75,完全に寝てますね
現在時刻は早朝。アジサシの馬車は、モルモーを出て外海方面へ向かっていた。
元々の予定では目的地である森には陸地から入って、他には特に何もせずに次へ行く予定だったのだけれど、少し予定が変わったのでその森の中にあるサフィアの隠れ里に先に顔を出すことにしたのだ。
予定が変わった理由は、昨日鑑定不能で買い取った謎の道具を宿でチグサが鑑定していた時に、予想外の事態が発生したからだ。
いつものように鑑定出来なかった道具を手の中で転がしながらそれをじっと見つめていたチグサが、急に目を押さえて仰け反った。
チグサの目の特性上、こういうことが起こるのは初めてではない。
それでもここまで大きな反応をすることは珍しく、部屋にいたサシャとアンドレイがチグサに駆け寄ったところ、チグサからはただ小さく
「これはあんまり凝視するもんじゃなかったね……」
とだけ言われたのだ。見えない側からしたらなんのこっちゃ分からない物言いだが、チグサからしたらそれ以上に何か言うべきことはないのだろう。
ともかく言いつつもまだチグサが目を押さえているので、目に外傷はないことを確かめて、手の中のその道具は適当な箱の中に収めた。
そして、出来るだけ早く手放した方がいいだろう、ということで話が纏まったので、引き取ってくれそうな相手として一番手近なところにいたサフィアの隠れ里の面々の元へと向かうことになったのだ。
ついでに森で採取を行うことも伝えておこう、という話しになっている。
何も言わなくても彼らは気付いているし気にしないだろうけれど、どうせ行くのなら言っておこうという、まあ言ってしまえばついでの用事だ。
そんなわけで馬車が海辺に到着したら馬たちの足輪を外し、隠れ里へは海側から飛んで入る。
そこまで離れていない海岸から飛んだのであっという間に隠れ里に到着し、馬車を止めたところで里の住民がやってきた。
店の方はギーネに任せ、チグサはアンドレイと共に寄ってきた住民に声をかける。
「やあ、少し寄らせてもらうよ」
「いらっしゃい。なにか妙なものを拾ったみたいだな」
「そうなんだ。ボクの目とはちょっと相性が悪くてね。……いらない?」
「ふふ、貰っておこうか。お前が視るつもりがないのなら、手元にないのが一番だ」
今回の目的は既に伝わっていたようなので、直接聞いてしまうことにした。
こちらとしては厄介払いなので、特に代金は貰わないでおく。どうしても金に換えなければいけないほど困ってもいないので、別にこれで構わない。
「あぁ、それからこれから少しの間、森でミュアザーエフラワーを探させてもらうね」
「構わない。今回はたくさん咲くだろうから、好きに持っていくといい」
「ありがとう」
無事報告も済ませて許可も貰ったので、アンドレイが持っていた道具を渡した後は馬車に戻る。
彼らの買い物が終わったらそのままここを出て森を迂回し、再び馬たちには足環をつけた状態にする予定だ。
なのでそれまでは少しの間だが自由時間。とはいえすることもないので、チグサはいそいそと馬車の屋根の上に移動して寝転がった。
アンドレイが呆れ声で文句を言ってきているのは無視する。目が疲れたのだ、と適当な言い訳をすればため息が返ってきたが、それも無視。
すると、アンドレイも窓枠を乗り越えて屋根の上に出てきて、隣に座った音がした。
ちらりとそちらを確認したら目が合ったので、そっと目を閉じて顔を正面に戻す。
「……で、何が見えたんだ?」
「言わなきゃダメかい?」
「強制はしない」
「………………三層に分かれてる、長い筒みたいなもの」
小さく呟いた言葉を、アンドレイは聞き逃さなかったらしい。
無言で続きを促してくるので、今度はチグサがため息を吐いた。
「そこまでしか見てない。それ以上は、見るべきじゃないからね」
「そうか」
あのまま見続けていれば、もっと詳しいことがわかったのだろう。けれどそれはチグサが今まで避けてきたことを無に帰す行為だ。
なので、それが見えて何なのかを理解した瞬間に目を閉じた。無理やり閉じたので多少痛みもあったが、見続けるよりマシだと割り切っている。
チグサが視る事を避けているものについてはアジサシ内で共有されているし、アンドレイはより詳しく知っている。
全てを語ったりはしなくても、なにが見えたのかは理解したのだろう。立ち上がって馬車の中に戻っていったようなので。チグサはそのまま少しばかり昼寝をすることにした。
「寝てる」
「完全に寝てますね」
「ちょっとお昼寝の寝方じゃない」
「爆睡ですね」
チグサが屋根の上で寝転がって数十分。様子を見に来たカタリナとコリンがヒソヒソ話しているのにも気付かないくらいに、チグサはしっかり寝入っていた。
しっかり寝てる、と顔を見合わせた二人は、そっと窓枠を乗り越えた。
そして出来る限り足音を消して左右に分かれ、両サイドからチグサを観察する。
「……起きない」
「どうしますか?」
「ま、いんじゃない?まだ出ないし」
「了解!」
言うが早いかカタリナがチグサの横に寝転がったので、コリンもそれに習って寝転がった。
末っ子と茶トラ猫の団長観察を見守りに来たエリオットが覗いたときには既に三人分の寝息が聞こえる空間になっており、結局隠れ里を出るのは夕方近くになってからになるのだった。




