87,そろそろ好きに動きたいだろう
ペルーダに滞在して早三週間。アジサシは用事の全てを無事に終えたところであり、明日にはペルーダを発つ予定でいた。
夜会に出席した後はそれほど時間を置かずにタテュル夫人の元へ赴きミュアザーエフラワーを使った髪飾りのデザインや、使用するミュアザーエフラワーの数などを念入りに確認して作業を開始し、レウコスが宿に籠って作業を進めている間にハシャーマ殿のお屋敷や知り合いの工房を回ってきた。
ついでに仕入れも行い、髪飾りが完成してタテュル夫人との取引が無事に終了したのが一昨日の事だ。
昨日、今日と出発の準備を行い、あれこれを馬車の確認をして、次に行く場所を決めた。そうして問題がなかったので明日の早朝には出発、という話しで纏まったのだ。
「お前たちも、そろそろ好きに動きたいだろう」
少しは連れ出すこともあったけれど、滞在は予想以上に長くなった。窮屈だったろう、と馬たちに声をかけると、ルムは同意するように頷いたが、ニムは興味なさげに一つ息を溢しただけだった。
まぁ、この二頭からすれば普段巡っている七つの大陸など、全て合わせても狭い世界だろうからあまり変わりはないのかもしれない。
本来であればもっと広い世界を……それこそ、海の先や天高くまでを駆けるのがフェゲズという種だ。
そんな種族がなぜ魔力を偽る装備付きで売られていたのかに関しては、チグサも知らない。
けれど、彼らが何らかの意図をもってチグサの……アジサシの、手助けをしてくれているのは確かだ。
その気になれば馬車との牽引装置も手綱も何もかも振り切って、どこか好きなところへ駆けて行くことも出来るのだと、チグサの目にはそう映っている。
けれど、それをやっていない。それはアジサシへの情か、それともまた別の思惑か。
そんなことを考えた時もあったけれど、今となっては彼らもまたアジサシの一員なのだから、この無計画で行き当たりばったりの旅を楽しんでいるのかもしれない、と思うようになった。
普段から割とあそこへ行きたい、これを食べたい、と自己主張はするし、嫌々繋がれているわけではないんだろう。
「だんちょ?どしたの?」
「おや、カタリナ。なんでもないよ、次の行先を話していただけさ」
「そ。じゃ、これあげる」
「これは……どこで買ったんだい?」
「宿でもらった」
宿に居たはずのカタリナが馬車に戻ってきて声をかけてきたので、返事をしつつ振り返る。
すると、なぜか手に持っていた干し魚をおもむろに渡された。
カタリナからは詳しい話を聞けそうにないので、これは宿の方に話を聞きに行かないといけなさそうだ。
ということで、渡された干し魚を持ったまま宿に戻る。
宿の受付に何事かと聞こうとすると、向こうもチグサの手に持たれた干し魚で聞きたいことを把握したらしい。案内されるままについて行くと、食堂の一角でサシャと誰かが話している声が聞こえた。
「あ、団長。……カタちゃんから渡された?」
「うん。で、なんだいこれ」
「実は、新しく魚や野菜の加工をする店を作る予定でして。その試作品を、良ければお試しいただけないかと」
サシャと話していたのは宿のオーナーだったようだ。見知った顔だったことにひとまず安心して、サシャの隣に腰を下ろす。
どうやら、話しを聞いている最中に通りがかったカタリナが魚をじっと見ているので、とりあえず持たせたのがこの干し魚らしい。そのくせチグサを見つけた瞬間に渡して興味を失うのだから、あまりにも気まぐれだ。猫なので仕方ないかもしれないが。
「他の大陸と第六大陸だと作り方が違うし、試しに仕入れてもいいかな?」
「いいよ。いくらか仕入れて、次に来る時までにいろいろ確かめてみようか」
「そうしていただけると有難い。なにか問題があれば、どうぞ遠慮なくお申し付けください」
他の大陸で売れるかどうか、そしてサシャが実際料理してみて使いやすいかどうか。そのあたりを確かめて、次に来る時にどうするかを決めることにする。
この大きな宿をずっと問題なく切り盛りしているオーナーが新しく始める事業、ということで他よりかは信頼もある。長い目で見て、良い物を作ってくれるように意見を言うのは悪い事ではないだろう。
というわけでカタリナから渡された魚はそのままサシャに引き渡し、具体的にどんなものを作る予定なのかを聞いておく。
第六大陸は年の半分以上を雪に覆われる土地だ、野菜は育ちにくく、しかしわずかに育ったそれを保存する術には長けている。
そもそも寒い土地なので保存に困ることは少ない。ここでは氷室の制作は簡単だし、どちらかと言うと物がすぐ凍る方が問題になるくらいだ。
オーナーは元々野菜を育てるための温室を持っていて、それを新たにいくつか増やすので野菜の加工もすることにしたらしい。
「この宿で出される料理はその温室で作られた野菜が使われているんですよね?」
「えぇ、その通りです」
「なら味も質もかなりいいし、加工の仕方によってはもっと美味しくなるかも……」
想像の中であれこれと料理を作っているのか、サシャが楽しそうに声を出す。
その後、宿側とサシャの希望を聞いてある程度の量の仕入れを行い、チグサは席を立った。
仕入れたものを馬車に運び込むのはサシャがやっておいてくれるそうなので、その間に他のやるべきことを済ませないといけないのだ。




