第3章 金魚屋での話
「ね〜これ買ってよ!このぷくぷくしたやつ、いいでしょ?ね〜、おかあさんってば」
「さとみ!金魚買ったってお世話できないでしょ!金魚さんお世話しなと死んじゃうのよ」
「おかーさん、さとみ、ちゃんとするもん」
「だからいいでしょ、このぷくぷくしたのがいいの」
「ね〜おかーさん!いいでしょ!」
金魚屋の入り口には、大人の背丈ほどもある大きなガラス製の水瓶が置いてあり、その中に数種類の金魚が上へ下へと泳ぎ回っていた。
時々こうやって親子が大きなガラスの水瓶に気を取られ、じっと見つめてはだだをこねられ、最後には母親が折れて買っていくというパターンを何度も凪は目にしていた。
「おかーさん、ほしいの、このキンギョさん、ね!はやく〜」
「も〜、しょうがないわね!」
長くのびた長い髪の毛を後ろ手にひとまとめをした、少々かっぷくのよい母親が、娘のさとみのだだっ子に負けて、金魚を一匹買うはめになっていた。
さとみは大きなガラスの水瓶に顔をぴったりくっつけて泳ぎ回る金魚を食い入るように見つめている。
金魚はのぞきこまれた大きな顔に少々戸惑ったのか、一斉に近づけられた場所からスーッと散っていった。
「あの〜金魚屋さん?すみません」
のれん越しに何度か声をかけるが、一向に返事がないので、母はのれんをくぐり敷居をまたぐと左奥の茶の間へ足を運ぼうとした。
ちょうどそのとき、右手の土間の上がり口下にあったスライド式の扉がす〜っと開いたのだ。
何も知らない神風は、やっと着いたと安堵して扉をあけ、土間にでようとしのだった。
「うわ〜」ゴン!出ようとした瞬間、サンダルを履いた大根のような足が目の前にあり、びっくりして扉の枠に頭を思いっきりぶつけてしまったのだ。
「痛て!」
「ぎゃ〜」
同時に声が上がった。目の前にいた母も足下の扉が開いて人が顔を出したものだから、飛び上がりそうになって悲鳴を上げたのだ。
「なんなのあんた、こんな所に隠れていて、人を脅かすつもり?」
「え、あ、えっと、そんなつもりでは」
「ちょっと、何度も呼んでいるのよ、早くそこからでなさいよ」
「す、すみません」
「ああ、じゃないわよ、まったく、ちょっと、外の大きな瓶の中の金魚が欲しいんだけど」
母は驚かされたのと、娘のわがままが重なって、かなり不機嫌な様子で神風に注文をつけた。
「はい、ただいま」
「いったい何してるの?こんな中で」
「え!はい、ちょっと古い金魚鉢を探していまして」
神風はとっさに探し物があるように繕った。ディザシティーには、身分証がない限りは中に入れない。
もし、侵入者であることがばれたらどんな事になるかを想像した事もなかった。「今伺いますので!」
扉から這い出た神風はそっと扉を閉め、膝に着いたホコリを軽くはらいのけた。お客さんを玄関先で待たせ、奥の茶の間へ顔をだすと、
「おぅ、わりわり、遅くなっちまった、凪お客さんだよ」
やっと来た神風にみんなの不安な表情が一気に吹き飛び、シンとなったのは一瞬で、またいつものようにワイワイとたわいもない話を並べはじめた。
「え、入り口に」
「金魚売ってくれってさ、かわいい彼女が来てるぜ」
みんなが、苦笑いした。
「ああ、わかったわかった、は〜い、少々お待ち下さい、今行きます」
神風は、少しだけ割烹着を着たおばさんと出くわした事を気にかけていたが、すぐにみんなの輪の中に入っていった。




