくれるが、沙菜が積極的に次男の口唇裂に関与する姿勢は一切なかったのである。母親の自分は素人なので専門家である父親にすべて任せておけばいいという考えがそうさせているのだろうという思い込みは、どうやら違った。三浦の何気ない雑談が気付かせてくれたとおり、沙菜は根本的に手術を避けて通ろうとしていた。二人の立場を考えれば、大らかな性格の沙菜が一歩引いていると捉えられなくもないが、その態度は理路整然とした類い稀な理解力とはまるで相容れない。やはり沙菜は侵襲的な医療処置に対するトラウマを抱えている、そう考えればすべてが繋がった。
この手術は沙菜には不要、極端に言えばやってもやらなくてもどちらでもいい医療処置、それが顕也の出した答えだった。手術に関するいかなる意思や労力、術野を連想させるような雑談すらも、沙菜にとっては必要ないばかりか、それらは癒えそうな傷に不都合に干渉する厄介なひきつれの痛みを嫌でも思い出させていたのかもしれない。闘病の末に母を失い、延命措置の末に娘を看取り、自らも自殺企図を繰り返して何度も集中治療室で人工呼吸器に繋がれた紗菜が、医療についてそれなりの知識を持たないはずはないのである。沙菜の妥協点は、次男の口唇裂への関与を放棄することだった。無関心を決め込むことだった。それでも沙菜の判断は賢明だった。自分にはどうでもいい手術が次男にとっては必要な手術なのだと感情ではなく頭で理解し、すべてを顕也に託したのである。理解し過ぎるが故の生理的な恐怖をさらに上回る理性的な判断で乗り越えた形の妥協点であった。
「よかったんじゃない?」
年明け早々の手術になることを知った時の沙菜の返事は、案の定これだけだった。ほとんど他人事である。
「三浦先生、当日は午後もいらっしゃるのかな?」
沙菜は、手術のことではなく三浦に挨拶できるかどうかを気にした。
「午後も手術だと思うけど、夕方には麻酔科の術後回診で必ず病棟に来るよ。」
「じゃあ、病室にいるようにするね。」
「それがいい。自分は、午後はふつうに仕事だけど、上の子たちのお迎えには行けると思う。」
その会話が患者家族として両親二人が行った手術に対する打ち合わせのすべてだった。
必然的に、顕也は家族の前では手術の準備を決して何も見せないようにした。すべての必要な作業を、工作員さながらこっそり黙って一人で進めたのである。まず急いで行ったのが、切開線のデザインに使う竹串の調達だった。術野で使う色素の乗りの問題で、爪楊枝ではなく竹串を必要とした。竹串くらいはあるだろうと病院の厨房を訪ねて探してもらうが、尖った物は食膳に載せないという理由で置いていないのだという。仕方なく家族みんなが寝静まった後に、抜き足差し足で自宅の台所の引き出しから竹串を二本頂戴して病院の滅菌室に持参する。年始に使う器材や消耗品は、そうやってすべて年内に滅菌しておく必要があった。
次に次男の顔の写真を撮った。真正面の画像と、鼻孔がしっかり見えるくらい下から見上げる煽りの画像が必要だった。二次元にはなってしまうが、まずは紙の上で切開線のデザインのシミュレーションを行うためである。撮影を上の子たちに見つかると騒ぎになるので二人きりになる瞬間を狙うが、これがなかなか難しい。よくよく考えれば次男とゆっくり二人きりで過ごした時間など記憶にない。チャンスは風呂の時間しかなかった。子供たちを風呂に入れるのが顕也の仕事だったので、脱衣場の収納にカメラを隠しておいて上の子たちをさっさと風呂から上がらせると、沙菜が最後に次男を連れて来る。この順番は逆転することもあったが、時間差を作った方が次男を扱いやすいことは沙菜も上の子たちも心得ている。さっそく脱衣場に寝転がった次男は、どうぞとでも言わんばかりに無表情でカメラの方をじっと見つめた。浴室から拾い上げたアヒルの玩具を顔の正面でちらつかせてじっと見ている隙に、煽りの写真もバッチリ撮る。我が子ながら、実に要領を得た完璧な被写体であった。変に愛嬌を振り撒いて笑ったり機嫌を損ねて泣いたりしても、シミュレーションの写真としては使えないのである。
さらなる難関は、押入れの奥底の段ボール箱の中に眠る二十年近く前の口唇口蓋裂関連のテキストや医学雑誌、あるいは手術記事のコピーなどを引っ張り出すことであった。数は多くないが、どこの段ボール箱に仕舞い込まれているのか見当も付かない。ジャンルを問わず山ほど溜め込んだ医学資料は病院のデスク周りにもたくさんあって、そこに紛れ込んでいないことは確認済みだった。この手の文献の管理は非常に難しい。今後長く使わない可能性が高い文献は職場のデスクから撤収して自宅に保管していたが、そうするとほとんど開いて見ることはなくなるので、何をどこに押し込んだのかきれいさっぱり覚えていない。そんな自宅の段ボールの中の二度と使わないと断言できる文献であっても、血だらけの術野の写真が掲載されたテキストや雑誌を普通のゴミといっしょに捨てるわけにはいかない。生々しい手術記事のコピーに至っては、名前や日付をわからないように塗り潰してあるとはいえ、病院においてあるシュレッダー行きのゴミ箱にしか捨てることができなかった。これらを選別して職場のしかるべきゴミ箱に運ぶ余裕もなく、仮に頑張ってその大部分を捨てたとしても、結局は塵も積もってそれなりの量の文献を溜め込んでしまうことになるのである。目当ての文献は捨てていないことは確かなので必ずどこかにはある。そう信じて、物置に使っている部屋の押入れの前で、顕也は一人で念入りに年末の大掃除を始めた。
テキストと医学雑誌のコピーはすぐに見つかったが、実はこれらはあまり役に立たない。雑誌の特集などには著名な術者の目線で見る手術の勘所がまあまあ詳しく書いてあることもある。一見役に立ちそうではあっても、よく読むと術式が違っているとあまり参考にならず、形態異常という変形に対する見方、考え方のヒントを得られるだけである。顕也がもっとも必要としたのは手術記事のコピーだった。定型手術の少ない形成外科では、手術記事の内容は記載者の裁量に任せられていることが多い。他の診療科の定型手術では、ほとんど出来上がった手術記事が用意されていて、所々使用した器材などの用語を穴埋めしたりチェックボックスにレ点を付けたりするだけなのであるが、そういう定型手術の少ない形成外科では一例毎に一から手術記事を書くということである。つまり、ボリューム、シェーマの有無、手書きか活字か、白黒かカラーか、これらをかなり自由に書き手の熱意の赴くままに書くことになる。そうすると、同じような内容の手術であっても、手術記事の内容はそれぞれの書き手によってまるで違う。書き手というのは他でもない。術者自身が手術記事を一切書かないという状況は、決して珍しくないのである。助手に付いた熱心な若手の先生が向学のために自分に書かせて下さいと申し出る場合もあるし、助手に付く下級医が手術記事を書くのは当たり前というありがたいシステムが構築されている場合もある。後者の場合に義務的にやっつけ仕事で書かれた手術記事は、目を通してもほとんど得るものがないばかりか、ハイボリュームセンターとしてデータ抽出に使用するための必須項目すら往々にして抜け落ちている。頭が下がるのは前者の方であった。ここでも記録を残すことに対する熱量の個人差は歴然としてはいるが、熱意ある優れた手術記事は「次は術者として誰の力も借りずに同じ手術を再現してみせる」という気概に満ちているのである。その手術の何が重要かを考え抜いて記載しているので、データ抽出のための必須項目が抜け落ちていることなどそもそもない。それ自体がその患者本人のその後の治療方針の決定に有益であることは言うまでもなく、見る者が目を奪われるような美しく正確なシェーマに沿って次の機に自らその手術手技を再現するための勘所が克明に盛り込まれた手術記事は、若手に読み継がれていくという点でも、次に生まれてくる同じ疾患の患者の治療の発展に大きく貢献しているのである。
顕也が求めていたのはそんな手術記事のコピーだった。横浜こども病院時代にこれはと思ってコピーしておいた先人たちの尊い手術記事が、十編ほどクリアファイルに入って保存されているはずだった。当時、執刀前には何度も見直して、手術記事を書く時にもいつも参考にしていたので、鮮明に覚えている。その中のおよそ半分は口蓋裂の手術記事なので、今再び目を通したい口唇裂の手術記事はたった五編ほどしかない。
押入れに最後の一箱を残してやっとそれは見つかった。部屋中に積み上げられた段ボールに囲まれて、雑多な資料の中から目的のクリアファイルを引き抜く。懐かしさに思わず声が出そうになりながらファイルの中の文献を取り出したその時、手術記事ではない紙切れがパサリと床に落ちた。ポケットに入る大きさに折り畳まれて、表側になった白紙の裏面には所々クレヨンのカスがこびり付き、四隅に折り返されたセロハンテープが黄色く変色している。彩乃の絵だった。どこかにはあると思っていたが、まさかこのファイルの中に突っ込んだままになっていたとは・・・。
手術記事はそっちのけで、顕也はその絵を拾い上げた。それは、美希の通夜の日に彩乃がくれた絵だった。絵には色んな表情の顔がたくさん描かれている。あの日、彩乃は、美希の棺から抜き取った自身の力作を無造作に折り畳んで、ひょいと自分に授けた。それ以来、これを開いたことはない。彩乃自身もこの絵の存在すら忘れているであろう。折り畳まれたままの絵は、それを手に取った今でも、やはりぼんやりと暗い気持ちにしかならない。記憶は薄れても、意識はあの日のまま時が止まってしまっている。薄汚い紙切れを見ていると、好奇の目に晒されて居場所がなかった美希の葬式の情景が思い出されて辛いだけである。こんな絵が何になるとさえ感じた当時の意識が、どんよりと暗く伸し掛かる。それがどうしたことだろう。一つ一つそっと折り目を開いていくと、魔法にでもかかったように時間が巻き戻されて、三人で暮らした楽しかった日々が次々と蘇っていく。どうやら懐かしい音楽を聴いて当時の記憶が呼び戻されるのと同じ作用だ。美希と彩乃と過ごした何気ない日常が、三人で笑い合った日々の光景が、まるで白黒写真に色が流し込まれるように鮮やかに浮かび上がって来たのである。伊豆の民宿で浴衣を着せてもらって燥ぐ彩乃、バイト先の花屋の売り上げアップを嬉しそうに自慢する美希、縁結びの御守りを照れ臭そうに差し出す彩乃、得意の手料理を我先に食べる二人にちょっと呆れながら笑う美希、描きかけの絵の上に突っ伏して寝た彩乃のおでこに付いたハートマークに大爆笑する三人・・・取り留めもなくそんな光景が浮かんでは消えていく。多種多彩な顔が紙面いっぱいに所狭しと並ぶ彩乃の絵には、相変わらずそんな不思議な魅力に溢れていた。独特な迫力があった。描かれた人物たちがクラスメイトなのか、アニメのキャラクターなのか、あるいはその中に三人が含まれているのか、今となっては知る由もない。校庭に勢揃いした全校生徒を屋上から撮影した記念写真のような構図で配置された、明らかに大人では描けない子供特有の不規則で柔らかな歪みを持つ多様な顔、顔、顔。十秒も眺めていなかったと思う。廊下を走って来る子どもたちの足音に気付いた顕也は、絵をさっと二つ折りにしてファイルの後ろに仕舞った。
「なにしてるのー?」
長男が部屋の入口から顔だけ出して声をかけてくる。
「お掃除だよ。一年の終わりの大掃除。」
へー、と言って積み上げられた段ボールを見回す長男の下から、長女の顔が出てくる。
「パパー、おやすみなさーい。ママがねー、あしたもおしごとだから、早くねてくださいって。」
最近の長女は言語発達が目覚ましくて、口喧嘩では長男をやり込めてしまう。遅れてやって来た次女が、さらにその下から顔を出して顕也を見つけると、バンザイしながら駆け寄って来た。
「ここは埃だらけだから、居間のママのとこに行ってようか。パパもすぐに行くよ。」
次女を抱っこしながら顕也がそう言うと、長男がダダダッと廊下を居間の方に駆け出す。じゃあねー、と言って長女がそれに続くと、次女も顕也の腕をするりと抜けて後を追った。
誰もいなくなった部屋で、顕也が再びファイルを手に取る。これがなければ、ここでこの手術をやろうとは思わなかったであろう。それぐらい大事な、捨ててはならない、捨てると二度と手に入らない資料だった。だからこそあの時、茫然自失の若造は、とりあえずこのファイルに彩乃の絵を突っ込んでおいたに違いない。そう考えると、まさにこの絵が島での手術を誘導したかのように思えて、また不思議な気分になる。さらによく考えると、この絵は先輩患者である彩乃から、後輩患者の次男に手渡されたバトンのようでもあり、一方では、術者として手術に臨む自分の無用な気負いを鎮める御守りのようでもある。
(そっちの過ぎるお節介は、ちょっといただけないかも。こっちの過ぎる期待は、たぶんがっかりするだけ。あるがままを受け入れるから、手術はほどほどでいいかなー)
幼い彩乃がそんなことを意図したはずもないのであるが、顕也と次男にとって、どうやらこの絵にはそんな緩いメッセージが込められている。顕也は、自身の唇を指さして悪戯っぽく微笑む彩乃がまるでここにいるかのように感じていた。




