終章④
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江藤は、正気と鬱の時に文章をしたため、躁の時には走り回るという、大変元気な日常を送っていた。幸運なことに、彼は自傷のようなことを想起することは無かった。それは、彼の自室の窓から、朝5時48分と夕方16時に必ず、魔業の蜂宇宙海賊ヴィアクトー・ジュアンがこちらをのぞき込んでいたからである。しかしそれに対し徒らに発狂することはなかった。それはつまり、魔業の蜂は彼の執筆する小説、『アシュラ-レクトル』の登場人物であり、別にまったくの意味不明な存在ではなかったからである。そして、自分の構想する物語のキャラクターと交流することは、おそらくプロの小説家にとっても同じなのではないか、江藤はそう考えていたからである。その歳、彼はあまり大きい声で話さないようにしていた。魔業の蜂曰く、向こうの『アシュラ-レクトル』の世界は雑音が激しく大きな声でないと聞こえなかったが、こちらの世界は静かで、大声だとその声がダイレクトに耳にきて痛いのだ、ということになった。ゆえに、近隣住民からの苦情も来ることなく、日中ただ独り言を言う変人だと思われるようになっていた。もはや最近の江藤は、人とは会話をせず、もっぱら魔業の蜂としか会話をしなくなっていた。
"くへ。なんだか最近のお前の文章は、ずいぶん単純になってきたな。それさ読みやすくなったととって、良いことなのか? はたまた、ただ単に筆力が無くなっただけなのか?"
魔業の蜂が言った。
"うるせえ。宇宙海賊に文章の何が分かるっていうのか?"
と江藤が軽口を叩くと、
"何を言う! 俺の好きな作家はジャン・ジュネだぞ! あの流麗でありながら穢れを体現する文章こそ、唯一無二のものだ! サルトルも聖ジュネで書いておるしな。あの志こそが、俺の宇宙海賊の美学を支える一柱となっている。"
と魔業の蜂は返した。
"へえ、ジュネか。監獄文学って、やつか? じゃあ、サドなんかはどうだ? あれもパスティーニュな中で書かれたんだろう。"
"くく。サドはダメだ。あいつの心意気は尊敬に値するが美しさが文章から感じられない。やつは自らの穢れを美しき華まで昇華しきれていない。言葉止まりだ。それより。俺のことはいい、次はお前のことを話せ。"
と魔業の蜂に促されたので、
"俺の好きな作家は三島由紀夫だ。少し長話をさせてもらってもいいか? 執筆のためだと思ってさ。学生時代にレポートの課題の一つとして、小池真理子の「望みは何かと訊かれたら」を読んでそのモチーフの引用と当作との関係性をレポートにまとめよ、という課題があったんだよ。俺は仕方なくその小説を買って読んで、その中にたまたま三島由紀夫の小説について作品内のキャラクターが話すシーンがあったんだ。本当、5行ぐらいのシーンだった。「三島の最新作はダメだ、『仮面の告白』の方がいい」ってね。でもなぜかそれが気になってて、ある日古本屋に寄った時、たまたま三島由紀夫の「仮面の告白」を見つけたんだ。ちょっと立ち読みしてみた。そしたら、すぐに引き込まれた。今まで小説なんて10冊も読んだことなかったのに、なんだこの小説は!? となって驚きでパラパラとめくってみると、ある部分が目に入った。それは、主人公が、同級生の発育のいい男子の鉄棒の授業でぶら下がった時のその分厚い胸板の腋にはえた腋毛を見たので、勃起したというシーンだった。俺はさらに衝撃を受けた。小説はこのようなシーンが描けるのかと。それから俺は、三島由紀夫の小説を熱心に読むようになったのさ。俺はそれから、自分が三島由紀夫に魅せられた理由を、終戦というパラダイムシフトの中で自我の喪失を味わい、それをリビルドせんと誰よりも真っ直ぐに言葉で立ち向かっていったからだと思っている。僕は三島由紀夫の文章からは、そんな作家としての、人間としての高貴さを強く感じる。だから好きなんだ。"
"くく、そうか、そうなのか。では今のお前の作品は、それと比べてどうだ?"
"ううむ、まずもって、私が狂人であるという所に、大きな隔たりを感じてしまう。三島由紀夫の肉体は怜悧でありながら、エネルギッシュであった。とても俺のようじゃない。"
これら、江藤と魔業の文学談義の練度な重要さはさておき、この話し合いの中で出てきた作家、ジャン・ジュネ、サド、小池真理子、三島由紀夫は、実在の作家である。こうなってるくるとこの「A-レクトル」の世界というものが、一体なんであるのか、筆者にもわからなくなってきた。地名などについては、八姫は八王子、甘山は渋谷、山手線を谷足線といった、逆に置き換えるようなわざとらしい形で暗に匂わせてきたのだが、ここにおいて作家においてはすべて実名で立ち現れてきた。これは一体? もちろん、作家への敬意を込めて安易な組み替えを行わないというのは、至極真っ当なものであるが、それ以上にやはり、江藤という人物による世界の境界の融解と接着が、どこまで広がることができどこまで効果があるかということの、挑戦でもあった。少なくとも「A-レクトル」には、6つの世界が存在している。
一つはラーネトウィンの創りしサリヴァンジョウザンシステムの世界。
一つは死者の学校の世界。
一つは記憶の根の列車の世界。
一つは江藤の住む逆の世界。
一つは江藤の小説『アシュラ-レクトル』の世界。
一つは江藤の尊敬する三島由紀夫の存在した読者諸氏のいる『我々』の世界である。
この6つの世界が各々で力関係がありながらも互いに関係し合い「A-レクトル」という一つの物語を課題作っている。江藤は調整弁となりつつあった。では、その力の混合は一体何のため、そして、どこへ行くのか? それはまだ定かではない。しかし、この破裂せんかと「A-レクトル」という作品の膜の中になみなみと注がれた6つの世界がどのような結果を、各々の世界に生じさせるのか、その存在と思考自体を一つの想像力であり可能性ではないか、そう目論んでいた。その目論みとは、エドウをサリヴァンに招きアルターエゴ真エドウを創り出した、科学宗教ポノウェのカーヴィン・シトックその人であった。果たして彼女がここまでのエドウの展開、6つの世界を想定していたかはわからない。しかし、今まさにエドウは異質な存在になりつつあり、それはつまり、同一であるエドウ、真エドウ、江藤共々強力に影響してくるということである。「A-レクトル」という作品世界は、この6つの世界によって大きく変容しながら進んでいく。そして同時に各々の世界をも、三島由紀夫の生きた我々の世界をも変え得るのか、その可能性はあるのか、この作品の存在意味とは何かを、問われていたのである。
***
しかしそんな大業なことを言いながら、江藤はまったくの凡人だった。彼に特別知能的にも肉体的にも優れたものがあったかというと、そうではない。彼は狂気とすれすれの所に等しい、魔業の蜂などとのたまっているだけである。しかし、しかしである。もう忘れられているかもしれないが、江藤はかつてラーネトウィン・アウルスタの創り出したサリヴァンの中で、特別怪奇事件担当捜査班、トッケイとして超機密武装ジョウザンシステムを使って戦っていた、選ばれた人間、エドウナウカであったのだ。彼はそれすらも忘却したか? 残念ながら今の江藤は、それを忘却していた。しかし、彼の身体はそれを忘れられるはずもない。彼はやはりカーヴィンに認められた素質を持ち、そしてジョウザンシステムを使っていた、エドウナウカにかわりないのである。
そんな江藤は『アシュラ-レクトル』に登場させるキャラクター、カーヴィン・シトックについて考えていた。彼女は13歳の少女であり、色白で白髪のショートヘアであり、アシュラ、という謎の力を使うことができる。そして、夏ヶ魔宮カキと出会ったことで物語に深く関わってくる、という設定だった。しかし江藤は、自分の作品でありながら、このキャラクターをどのように扱って良いか分からなかった。
正常と鬱の時はぼんやりとカーヴィンのことを考え、躁の時は元気に走り回る。そしてその日も、江藤は元気に走り回っていた。その頃になると、あまり人通りが多い土地柄ではないので気にならなかったが、近隣の学校には怪しい人物ということで江藤の情報が知れ渡っており、かといって何か悪さをしているわけでもないので、地域のボランティアが江藤をにらみつけたりするくらいだった。江藤は決して子供のいる公園には近づかなかった。それなりに自身と社会との関係はわきまえていたのである。しかしこの頃になると、江藤が今走り回っている歩道、横断歩道、電柱、信号機、フェンス、ガードレール、湿った青草の臭いなどは、すべて空虚なものに感じられた。それらと江藤とは、双方の間に非常に高熱の何かが流れているのだが、双方頑丈な膜に覆われて守られていて、まったく反応する必要がなかった。今の江藤にとってこの逆組み替えの八姫きた野、世界とは、不明瞭なものであった。手に触れることはできるのだが、それは江藤に何の影響も与えなかった。それはいかなる状況であるか、触知できないというのなら、江藤の感性の欠落によって反応そして影響をしないというのか、はたまた逆組み替えの世界の側に欠落があり、江藤が反応と影響を感ずことが困難なのか、はたまた双方の間の非常に高温な何かが江藤の感性では触知していると思いながらも実は数mmずれていて本当は触れられていない、何にも関与できていない孤独状態で触知の感性のみが先行してしまっており、反応がない影響がないと徒らに叫んでいるだけであろうか。しかしそれはどれも正しく、双方も欠落はしていたし、互いも数mmずれていて、触れられていなかった。ではその世界において、我々はいかに反応し合い影響し合い、共に世界をつむいでいくことができるというのか? それはもはや幻想しかなかった。お互いに両者とも欠落があり、反応影響の不備はある、そして互いに数mmずれており、触れ合うこともままならない、しかしそんな孤独においてなお、そんなしっかとして他者の確証が無くとも幻想という幻の中で、反応と影響をあたう限り想像し、孤独ではないと言い聞かせ、不明瞭な幽霊のような幻想の世界でも、生きてゆくことができる。だからこそ、普通に触れ合う以上の何倍もの注意を払い他者を世界を深く思い想像し、世界をつむいでいかなければならない。しなければ、我々の幻想の世界はいとも簡単に吹き飛び、物で溢れかえった欠落不触知の孤独の世界へと転がり落ちてしまう。江藤はそれを、おぼろげながら想像し始めていた。彼は執筆活動によって、この物で溢れ返った欠落不触知の孤独な世界における我々が作り上げるべき不明瞭で幽霊的な幻想世界というものを見ていた。しかしこれには重要な要素が抜けていた。つまり、いくら欠落不触知といっても、対象に対しての破壊や殺人は疑うこと無く現実事実としてあり、それをどう捉えていくか、それが江藤の『アシュラ-レクトル』における悩みのであった。そもそも、先の江藤の欠落不触知の孤独世界・幻想とやらも、結局は江藤の主観による世界認識だけであって、それが多くの人々に当てはまるわけではない。江藤がただ勝手に、我々という主語を使っているだけである。なおかつそういった哲学的修練を積んでいない江藤の意見とは、聞くに値するのか? しかし彼の世界においては、欠落不触知の孤独であるそうだから、結局狂人の江藤に他者は存在していなかったということであろう。彼にとって存在しているのは、幻想の6つの世界ということであろう。だからといって江藤は普通に人に殺されることもあっただろうし、しないだろうが殺すことだってできる。だがもし、彼が何らかの形で自身に制約をかけていたとするならば、あの男と女ホームレスの暴行現場に、江藤がどうしてもコミットできなかったという現象は、この、欠落不触知の孤独と幻想にあるかも知れなかった。
この時に江藤は今までの元気な歩みを止め、その場に立ち尽くした。では、あの高川の一本の軍用ナイフの意図とは、江藤の欠落不触知の孤独幻想から出て、人と関われ、殺す殺されるという絶対の他者の世界に出てこい、ということではなかったか? それは、ただ普通に日常として関わるならば、幻想でも済んだかも知れないが、破壊と殺人、殺し殺されるかというレベルにおいて幻想は機能しない風前の灯火である。江藤は高川にお前はどうする? と、問われたのであった。その軍用ナイフの意味が次第に江藤の中で確信へと変わり、彼は震えた。立っていられなくなり、ひざを落とし、道路に頬がずるりと落ちていった。
江藤は気づいたら自室の布団の上に寝かされていた。そのすぐ側にはへとながいた。
"先輩、起きましたか。先輩の家のぞきに来たら留守で、嫌な予感して探してみたら、道で倒れてたんですよ。私の先輩センサーって、凄いっすね。あと、病院には行きました?"
江藤はありがとうと言い、心当たりがないので行っていない、と言うと、
"やっぱり私、あの高川って人、信用できないです。先輩は病院に連れていかないし、私のことは口説くし。でも、先輩大分落ち着いてる……か? でも良かった、死んじゃってなくて。"
それを聞いていた江藤は、
"へとな、結婚してくれないか。"
と求婚した。
それを言われたへとなは最初は意味がわからずキョトンとしていたが意味がわかってくると表情が固くなり、なんとか作り笑いをしながら、
"ええ? 先輩はまず体調を整えるのが先ですよー。次のステップはそれから。台所に具沢山スープ作ってあるから、それとご飯でも食べて、体力つけてくださいねー。それじゃ。"
そう言って立ち去ろうとするへとなを、江藤はガバッと起き上がって両手をつかむと、
"へとな、頼む。結婚してくれ。"
しかしへとなは絶対に目を合わせないという意志の元、
"あっ、そうだ。先輩を病院にも連れていかなきゃ。高川さんが連れていかないなら。私いつでも空けますけど、先輩はいつがいいですか?"
と震える手でメモ帳とペンを取り出した。
江藤がさらに求婚の言葉を発しようとすると、顔面にメモ帳とペンが投げつけられた。江藤はへとなの両手をつかんでいたので、それら挙動はあまりにも不気味かつ滑稽であった。彼はそれに、狂人でありながらも場の空気はわかっていたので、へとなを離した。
すると、へとなは敵意の目を向けていた。
"私は先輩の母親でもなければおもちゃの人形でもないんですよ。人間なんですよ。今の先輩と関わってるのだって好きだからとかじゃないですよ。意地ですよ、意地。彼氏が病気になったからって捨てるような尻軽な女に自分がなるのが許せないからですよ。だから先輩が元気になったら、私先輩と別れますよ。へとなよくやったって。あんたなんかとやってられませんよ。きっと高川さんと付き合いますよ。彼の方が快活で健康だから。"
へとなはこの言葉を言い終えた途端、顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙をこぼして泣いた。
一方江藤は罪悪感も何も感じないのか、寂しそうな笑い方をしていた。
へとなは人目もはばからず大声で泣きながら、荷物を持ってとぼとぼと江藤の部屋を出て行った。
こうして江藤は本当に、他者のいない孤独になったのかもしれなかった。そろそろ夕刻になる頃で、いつもなら魔業の蜂が現れるはずだった。今の自身の現状を聞いてもらおうと思っていた。すると今日はいつもの窓からでなく、玄関から音がした。江藤が玄関の方へ行くと、開け放たれた玄関のドアの前に四十代ほどの茶髪で紫のドレスの女性が立っていた。
"こんにちは。エドウくん。覚えているかしら? 私は科学宗教ポノウェの、カーヴィン・シトックといいます。久しぶりね。こんなに大きくなったなんて。"
と、カーヴィン・シトックを名乗る女性は言った。
***
イシエとディオはカーヴィンの指定した決戦場所EG街区、49-37-2のビルへと向かう準備をしていた。今思い返せば、ディオも、イシエも、こいして決着をつける場面というものを今まで一度も向き合ってこなかった、今初めてそれに対する緊張感のようなものを感じていた。祭りのメンバーの面々は、なんとも微妙な顔をしていたが二人の熱意とコ・オーの説得により、渋々了承された。しかし、実際のところこの決闘が何を成し得るための何を目的としたものであるかは分かりかねていた。つい数分前まで電話番をしていた、これは、決闘がおそらく私的なものであるのなら、祭りの仕事は最大限協力したいという二人のわがままでなされており、それは逆に、自分のこと決闘は祭りの一部としての行いなのだと自分に言い聞かせることもできたかもしれない。しかし、イシエはともかく、ディオ=カイゼヨウとホロノミの関係は、怨恨渦巻く復讐劇となっても仕方のない関係性である。それでもディオは何を考えていたというのか? ディオはこの決闘を、戦いというより謝罪の、赦しを得られるか否か、という場だと、本当に極めて私的な場であると考えていた。それゆえ、その旨と、自分はかつてデュオウルフという殺し屋であり、そして本当の姿はカイゼヨウ・ジョウサイというクレナイチョウのリーダーであるということを、改めて自分の口からイシエに伝えた。もちろんジョウザンシステムの特性ゆえに大体の事情はわかってはいたが、それを改めて包み隠さず言うことは、二人にとって必要なことであった。その話の中でイシエは、
"ホロノミさんとの間には子供はいるの?"
と尋ねた。
ディオは、関係はあったが、離れた時間が長かったので、子供の存在は分からない、と言った。
それはイシエにとっては自身を省みても重要なものだったのだろう。
この私的な決闘、謝罪と赦しの場において、ディオは死を意識することはなかった。もちろん、彼がジョウザンシステムによって召喚された死者であり、生きるも死ぬも関係ないのは確かである。だがそれ以上に、どこか清々しいものを感じていた。この前のホロノミの仕草から、自分は許されているとでも自惚れたのであろうか? そんなことはなく、場合によってもし自分がホロノミに殺されたとしても、それが自分の最後、自身の最後にホロノミを刻めるのなら、それも本望だとも考えていた。もちろん、イシエに関しては決して死なせはしない。そこは是が非でも守ってみせる、その覚悟はあった。しかし彼が目指すのはホロノミとの和解である。しかしディオに人心謀略の手もない。この決闘がいかなる進行であるかもわからない。にもかかわらず和解、というのは正直頼りないものであったが、それでも、この決闘が殺し合いを目的としない、という所が、彼の身体をを活き活きとさせた。殺すということではない身体の苛烈な運動、もしかしたらそれはスポーツや演劇や労働でもよかったのかもしれないが、ディオらそんな戦士としての身体の運動以外のものを、自らの意思で強力に行うのはもしかしたらこれが初めてかも知れないと考えていた。
ディオは手元の時計を見た。そろそろ出発の時間あった。イシエを呼びに洗面所へと行った。
イシエは鏡の前で髪をゆいていた。
"行きましょうか、イシエさん。"
イシエは髪を結び終え、軽く顔を二回叩くと、
"ええ! 行きましょう!"
と言った。
***
イシエとディオは軽自動車に乗り、指定された決闘場所のビルディングへと向かう。この決闘は多分にディオすなわちカイゼヨウとそのパートナーホロノミとの関係を含んでいたが、イシエはそれに対して何ら思うところはなかったし、嫉妬のようなものもなかった。むしろ彼女が感じていたのは、ある種の怨恨や赦しや和解といった、極めて人間的な感情のうねりというものを、見届けねばならぬという使命であった。それは、このラーネトウィンとの戦争下であるからこそ、より強く、より鮮明に感じた。
イシエは車窓からサリヴァンの街を見る。そこには火の手はもう沈静していたが、やはり戦火の傷、破壊された道路、窓ガラス、信号機、車、あらゆるものの破片が街中に街中に散らばって、人々の生活を沈黙させているのだ。だが彼女は知っていた。その沈黙の裏で、人々はしっかと、確実に、生きているのだ。そしてそこには、喜び、哀しみ、怒り、楽しみ、そんな感情の種が、命が、あるのだ。それは何人たりとも否定できない遮光することのできない、輝かしいものとして、あるのだ。出てこい! 出てこい! そんな輝かしい命よ出てこい! イシエはそう市内を走り回って言って回りたかったが、紅市装兵団との紛争中ゆえ、大声では言えない。しかし、ファントムとココとの会談によって祭りが始まれば、その種子はきっとむくむくと芽を出す、その祭りという異化の中で! しかし、本当に街の武力、紅市装兵団を排除する目的なら、祭りではなく武装蜂起ではないか? それは、この紛争が人間の身体の延長線上の勝負ではない、暴力システムによる身体を逸脱した破壊である以上、争いを止める可能性は暴力システムそのものを完膚なきまでに叩き潰すか、その暴力システムそのものを動かす論理を裏側から機能を鈍らせていくしかない。そして、ラーネトウィンたる神の暴力システムは止めることがほぼ不可能である以上、ラーネトウィンの暴力システムの論理を裏側から鈍らせていくしかないのである。そのための武装蜂起であるならば、理には適うであろう。しかし、神の論理を鈍らせていくしかないならば、祭りという異化、そして多くの人が一つにつながり連帯しラーネトウィンに立ち向かっていく、何よりそこに殺しや血といった生臭いものではない、生きるということ、平和を望むということ、そして人々の楽しさ、希望を信じ強く団結するということ、それが新しい力になるのではないか、それが祭りのメンバーイシエを含めたすべてであった。イシエは祭りという異化の中で、一人一人が希望の、理想の、高貴で、美しい、自分にきっと成れると信じていた。
すると、ディオの運転が急に慌ただしくなった。驚いて何かと思い、
"どうしたの、ディオ!"
とイシエが尋ねると、
"住民の人払いはしたみたいだが、軍隊までは払っていないようだ。"
とディオが言った。
後ろを振り向くと、二両の紅市装兵団の高機動戦車が、イシエ達に近づいてきていた。それは機関砲を放った。
ディオは運転技術はそこまで高くなかったので全弾当たることはなかったが後輪に当たり、激しい衝撃で上下に揺れた後、炎と黒煙をパチパチとさせながら、車内に肺に痛む悪臭が漂った。二人はすぐさま車を乗り捨て、走った。
しかし高機動戦車は速く、すぐに追いつかれる。
捕まり轢き殺されるかというその時、ビルのすき間から飛び出した複数匹の白狼がそれに飛びつき、応戦し始めた。マザー白狼の上にはコ・オーが乗っていた。
"早く行け!"
コ・オーのその声に促され、イシエとディオは目的地へと駆ける。
"母上、貴方はあのお二方の元へ!"
とマザー白狼が言うと、
"あの二人に任せておけ。儂が行くのは無粋じゃ。それとな。儂はお前の母ではないっ! 儂にこんなデカい子はおらん!"
とコ・オーは叫んだ。




