93,ついでに薬の注文も
フォーンで一日仕事をした翌日、アジサシは予定通り薬屋・リコリスに向けて出発した。
一度人目につかない場所に移動して、馬たちの足環を外して森の上を通ってリコリスの敷地に降りたつ。
するとすぐにここの店主であるアオイが駆け寄ってきた。
「チグサさーん!」
「やあアオイちゃん。久しぶり」
「お久しぶりです!もしかして、一回戻ってからまた来てくれました?」
「おや、バレてたかい。他に来客があったようだからね」
絶対に見られてはいけない、というわけでもないけれど、出来れば見られない方がいい。そんなアジサシの馬たちの秘密事情を知っているアオイは納得したように頷いている。
数日前に来ていた彼はもう既に第三大陸への帰路についているらしく、うっかり出会う心配はないようだ。
ということで、安心して馬車を展開させて店の形状にする。
カタリナは早速馬たちの牽引具を外しているのでそちらは任せて、チグサは早速今回の本題を進めることにした。
「今日はチュササの素材を持ってきたんだけど、いるかい?」
「わ、ちょうどいいタイミングで!多めにほしいです!」
「了解、ついでに薬の注文もいいかい?」
「はーい」
お互いの用事を済ませるためにメモやらチュササの素材やら、必要な物を引っ張り出して話し合いを始める。
アジサシが買いたい薬のいくつかは新たに作らないと足りない、ということで、何日か滞在することになった。アジサシは一度に注文する量が多いので、これはよくあることだ。
そもそもアジサシ側はその予定で来ているし、リコリス側からしてもアジサシが泊まっていくのはいつものことだ。なんなら泊まりの来客だ、とはしゃいでいる様子まであるので、いつも素直に世話になっている。
ルムとニムもここでなら自由にくつろげるので、つい長居しそうになるくらいには居心地がいい。
「こんにちは、何か珍しいスパイスってないかしら」
「ありますよ。ちょっと待ってくださいね」
チグサとアオイがあれやこれやと話し合っている間に、アジサシ馬車の方でもやり取りが進んでいた。
なにやらスパイスの話で大いに盛り上がっているので、しばらくはそっとしておいたほうがいいだろう。巻き込まれてたとしても話について行けないので、触れないのが一番だ。
ということで、チュササの素材を選んで買い取り分を決めたらそれを運ぶついでにリコリスの中にお邪魔することにした。
値段などについてもそこで話し合うことにして、いつも通りカウンターを挟んで向かい合う。
出してもらったお茶を飲みつつこちらが買い取るものとリコリスが買い取る物を書き起こし、それぞれの値段を書き入れて差額を割り出す。
そこまでやったら一度他の人に確認してもらうので、チグサたちは雑談タイムである。
「最近はまた何か新しい物をつくっているのかい?」
「うーん……新しい物をっていうか、実験ですかねぇ。いざやらなきゃいけないことが発生した時に一からやると時間がかかるので……」
「なるほど。真面目にやってて偉い」
「へへへ……」
日頃から依頼を受けては求める効果を持つ薬を作り出しているアオイだけれど、今は特に依頼は受けていないらしい。
なので、いつもよりかは暇なその時間を使って実験をしている、と。
たまにすべてが嫌になった、とでも言うように地面に大の字になって転がっていることもあるけれど、自主的に何かしらしている時点で彼女は真面目だ。
そんな真面目な薬師様の頭を撫でて、そういえば、と話題を変える。
「ミュアザーエフラワーがあるんだけれど、買うかい?」
「みゅざ……なんですか?それ」
「ざっくり言うと数年くらい枯れない花だね。飾りに加工されることが多くて、レウコスが既に加工したものもいくつかあるよ」
「見たいです!」
「よーし、見に行こう」
装飾品にはそれなりに関心がある子なので、興味があるだろうかと話題に出してみたところ見事に食いついたので実物を見に行く。
もうだいぶ売れてしまったけれど、それでもまだ在庫はある。まだ加工していない物もあるので、ただ花瓶に飾るだけでも良いだろう。
ということで馬車の前に戻ってくると、ギーネとレウコスがカウンターの前におり、ミュアザーエフラワーの箱を持ち出していた。どうやらこちらでも話題に出ていたようだ。
リコリス側には服作りが趣味の二人がカウンターの前にいて、あれこれ楽しそうに話し合っている。
「あら、マスター!ちょっとこっちに来てくれない?」
「う、うん……どうしたのウラハ」
「やっぱりとっても良く映えるわ!」
「いいですね、主は髪が黒いから、花がはっきり見えます」
「新しく髪飾りを作ることも出来るよ」
「お願いしようかしら!」
楽し気な三人に囲まれて、頭にミュアザーエフラワーを添えられているアオイの顔は何とも言えないものだった。慣れているからか、早々に諦めが滲んでいる。
その様子をそっと見守って、チグサは微笑んだ。助けることは出来ない。自分がまきこまれないように、そっと気配を消すのが最優先なのだ。




