天才はただでは見せない
ヒロはノアの手を強く握りしめていた。
「……行かないでくれ!」
「ヒロ、離して……僕もう行かないと!」
「頼む!俺を置いて行くなぁぁああ!」
ヒロの悲痛な叫びも虚しく躱される。
強く掴んだヒロの手は簡単に振り解かれた。
ノアは、ほぼ肌を露出させた衣装のままステージに向かう。
ヒロは腹部を押さえながら地面に膝をつく。
キリキリと胃が捩れるように痛んでいた。
「あんな服装でポールダンスなんて……」
「ヒロ、大丈夫だ」
レオンがヒロの肩に優しく手を置く。
「ここに警察はいないからな。公然わいせつ罪は適用されない」
ヒロはゆっくりとレオンを見上げた。
「そういう問題じゃねぇ!この筋肉バカ!」
レオンは目を丸くした。
ライトがクスッと笑いながら近づく。
「ヒロさん、大丈夫だよ。ノアはね……天才だから」
「はぁ?」
「さあ、席を準備しているから一緒に見守ろうよ」
ライトはヒロに手を伸ばす。
ヒロはライトの手を掴み立ち上がる。
「だから見たくねぇって……」
ヒロの呟きは誰の耳にも入らなかった。
スポットライトが黒い首輪を付けたダンサー達を追うように動き回る。
ステージの中央にそそり立つ銀色の棒。
その棒に絡みつくように白い身体が妖艶に舞う。
「……アイツ、普通に踊れんのかよ!」
「だから言っただろ」
なぜか誇らしげなレオンをヒロはスルーした。
ライトが手をあげる。
「ヒロさん、こっちだよ」
革張りのソファが並び、全てのステージが見下ろせる。
他の席より明らかにクラスが違う。
「……ここって」
「うちのVIP席」
ヒロは何も言わずに立ち上がる。
「……俺は下で見る」
「う〜ん。どうしてもって言うなら止めないけど」
レオンがヒロの腕を掴む。
「ヒロ、ここにしておけ。下は酔っ払いが多いからな」
レオンは慣れたようにテーブルの酒をグラスに注ぐとヒロの前に置いた。
ヒロは大きく溜め息をつくと渋々革張りのソファに腰を沈めた。
ステージは大いに盛り上がっていた。
観客は身を乗り出して食い入るようにノアを見つめる。
長い脚が銀色のポールに絡みつく。
器用に体を浮かせくるりと回る。
薄く少ない布面積。
しかし、見えそうで見えなかった。
ノアは公然わいせつ罪を自力で回避していた。
ヒロはホッと胸を撫で下ろした。
曲が終わると、一斉に花束が飛び交う。
ノアはステージから観客席に降りた。
客から花が連なったレイや大きな花束を受け取る。
ライトが指をさす。
「あの花がうちのチップだよ」
「なるほどな。これは盛り上がるし、何より見栄えがいい」
ヒロは自身のコンカフェにも取り入れられないか思考していた。
レオンが感心したように声を上げた。
「やはり、今回もすごい金額だな」
「だね」
軽い返事。
ヒロが何気なく疑問を口にする。
「ちなみにあの花束がいくらなんだ?」
「花は一本あたり十万だよ」
「レートたっか!」
ヒロはもう一度ノアを見た。
首にかけたレイ一つだけで二十個以上の花が使われていた。
それをノアは何重にも首にかけ、さらに両手に大きな花束を持つ。
「……あのレイだけでうちの売上超えてねぇか」
「まぁ、ここは裏だからな……」
レオンは困ったように眉を下げた。
ライトがグラスを傾ける。
カランと氷が当たる音。
脚を組むライトがにこりと微笑む。
「ヒロさん」
「ん?なんだ?」
「もし、ノアが必要ないなら……うちで引き取るからさ」
先ほどと変わらない人懐っこそうな笑顔。
それなのに目だけは笑っていない。
まるでヒロを値踏みするような瞳。
「……いつでも連絡してよ」
「な、なに言って」
動揺するヒロをどこか冷めた表情で見つめる。
ヒロの頭に一人の男の顔が浮かんだ。
──アルヴァルト。
あの光を通さない黒い瞳を思い出していた。
「お前、アイツ……アルヴァルトにそっくりだな」
ライトは目を見開き、眉間に皺を寄せる。
「……あんな奴と一緒にするなよ」
怒りを抑えるような小さな声。
「え?」
「あぁ!ごめん!冗談だよ」
ライトは人懐っこそうにニコリと微笑んだ。
何事もなかったみたいに。
「ヒロ!大変だぞ」
レオンが観客席を指差した。
「ノアがお持ち帰りされた」
「……はぁぁあ!?その文化、裏にもあんの?」




