76,採取開始だ!
サフィアの隠れ里から出て、海側ではなく陸側から同じ森に入る。
今回の目的であるミュアザーエフラワーは、開花している間に採取して適切な処理を行えばそのままの状態で数年ほど姿を保つ花だ。
その特性から装飾としてとても価値が高く、数年に一回しか開花しないため高価に取引される。
アジサシがこの花の採取を行うのは今回で三度目、この森での採取は二度目になる。処理に必要な薬品などはあらかじめ用意が終わっていて在庫として積んであるので、そのあたりは心配ない。
「よし、各自籠とはさみは持ったね?」
「はーい!」
「じゃあ採取開始だ!籠がいっぱいになったら戻ってきてサシャに渡して、次の籠を持っていくように!」
「はーい!!」
ここはミュアザーエフラワーの群生地なので、今回もかなりの量が取れるだろう。
ということで、今回は総動員で採取を行い、採取した花の処理をサシャとレウコスに任せることになっている。
サシャが既に鍋で薬品を過熱しているので、すぐにでも作業は始められるだろう。
ということで、各自手に籠を持った他団員は森に散開して花探しを始めた。
チグサものんびりと森の中を探し、見つけたミュアザーエフラワーを回収していく。
まっすぐに伸びる茎の中央あたりに二枚の葉が生えているので、その真上あたりを切る。そうして摘んだ花は布を敷いた手持ちの籠の中に入れて、一帯の花を採取したら次へと向かう。
咲いているものを全て回収したとしても、アジサシが来る前に咲いていた分、そして去った後に咲く分については手を付けないので、花を根こそぎ取ってしまうことはない。
ここは特に大きな群生地なので、そもそもすべてを取り切ることは難しいのだ。
というわけで、遠慮なくせっせと採取して、籠がいっぱいになったら森のすぐ外に作った野営地まで戻る。軽い人除けの結界なども作ってあるので、冒険者などが寄ってくる心配もそこまでしなくていい。
「お、流石団長、早いね」
「おや、ボクが一番乗りかい?」
「そうだよ。はい、次の籠」
「ありがとう、じゃあこれはお願いね」
「任せてー」
待機していたサシャに花でいっぱいの籠を渡し、新しく空の籠を貰う。
サシャにはこれから、ミュアザーエフラワーの茎を用意していた薬品に浸けて、しっかり中まで液が染みわたったら引き上げて、という作業をしてもらうことになっている。
ミュアザーエフラワーの価値、つまりは保存性の良さを最大限に発揮するためには絶対に必要な作業なのだけれど、これが意外と難しい。
薬品はぐつぐつ煮立った状態を保たないといけないし、茎は全て浸けるけれど花を浸してはいけないので放置も出来ない。
そして茎の水分が全て薬品に浸かり、隅々まですべてが行き渡ったら速やかに回収し、次に渡さないといけないのだ。
これを専門に行う職人がいた歴史がある程に繊細な作業であり、なぜか慣れで普通に作業を出来てしまうサシャが特殊なだけであって、普通は専門職なのである。
ちなみに薬品に浸し終わった後の花は、引き上げて今度は水分を全て抜くために丁寧に干していくことになるのだけれど、これもまた面倒くさい。
薬品をたっぷり含んで柔らかくなった花を崩さないように移動させて、風通しの良い場所で干すのだけれど、ここで乾ききる前に茎が損傷すると、花が綺麗に保たれる時間はぐんと短くなる。
そしてここで捻じれた状態などで乾かしてしまった場合、それがそのまま保存されてしまうし、これまた保存時間が短くなるので丁寧に一つずつまっすぐに伸びた状態で干さないといけないのだ。
アジサシでは、この薬品から上がったあとの作業はレウコスが担当している。
細工師でありアジサシで一番器用な人間なので、当然のようにレウコスの担当になった。
ついでに、本人がミュアザーエフラワーを使った装飾を作りたい、と言い出したのがこの花を採取し始めた理由の一つなので、面倒で繊細な作業を投げ渡されるのも当然といえば当然だったのだ。
チグサであればすぐに花を駄目にして嫌になるであろう作業でも、レウコスは楽しそうにずっと作業を続けている。
どうやら花を干しながらどういう装飾を作るかを考えているようで、ここから既に楽しい時間になっているようなのだ。
「これもまた才能だよねぇ」
好きこそものの上手なれ、とはよく言ったもので、自分の好きなことに関する作業ならば苦にならないのだろう。レウコスは特に、本当に細かい作業は好きなので。
なんて、のんびり考えて独り言を言いながら、チグサはせっせと花を切って籠に入れていった。
おそらく今回採集した大量の花のうち半分ほどはレウコスが使うだろうけれど、他の工房なども欲しがるところは多いだろう。
そこに卸す分も考えると、出来るだけ多く採取して加工を済ませてしまいたい。
「明日も花摘みかなぁ……エリオットは動かなそうだけれど」
腰が痛いと文句を言うエリオットの姿がありありと想像出来たので、そうしたらエリオットは休憩がてら加工組の手伝いをしてもらうとしよう。
なんて、明日の予定まで考えながら森を進んでいたところで手元の籠は再びいっぱいになったので、元来た道を戻って三つ目の籠を貰いに行くことにするのだった。




