85,挨拶回りといこうか
夜会の会場に着いたら、まずは主催者であるハシャーマ殿へ挨拶に行く。
そのまま軽く世間話をして、帰ってもいい最速の時間をそれとなく教えてもらったところで他の参加者が近くで待っていることに気付いたので、ハシャーマ殿とは別れて会場内へと進んだ。
「上着は?」
「このまま着ておくよ。レウコスもそのつもりで用意してくれたようだし」
夜会といえば肩や背中はある程度露出したドレスが基本になるとは思うが、何せここは第六大陸のペルーダ。寒冷地である。
そのため他の参加者もケープなどの上着を着ている人がほとんどだ。ペルーダの夜会は大体いつもこんな感じである。本当に短い夏の間は着ないらしいが、今日は外が吹雪なので誰も脱がないだろう。
「さて……このまま立っていても目立つだけだし、挨拶回りといこうか」
「分かった」
ちらちらとこちらを見ている視線を感じつつ、既に見えている知り合いの元へと向かう。
アンドレイにエスコートされつつ歩いて行けば、向こうもこちらに気付いたらしい。
笑顔で控えめに手を振ってくれているので、傍に寄って挨拶をする。
「お久しぶりでございます、タテュル夫人」
「お久しぶりね、団長さん。夜会にいらっしゃるなんて珍しい……ハシャーマ様もお人が悪いわ」
手袋に包まれた手を口元に当てて、上品にくすくすと笑ったマダムに微笑みを返す。
このタテュル夫人も、アジサシの上客の一人だ。アジサシの夜会嫌いを知っている程度には内情に詳しく、そのうえでこちらの様子を見て楽しんでいるお茶目な人である。
「今回は何の御用で第六大陸にいらしたの?」
「ミュアザーエフラワーが手に入りましたので、工房を回ろうかと。夫人のところにも伺おうと思っていたのですが、よろしいですか?」
「もちろんよ、ぜひいらっしゃって。……あぁ、その髪飾りが今回作ったミュアザーエフラワーなのね?少し見てもいいかしら」
「もちろんです」
タテュル夫人はそれほど背が高いわけでもないけれど、なにせチグサが小さいので後ろを向けばそれだけで髪飾りはよく見える。
レウコスが夢中になって作っていた飾りは、合計で五つ。他の飾りもついているけれど、それらはミュアザーエフラワーを際立たせるための背景だ。
「まぁ……とても綺麗ねぇ」
「うちの細工師が作ったものです。お気に召されましたか?」
「えぇ。うちの孫娘が今年レビュタントなのよ。作るところまで、お願い出来るかしら」
「かしこまりました。デザインなどは、また後日でよろしいですか?」
「そうね、ふふ。来てもらうのが余計に楽しみになったわ」
普段はあまり受けない仕事だけれど、タテュル夫人からの依頼ならば製作まで請け負うのもやぶさかではない。レウコスもタテュル夫人相手ならば嫌とは言わないだろう。
と、そんなことを考えつつ夫人と話している間に、どうやら周囲に人が集まってきたらしい。
ちらりと夫人の方を見たらにっこり微笑まれたので、このまま傍に居てもいいらしいと判断して立ち位置を変える。
夫人の正面から横へと移動して視線の主を確認すると、面識のない男性が立っていた。
目が合ったので微笑んで軽く会釈をすると、その男性が近付いてくる。……そしてついでに他の人たちも寄ってきた。
見世物になった気分だ、なんて思いながら笑顔で自己紹介と握手を交わして、一通り集まった人たちの顔と名前を頭に叩き込む。
そのまましばらく他愛もない雑談に興じていたのだけれど、最初に寄ってきた男性がどこかソワソワとした様子で話を切り出した。
元々それが目的だったのだろうなぁと考えつつ顔に笑顔を張り付ける。そろそろ疲れてきたな。
「息子には、広い世界を見て色々なことを勉強してほしいと思っておりましてな……アジサシ殿の下働きのようなことが出来れば、それも叶うだろう、などと考えていたのです」
にっこり笑っていた顔が崩れないよう力を入れる。目が笑ってないのは、まぁ仕方ないだろう。
下手に出てはいるけれど、つまり自分の息子をアジサシの一員として馬車に乗せ、その商売のやり方と多種多様な商品の仕入れ先を教えろ……と、そう言っているのだ。
実際のところこういった申し出は今回が初めてではない。時折言われる事ではある。
アジサシの仕入れルートを知りたいという思惑であったり、アジサシの秘密を暴いてやろうという邪心であったり、アジサシとの強い繋がりを求めてのことであったりと理由は様々だが……アジサシがそれを受け入れたことはない。
絶対にお断りだ、面倒くさい。こちらに何も利がないだろうが。
……と、さすがにそんなことをそのまま声に出すわけにはいかないので、断り文句を考えていたところ、チグサよりも周囲に集まっていた貴族たちが焦ったように苦言を呈し始めた。
「そのようなことを申されて、アジサシ殿を困らせるばかりではありませんか」
「商人の仕事は厳しいもの、勝手を知らない人間を連れていく負担は大きいでしょうな」
「アジサシには団長さんを含めて女性もいらっしゃるのですよ?そこへ見知らぬ男が入り込んだら、安心して眠れもしない状態になってしまいますわ」
非難轟々、四方八方から苦言を呈され、男性は慌てたように過ぎた言葉だったと謝罪をし、逃げるように去って行った。
……貴族たちにとって、アジサシは時折訪れる稀人のようなものだ。
別の大陸で流行っている物、新たに見つかった珍しい品々。そういった物と共に、各地の情報を持って訪れる。親しくなれば様々な利があり、どうにか手中に収めたい相手。
けれど、何か少しでも機嫌を損ねればそもそもその国自体に寄り付かなくなる。だからこそ、周囲が機嫌を損ねかねない言動をすることを許さない風潮があるのだ。
まぁチグサやアンドレイは、それも含めて面倒くせえな、と思っているわけだが。
顔に出さずににっこり笑って集まった面々と挨拶を交わし、世間話をする。そうしてしばらく真面目に仕事をして、そろそろ抜け出しても問題はないだろう、というところでそっと会場から出た。
会場を出た先には馬車が待っており、宿まで送り届けてくれるという。
「ハシャーマ殿は用意がいいね」
「そうだな」
そこに気を遣うなら呼ばないでくれ、とも思うが、それを言っても仕方がないのだろう。
ようやく終わった面倒な用事に乗り込んだ馬車の中でため息を吐き、チグサは肩の力を抜いた。




