終章③
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ラーネトウィンの元へと向かう車の中は、シンと静まり返っていた。それは、気まずいとかその程度の問題ではなく、もしこのサリヴァンジョウザンシステムの神にも等しいラーネトウィンとの会談で何か手違いでも起こそうものなら、隠喩としての核のボタンよろしく一瞬でこのサリヴァンが崩れてしまう、そんな危機感をはらんでいたからである。しかしその実、それを本当に理解できているのは、この中ではココとファントムの二人だけであった。しかし、二人は必要以上におびえることはなかった。
ココは自らの自動筆記によって得たジョウザンシステム、ココ・ジョウザンシステムとでも呼べば良いか、を使って以降、思った以上に世界は変わることはなかったと、拍子抜けしていた。まさにこのサリヴァンで劇薬アシュラに並ぶ、超機密武装ジョウザンシステムとは、選び抜かれた英雄にしか使えぬ神殺しのようなものであり、その一薙ぎで世界を切り裂いてみせるものだと思っていた。しかし、実際は違った。車内からのぞむサリヴァン市街、紛争によってその生の有り様を剥奪された廃墟を、まさに神代の英雄のように一挙手で救って見せることはできない。生と死の歯車にちっぽけな円環運動に囚われることしかできなかった。さながらこのサリヴァンは棺桶のようなものであろうか? 否、このサリヴァンは霊柩車である。それがココの考えだった。もはや息絶え動かなくなった死である故人に対し、それを式の進行上動かすというのは、当然紛れもない生者が主語たる行為であり、一つ儀式、一つの霊柩車に対し、大勢の人々が関与してくる。しかし、その場に発生する主体とは、故人という膜で覆われた参列者、生者であるのだが、その本質を、その動く死者、死が動くということそのものにおいてのみの主体であるならば、故人である死者であるとも、故人を弔う生者であるとも言えるのではないか? それら動くという極めて生命的な過程、霊柩車であるからこそ、幽霊の如き一つの感情を呼び起こし、動くことそのものが、人に容易に死体・命の無い物にすら命を与え見つけたがるのであるのではないか。何をもって命とするかは、それは不鮮明であり、感情とするのも一つの点とするならば、動かざる、死だけである棺桶に感情も無いし命もないのである。
だが! 私達はまだ! 動ける! この街は本当は死者の街であり、ラーネトウィンの手の上ですべてのサリヴァンの人間は本当は死に絶えているのかもしれない。しかし私は動いているのだ! 私がいかに死んでいようと、私は動き続ける限り、そこに感情は生まれるのだ! この街は死であり、私は死体か? 否! 私は生ける死体だ! もしかしたら、これからラーネトウィンに祭りを提案しに行くのだが、本当は葬式と言った方が正しいのかもしれなかった。生者と死者が綯い交ぜになり交流するという意味では、祭りも葬式も似ていたかもしれない。ただポジティブな面を取って、祭りと呼称しているに過ぎない。
すると、車が急に止まった。
"さあ、この先は歩いて行くぞ。"
ファントムに促されココが車を降り車椅子に乗せられると、すぐ周りは信号機やスイーツショップやファッションショーウィンドウを並べた、大きい四車線の道だというのに、15mほど先は真っ白な霧がかかり先がまったくわからなかった。まさに、見えない白い壁のようなもので、こちらとあちらが分けられているかのようである。
ファントムが寸手まで進むと、
"ファントムだ! 道を開けろ! ラーネトウィン!"
と叫んだ。
すると、霧が徐々に薄くなり左右二手に分かれたと思うと嘘のように消えてなくなり、目の前に幻の楼閣、サリヴァンのメーンシンボル、エドオルムがそこにあった。
"さあ、行こう。"
ファントムとココはラーネトウィンのエドオルムへと乗り込んで行く。
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エドオルムの植え込みと細かな装飾の施された石柱がシンメトリーに配置された階段を上がるのだが、その物質は人がいない今のエドオルムこそが、以前の治安維持と行政の機関であった時より、本来あるべき姿であるかのように思われた。左右を向けば噴水のようなものがあり、それは枯れることなく清水を流々とさせていた。人気のないサリヴァン市街の廃墟と比べると、ここには活き活きとしているかに見えるが、その実本当はここが何であるかは、注意深く見なければならない。ここが、ラーネトウィンの神殿であるならばなおさらに。
ココとファントムはメインエントランスへと足を踏み入れた。
するとそこには、至る所に紅市装兵団の輩がたむろしており、その豪奢なエントランスの様をただのけばけばしい低俗な酒場のようにしていた。その輩が一斉にココとファントムを見た。しかし、だからといって大行に騒ぐこともなくわ余裕といった様でニタニタ笑っていた。
二人はそんな輩に臆することなく最高執務部管轄の最上階、ラーネトウィンの神域へとつながるエレベーターへと歩みを進めていった。
中には二人に帯同し、ふざけた動きをする輩もいた。紅市装兵団の輩は皆それを見て笑っていた。
しかしだからといってやはり二人は歩みを止める理由などどこにもない。
すると、ココの車椅子の足元に一発の弾丸が撃ち込まれた。
ファントムは止まってその先をにらんだ。
"よお。挨拶もなしかよ。まずはごめんください、の、挨拶じゃねえのか。"
それは、エントランスの受付カウンターに足を乗せ煙草をふかしていたウォントン・ジェフであった。彼は拳銃をカチャリカチャリといわせながら、二人に近づいて行った。その後ろにゾロゾロと血に飢えた紅市装兵団の輩が続いた。ファントムの前にウォントンが立ち塞がった。
"よお、俺達を散々コケにしてくれたな。たっぷりと恩返ししてやらなくちゃ、気が済まねえんだよ。あれ? お前、ココじゃねえの? あのクソガキのココ。アラあ! あんよが無くなっちゃったのォ〜!! あんよが無くなっちゃったのォ〜!! 可哀想にねぇ〜。こんな甲斐性なしのファントムについて行くからぁ〜。俺達の所に来てれば、五体満足でいっぱいお愉しみさせてあげられたのになぁ〜!"
ココはこんな辱めの挑発に乗ることはなかった。
"やめろ。そのくだらないことしか言えぬ口を閉じろ。お前達は客人への対応もできないのか。主人のラーネトウィンの面子を潰すな。"
それを聞いたウォントンは瞬間的にキレて、ファントムのあごに拳銃の銃口を押し付けたその瞬間、消滅した。
あろうことかエントランスを占拠していた大勢の紅市装兵団が一瞬で消滅した。
ココは驚いてファントムに尋ねた。
"ファントムさん、皆さんは消えてしまったのですか?"
"いや、一時的にどこかに移されたんだろう。ラーネトウィンにはそのぐらい容易い。"
そして二人はやってきた最上階直通のエレベーターに乗り込んだ。
そのエレベーターは機内は黒曜石のようでありながら光の反射も無く漆黒であり、その中にファントムとココのみが不気味に浮かび上がった。それはまるで、自身が幽霊にでもなったかのようだった。
ファントムはこのエレベーターに乗るのが一番嫌いだった。これがラーネトウィンの趣味だとしたら、親友とはいえこれだけは分かりたくない、そう思った。残念ながらファントムにはココのように、先者や死者や幽霊を感ずるセンスは乏しかった。その時間は異様に長く感じられた。それは、約100階近くはあろうというエドオルムでは物理的に普通のことであるかもしれないが、ファントムにとっては臨死に向かう時がまさにこのような時間なのではないかと思わせるものがあった。
"ココ、怖くないかい?"
と、ファントムが何とは無しにココに聞いてみた。
するとココは車椅子の裏でうつらうつらしていた。
"何だか少しだけ、ラーネトウィンさんの優しさと寂しさのようなものが、わかった気がします。"
と言った。
ファントムはその意味が全くわからなかったが、ココはラーネトウィンの前でも大丈夫だ、根拠はないがそう感じた。
そして、エレベーターが止まると、前方のドアが開いた。その先は、視界に入るもの全てが水晶のように光り輝く、至る所からほとばしるジョウザンシステムの閃光によってで、ある。
"よく来たね。"
と、ラーネトウィンが言った。
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"この度は会談の機会を設けてくださり有難う御座います。ラーネトウィン殿。"
ファントムが頭を垂れた。
"アウルスタでいいよ。昔のように親しくしてくれないか、シュルツ。僕も最後の時ぐらい親しい友との交流を楽しみたい。"
ラーネトウィンはそう言うと高さ6mはあろうかという水晶のの巨大な神座から車椅子ごと飛行しながら降りてファントムとココのいる位相へと降りてきた。すると、彼らの前に突如床がせり上がり、水晶の奥行き10mはあろうかというテーブルが現れた。
ラーネトウィンとファントムとココはその卓についた。
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"ところで、人の死というものは、世界においてどのような不明瞭さを与えると考えますか? もしそれが世界の側そのものの網膜剥離であるならば、それは人の死によって起因したものだと考えられますか?"
ファントムはラーネトウィンに尋ねた。
その時ラーネトウィンは、今までの、自分が想像していたファントムとは何かが違うと感じた。それは明白であり、ファントムの隣にいるココであった。彼は不意に自分が空虚なものなのではないかと考えることが、はてこの水晶がジョウザンシステムの閃光で光り輝く神域に幾つあっただろう? と思う。
"では、まずこの会談の趣旨を聞こうかな。ただ私に会いに来たというわけではないんだろう?"
ラーネトウィンはファントムの質問に無視して話を続けると、
"私達は、このサリヴァンで街一つを包み込むような戦争では無い楽しい盛大な祭りを開きたいと思っています。そのために、貴方と休戦を結び、祭りの準備に専念したいのです。"
"ハッ!! 噂には聞いていたが本人の口から聞けるとは! 祭り? なんだそれは。戦争の代わりに祭りをしようというのか? 話にならない、やってみろ、私達は今すぐにでもお前達を皆殺しにする準備がある。"
"休戦は?"
"私の性に合わん。お前達に猶予を与えるなど害悪以外の何でもないわ、無知な幸福のうちに滅びよ。"
今この話し合いはいったいどこへと向かっているのか、字面だけ追えば圧倒的にファントムやココに不利な状況に傾いているかのように思われた。
しかしファントムは怯まなかった。
"まだ先程の回答を頂いていない。人の死は世界を網膜剥離にし得るか?"
"シュルツ……。何だその質問は? 半端な現代美術家にでもなったのか? そんな三流美術家のステートメントなら、他所でやってくれ。さもなければ、今の自分達の延命すら危ういぞ、今は。"
"君は気づいているはずだ、人の死は世界を網膜剥離にし得るか、それと同時に君は恐れてもいるはずだ、何故ならそれは、君の今までの人生すらすべてを無へと還してしまうかもしれないからだ。"
"シュルツ、君はそんなことを言うような人間じゃなかった。人間じゃなかった……。一体誰のせいだ?"
するとラーネトウィンは鋭くココを指差すと、その指先くら鋭い刃が飛んだ。
それと同時にココとファントムがジョウザンしクロフォード、シュルツとなり、その刃をマントで防いだ。ガジャン、と凄まじい音と衝撃がして、また辺りは静まり返った。もはやこの場が会談であるのか、はたまた決闘の場となったのか、何であるかは、ラーネトウィンにもファントムにもココにも分からなかった。
"一体お前達はここに何しに来たんだ!"
そう叫んだラーネトウィンは、突如額に血潮を浮かび上がらせながら、ココ・ジョウザンシステムへの介入を始めた。それは、恐ろしいほど迅速な作業だった。彼は実身体は大分ガタがきていたが、ことジョウザンシステムに関してはまったく衰えることはなかった。
しかしその間もクロフォード・シュルツはラーネトウィンを見ていた。
"アウルスタ、君は気づいているはずだ。人は世界を変えることはできない、いや。変えてはならないということを。そこに手を突っ込んでしまえば、世界は宙ぶらりんになるだけだ。確かに人類は世界を想像することはできる。しかしだからといって世界を牛耳ろうとするのは訳がちがう。わかるかアウルスタ。人の死は世界を網膜剥離にしうるか? 君の意見を聞いている、答えろアウルスタ!"
クロフォード・シュルツが叫んだ。すると、ココ・ジョウザンシステムが停止し、元のココとファントムになった。
すかさずラーネトウィンがまた指先から刃を飛ばした。
とっさにココの車椅子をファントムが倒し、その刃を自身の左腕に受けた。ファントムの左腕は吹き飛んだ。
"命乞いをしろシュルツ。そうしたら、ここから生かして帰してやる。なんなら今から私の仲間になってくれてもいいんだぞ。このサリヴァンの最後を、滅びの断末魔を、私とワインでも嗜みながらゆっくりと聞こうじゃないか。だから友よ、私を置いて行かないでくれ。"
この時ラーネトウィンは初めて、自分に去来する空虚さを、ただこの何十億という人類、そして無量大数に近しい物質と存在が溢れる世界で、自身が掲げる信念と理想など無情に等しい狂気ゆえのものだと理解した。彼は世界のすべてを手中に収めたように見えて、その実世界の外側にただ一人立ち尽くしているだけだったのかもしれない。しかしそれを単純な孤独などと形容するのは危険である。その孤独による狂信的な行為は一挙手一投足であまりに多くの人間を殺す。
"私は思うよアウルスタ。人の死は世界を網膜剥離にし得る。それはつまり、人による外科的手術を必要とする段階だということだ。そうすれば、今の一度我々の前に世界は現れる、その姿を見せてくれるんだよ。それが祭りだよアウルスタ。君の前に今一度、世界はきっと現れる。皆と、私達で、君と創るんだ。もう一度言う、祭りを開こう、そのために休戦しよう。"
"嫌だ。"
"祭りを。休戦を。"
"ダメだ。"
"祭りを。休戦を。"
"無理だ。"
ファントムはこの会談でいかなる人心謀略をラーネトウィンに使っていたか? それはファントムのものではなく、ココ由来のものである。すなわち、世界への畏敬であり祭りという現象の一つの提示である。回避不可能な世界という力に対し個人を曝すことにより、一時的な臨死状態へと持っていくことで、選択に揺らぎを持たせようてしていた。ゆえに、彼は一人の人間というよりも、抽象的で統一性を欠いた存在を演じるという極めて儀式的な要素たることで、ラーネトウィン当人に自らが個人であることを自覚させるよう、否定を多く言わせる人ことで自らの存在・概念を分解し世界、祭りと溶け合わせんとした。それによりにより彼は人格としての自身の中へとすっぽりと収まるようになり、そこに作動している生理機能すなわち食欲、睡眠欲、性欲、自己承認欲、それらをまじまじと見てそこに立ち返ることにより、他者というものを純度の高い形で理解する事態に陥るだろう。それこそが、世界への畏敬であり祭りという現象の一つの提示なのである。おそらく世界を変えることはできない。しかし、世界を不明瞭に白い霧のかかった状態に、人類はすることができる、人類が世界の主体たれるならば。ファントムはラーネトウィンに、それを求めていた。
"もうそれ以上そのうるさい口を開かないでくれ。でないと本当に殺すぞ。"
と、ラーネトウィンが叫んだ。
"私は一個の感情だ。そして同時に意味はない。すなわち、私は死後もなお動き、在り続ける。孤独で憐れな友アウルスタよ。私がこの命で終わると思うな。私こそが網膜剥離たる主体だ。そこにはもはや生者も死者という境界もない、怨霊だと。わかるかアウルスタ。無辜の人々もそうである、だからこそ、祀られているのだ。"
ファントムのその言葉は、ラーネトウィンの手によって彼の消滅という形で中断された。
その隣にはココがいた。
ラーネトウィンは全身に汗をぐっしょりとかいていた。少し疲れたと、車椅子の背もたれに全身をあずけた時、目前の水晶の巨大なテーブルの上に先程と同じ姿のファントムが、左腕から血を流したファントムがそこにいた。
"アウルスタ、君にはこの血が何に見えるかい? これは私が動き続けるということを保証する感情だよ。世界というものに対し、君のサリヴァンジョウザンシステムがあるなら、我々のココ・ジョウザンシステムもあるし、ジョウザンシステムの元となった古代樹の一族の亡霊達の兵士もある。神霊と交流したヒノマルもある。科学宗教ポノウェの作ったアシュラもある。君がいくら速く遠くへ行こうとしても、それらは君の影としてしっかと君の後ろについてくる。それが怨霊というものだ。君の中の空虚が外部化された網膜剥離。世界は君の思っているほどやわじゃない。だからね、アウルスタ。祭りを開こう。そのために我々は、休戦するんだ。"
ファントムはテーブルにひざをつき、頭をなすりつけた。
ラーネトウィンが何より驚いたのは、自らサリヴァンジョウザンシステムの上で消滅させたはずのファントムが再び現れたという、驚天動地についてであった。それによる生と死の転倒・融解が、ただぼんやりと他者を包み込むだけと思っていたものが、明確に他者からの応答があり、共振しうるという気づきだった。
"よし、その怨霊を見せてみろ。祭りの開始まで紅市装兵団を引き止める約束をしよう。"
そのラーネトウィンの反応は奇跡に等しかった。
そして、ファントムとココがラーネトウィンの神域を去る時、
"昔のように戻れた気がしたよ。楽しかった。"
とラーネトウィンが言った。
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ファントムとココがエレベーターでメインエントランスに下ると、そこには入崎Nジュアンが待ち構えていた。
"ラーネトウィンの指示で貴方達と行動を共にし、監視させてもらいます。もし貴方達が祭りの準備ではない、戦闘の準備をしようものなら、それをラーネトウィンに伝え、戦争を開始します。よろしいですね?"
"それは、そちらが偽装工作をしないという前提があるならば、構わない。"
と、ファントムは言った。
そして、ファントムとココと入崎は、エドオルムを出て、乗ってきた車へと戻り、実行委員会事務局たるバー・モントルイユへの帰路に就いた。
"それにしてもアナタ、あんな支離滅裂な言葉でよくラーネトウィンと会談しようなんて思ったわね。あそこにプライバシーなんてないから見させてもらっていたけど、一体何を考えてあんなことをしたの?"
と入崎はファントムに尋ねた。
"神という真の知性に対し、一体人間の言葉がどれだけ通用すると思うんだい? 正直、一部の人間には伝えていたのだが、もしラーネトウィンとの会談に失敗し自分達が死ぬようなことがあれば、祭りそのものの計画も消滅する可能性もあった。そうしたらサリヴァンは、祭りの開催の猶予もなく滅びる可能性もあった。しかし私は、サリヴァンの歴史の主体として死者という要素は成立し得るか? その名も無き英雄達の運動とは、サリヴァンに関与し得るか? その、神と怨霊の力関係がいかに推移してゆくか、それにのみ私の会談の力点はあった。本当に幸運なことに、ココの力によってその関係性は変容した。もう我々の存在は承認された、ラーネトウィンに。それだけでも、この祭りは勝負ではないのだが、勝ちが確定したといえる。"
それは入崎にとっては突飛な話に聞こえたし、現実感のない空虚なものに思われた。
"すごいわね。そんなデタラメな言葉で、サリヴァンの行く末が決まるなんて。サリヴァンの人々もさぞ心高いことでしょうに。"
しかしこの間も、そしてラーネトウィンとの会談の際にも、ココは一言として言葉を発することはなかった。それは何故か? それは、ココが死者の民主主義、死者の学校の一員としてラーネトウィンに関与していたということであった。死者の学校とはどうやら真エドウが校長代理を務める国家の探究のための場であるそうだが、現世の我々から見たらそれはつまり敗者の歴史と乱暴に捉えられ嘲笑される類のものであった。それに対し死者は、沈黙し佇む。そんな者達集合し連帯し国家を追究してゆく、それこそが死者の学校でもあるのだが、それはどこが悲哀も含んでいた。つまり、あのファントムとラーネトウィンの会談の中に、死者の民主主義、死者の学校としてのココが、異物として混じっていたのだ。彼女の、存在理由とは生者に対し流暢に自身を語ることではない。その空間にぼんやりと存在し、その空間を異化することである。その意味ではココはあの会談の場で明確な意味を為していた。ある種の政治的な決断の場に死者の民主主義、死者の学校の異化を送り込み、それが政治判断に影響したということである。これは元来、人類が怨霊や祟りといった表出で政治の中に関与させてきたものであり、文明の展開と共に影響力を失っていったものが、その一つの新しい存在の形を、ココは示めさんとしていた。ココの背後にはサリヴァンで斃れていった人々がいた。そして、ラーネトウィンに実験と称し殺された入崎Nジュアンのクローンがいた。しかし、ココがそんなクローン達の声を入崎に届けることはしなかった。
では、今のココにおいては、死とは一体何であるのか? ココは今まさにそれを入崎に伝える使命を帯びていた。
そして、静まり返った車内で、今まで人形のように口をつぐんでいたココが、ゆっくりと、まさに神秘を体現せんとする様で、口を開いた。それは、同乗していたファントムや運転手には伝わらない言語で、ココから入崎へと伝えられる。この二人のやりとりは、健常者から見れば、失語者の彼らからは意図して隠された巨大で深淵な暗号の言語で行われた。




