明日への思い
蓋を閉め、梯子から降りるとナオは手を洗い、買ってきた弁当を取り出すと低いテーブルの上に載せた。
背後の溶液の中では一体の、擬人化された血まみれのヒトデの様な外見のクリーチャーがブルブルと、身体全体を震わせて血漿の中を這いずり回る。
ズルズルと流動しながらそれは、ナオが投入した、乾いた昆虫を思わせるカサカサした欠片を貪る。
ピチャピチャという微細な音が後ろからナオの耳に届く。
…まるで気にもとめない様子で彼女は、白く細い指で弁当のパックを開ける。
パキッと、明朗かつ文化的な明るい音が、部屋の中に広がって一瞬の後消えた。
「今日は奮発して、ローストビーフ味。」
ナオはたった一人の部屋の中で、そう呟いた。
工場生産の野菜と、国産人工培養肉のおかず。
臨時収入があった日のみの豪遊。
普段の弁当は特売の、養殖魚のフライのみだ。
久々の豪勢な食事と言えた。
ナオは久しぶりのご馳走を頬張りながら後ろを振り向く。
「サルクス、美味しい?」
ガラスの向こうにいる、血と肉塊に包まれたそれに声をかけた。
呼応するかの如く、小綺麗に整頓された部屋の中に、液体が弾ける音がする。
ナオはまた食卓に向き直り、食事に没頭する。
「……。」
食べながら彼女は、水槽の中にいる“それ”の事について、考えを巡らせた。
今度は、いくらで売れるだろう?
その名を呼んで、サルクス。
種を買い、専用の溶液の中で育てれば人体の一部、すなわち筋組織や耳、鼻、指の組織、はたまた骨や歯でさえもその中で成長して完成する。
移植用として、高値で売れるのだ。
初期投資は高かったが、部屋の半分を埋め尽くす程の設備を買って正解だと思った。
定期的にその“サルクス”を売りに出す事でナオは、結構な額の収入を得ていた。
彼女は、食べ終わった弁当のパックの、若干脂ぎった表面を眺めつつ言った。
「ごちそうさま。」
テーブルの上からトレーを片付けた後ナオは黙々と、一日を終わらせる為のルーティンに勤しんだ。
「……。」
風呂から上がった彼女は、そのスタイルの良い身体を薄い寝間着姿で覆って、ぼんやりとベッドに腰掛けテレビを観ている。
番組ではロシア連邦による、10年にも及ぶ隣国への侵攻と、それに対する反撃と国際情勢の特集が組まれていた。
ゴポゴポという音が鳴る中、ナオは長い黒髪をドライヤーで乾かしながら空虚な目で、明るい画面を眺めている。
…ふと、テレビのアナウンサーが発した一言が耳に留まり、ナオは静かな声でそれを反復する。
湿気を増した室内にシュー、と。
囁く様な声が漏れ出た。
「ハイペリオン…。」




