SARKUS
「最初の検査は一週間後。」
石崎麗華は使用済みの注射針を廃棄しながら、そう話す。
「今回貴方に投与した“ハイペリオン”はね、人体の免疫機能を飛躍的に上昇させるの。既に動物実験で結果は出ているから安心して。副作用なんか出ない筈。おそらく。」
「……。」
研究所から解放された出淵ナオは、かなりの厚みのある茶封筒を入れた鞄を手に帰路についた。
自宅アパートに着き、階段を上る。
カンカン、と金属の段が音を発して、黄昏時の薄明かりの中に軽快な彩りを添えた。
彼女の部屋はその、三階建てアパートの二階の角部屋だった。
自室の前に立ったナオは、鍵を取り出してドアを開ける。
ギィ
と、真新しい新築の建物にしては古めかしく物々しい、不気味な音を立ててドアが、ゆっくりと開いていく。
「……。」
部屋に入り、玄関からワンルームの室内を一瞥する。
カーテンが閉め切られた室内は、まるで真夜中かの様に真っ暗だった。
ナオは無意識に鞄を置き、照明のスイッチを入れた。
目の前一杯に、血と肉のスープが広がっている。
「……。」
部屋の半分を占める程の、巨大な水槽。
その丁寧に磨かれた透明なガラスの隔壁の向こうで、紅の色をした液体と肉片の様な何かが充満して、蠢いている。
「サルクス、ただいま。」
ナオが発したその声に応じるかの様に、分厚いガラスを隔てた先で、血肉の塊がブルンと動いた。
ぶるん、ぶるん、ぶるん、ぶるん、ぶるん、ぶるん、
ぶるん、ぶるん、ぶるん、ぶるん、ぶるん、ぶるん、
捕食者から逃げ回る、昆虫か小動物の様な必死さを感じさせる動き。
そして真っ赤な血の凝結した煮凝りの様な全体が、まるで全身の痛痒感に身悶えしている、一つの生き物であるかの如くに、震えた。
やがて中からそれは顔を出した。
「……。」
ナオは静かにその生き物を見つめている。
「元気にしてた?」
…それはまさに、皮を剥がされた肉の姿をしていた。
全体として五角形を保ち、かろうじて手足や頭部と分かる各部の形状のおおまかな印象が、紛れもない生きている人間のカタチを、否応なしに連想させる。
産まれたばかりの赤ん坊と同じくらいの大きさのそれが、水槽のガラスの内側で、苦しそうに口をパクパクさせて、彼女に何かを訴えかけている。
長い黒髪の乙女はフッと優しげに微笑むと、部屋の隅の戸棚に近寄り中から、何やらカサカサと音がする袋を取り出す。
彼女は水槽に近付いて言った。
「ご飯、今あげるね。」
梯子で水槽の上に登り、閉ざされた上部の一角に取り付けられた、キャップを回して緩める。
プシュッと音を立てて、生々しい生そのものの匂いが、部屋の中に拡散していく。




