83,動けなさそうだね
アジサシ馬車がどうにかペルーダに到着した時、外は既に吹雪いてきていた。
おそらくこの後はもっとひどくなるので、急いで宿に駆け込み部屋を確保する。
この宿はしっかりと壁と屋根が付いた馬車の停車位置があるので、外が吹雪いていても馬車の中で泊まれるくらいの熱は保てるのだ。
とはいえ寒いものは寒いので、今日くらいは宿の部屋に泊まったらどうかとカタリナとエリオットを誘ってみたのだけれど、あえなく断られてしまった。
馬車を止めた瞬間に御者台から降りてきて寒いと文句を言ったカタリナもより暖かい宿の部屋には入ろうとしないのだから、絶対に嫌なのだろう。
ちなみにレウコスは宿のロビーにある暖炉の前から動かなくなっている。
この後宿の部屋に行くと、今度はそこの暖房の前から動かなくなることだろう。
などと考えながらカタリナに湯たんぽを渡し、チグサも宿に入ることにした。
「吹雪が落ち着くまでは動けなさそうだね」
「そうだな。明後日には落ち着くだろうと宿の主人が言っていたが……」
「ま、こればっかりは仕方がないね」
天気には勝てないのだ、なにを言っても仕方がない。
せっかくだし宿でゆっくり過ごそうか、と団員にも声をかけて、チグサはひとまず風呂に入ってくることにする。
着替えを片手に浴場へ向かっていると後ろからサシャが追いついてきた。
そしてついでに新しく仕入れた石鹸を試してみよう、という話しになり、一度石鹸を取りに馬車まで戻ってから改めて浴場に向かう。
「花弁が入っているって話だったね」
「わ、綺麗」
「これで泡立ちも良いようだったら、次に行ったときに沢山仕入れたいけれど」
この石鹼を仕入れた場所は第三大陸の村で、何か村で作って外に売れるものはないかと考えた結果作られたらしい。
今回は試しに仕入れただけだが、これできちんと使えるのならば人気も出るだろうし多めに仕入れたいところだ。
なんて話しながら服を脱いで浴場に入り、早速石鹸を泡立ててみる。
手の中で泡立てようとしてもあまり上手くいかなかったが、タオルに包んでみたらそこそこ泡は立った。
「香りもいいし、これなら十分売れるね」
「あたしこれ好きー。カタちゃんが好きかは分からないけど」
「あぁ、確かに。花の香りだし、大丈夫な気もするけど……」
作った泡で身体を洗いながら感想を言い合う。
花びらの他にも何か入れているのか、泡立てて身体を洗うとふんわりと花の香りがしてくるのは好印象だ。ただ、それが苦手な人もいるだろう。
カタリナが苦手だと言ったら開けた石鹸は知り合いに試してくれとでも言って渡すか、なんて考えながら湯船につかり、気の抜けた声を出す。
第六大陸にいると、どうしても風呂にいる時間が増える。芯までしっかり温まらないと湯船から出る気になれないので。
そんなわけでサシャと一緒にゆっくりしっかり温まり、髪もそこそこ乾かしてから部屋に戻ると、アンドレイとセダムが何やら話し合っていた。
レウコスは案の定暖房の前で布の塊と化しているので、そちらは見なかったことにしてソファに腰を下ろす。
「団長、さっきハシャーマ殿が来て、夜会の招待状を置いていったぞ」
「うわ……」
「まあそういう反応になるよな」
面倒くせぇ……と隠しもせず顔をしかめると、アンドレイも頷いた。受け取った時点で同じような反応をしていたらしい。
基本的にそういったことには参加せずのらりくらりと逃げているアジサシだが、本当に時折、逃げ切れない時は参加することもある。
「ハシャーマ殿かぁ……うーん……」
普段ならば急いで行かなければいけない場所があるとか、他にやらなければいけないことがあるとか、そういう理由をつけて逃げるのだが、なにせ今のペルーダは吹雪。移動は出来ないし、やることも特にない。
さらに言えばハシャーマ殿は今回ミュアザーエフラワーを持っていこうと思っていた相手の一人だ。
相手方の誘いを断っておきながら自分たちの商売はやりに行く、なんてのはまかり通らない。
他の貴族連中の誘いであれば多少無理にでも逃げる事を考えるが、ハシャーマ殿相手にはそれもしたくない。となれば、行く以外に選択肢はない。
「いやだぁ……」
「行くって言った直後の発言ではねえな」
「じゃあセダムが行くかい?」
「俺は呼ばれてねえよ」
「俺の代わりに行っていいぞ」
押し付け合いを始めたアンドレイとセダムを見ていたら、後ろから肩を掴まれた。
嫌な予感と共にゆっくりと振り返ると、良い笑顔のサシャと、布にくるまったまま移動してきたレウコスが立っている。
元々チグサの髪を弄ったり化粧をしたりするのが好きなサシャと、夜会用のドレスならばどれだけ盛ろうが許されると思っている節があるレウコスだ。この二人に聞かれた時点でチグサの平穏は失われた。
寒さに負けていたくせに夜会の支度だと布を引きずりながら移動を始めたレウコスをどうにか止めつつ、早速髪を弄り始めたサシャにまだ早いと抵抗する。
そうして色々と支度が勝手に進むのを眺めて、まだ始まってもいないのにチグサは疲労困憊になっていくのだった。




