帰ると見せかけて、やっぱりカレー食べます
リビングを抜けキッチンの横を通る。
エリザはヘッドホンをつけたまま、鍋をかき回す。
音に合わせて筋肉質な身体とフリルのエプロンが揺れていた。
ヒロと目が合い、エリザはヘッドホンを外した。
「あら〜ン♡もう終わったの?」
「終わったのかは分かんねえ……けど、俺らは帰るぞ」
「もうご飯できるわよ♡」
ノアが煮込まれている鍋を覗く。
「カレーか……どうしようかな……」
「おい!悩むな!」
「ヒロ。エリザのカレーはおいしいんだよ」
「お前が言ってもなあ」
ノアはむっと眉を寄せた。
レオンがフォローするように間に入る。
「ノアの言う通りカレーはガチだ!」
「そうなのか……?」
ヒロはゴクリと喉を動かした。
カレーのスパイスの香りがヒロの後ろ髪を引いていた。
ヒロは短期間で、すっかり胃袋を掴まれていた。
「……じゃあ少しだけ食ってくか!」
レオンはガッツポーズをした。
カレー皿を持ち、リビングに戻る一同。
「やあ。もう帰ったかと思っていたよ」
アルヴァルトの毒気は抜け、いつもの調子に戻っていた。
「……うるせえな」
「これ食ったらすぐ帰るからな!」
アルヴァルトは目を細め、口角を上げた。
「カレー、か。懐かしいな……」
「二人がうちに来たばかりの時を思い出すよ」
アルヴァルトがごく稀に見せる親の顔だった。
テーブルの上にはご飯が盛られた皿が並ぶ。
エリザが銀色の寸胴鍋をテーブルの真ん中に置いた。
来た時よりもエリザの腕がパンプアップされたように見えた。
「ほ〜ら、お皿出してね♡」
ノアとレオンは我先にと自分の皿を差し出す。
「あらン。ちょっとだけ、レオンちゃんが早かったわね♡」
「よっし!」
ノアは目を細めてレオンを睨みつけた。
「もう人参食べてやんない」
「おい!それは無しだろ!」
ヒロは呆れたように口を開いた。
「レオン、お前人参苦手だったのか?」
「……に、人参は糖質が高いからな」
ノアはスプーンを振りながらフッと吹き出した。
「嘘だね。そんなの気にしてないだろ」
レオンの前にコトンとカレーが置かれる。
塊の肉と野菜が丸ごと入ったカレー。
ヒロは目を丸くした。
「具でかっ!」
「こいつをナイフで切りながら食うんだ」
レオンは、なぜか誇らしげだった。
エリザは目を細め頬を上げる。
「こんなに褒めてもらえると作り甲斐があるわン♡」
テーブルの中央にはデカすぎる寸胴鍋。
それを取り囲むように六人前のカレーが並ぶ。
「ダーリン♡ごはんよ〜ン♡」
肩を落としたサイラスは顔を上げると、眼鏡をかけ直した。
何も言わずにテーブルにつき、ナイフとフォークを握った。
「ノア、ほらやるよ」
レオンはノアの皿に人参を入れると、代わりに大きい肉を取っていく。
ヒロは目を見開いた。
「レオン……それはダメだろ!」
レオンは何のことか分からずに目を瞬きさせる。
「人参と肉じゃレートが違うだろ」
「ヒロ、違うぞ!」
レオンは大きい肉をナイフで一口大にカットし、ノアの皿に戻した。
「俺は切ってやってるだけだ!」
「……甘やかしすぎだろ!ノア、自分で切って食え!」
ノアはもぐもぐと頬を動かす。
「これは相互取引だよ」
「は?」
「僕がレオンが苦手な人参を食べてあげる。代わりにレオンは僕の肉を切る」
「お、俺は別に苦手じゃないからなっ!」
ヒロは眉を寄せた。
「いや、ノアしか得してないだろ……レオンもちゃんと人参食え!」
ノアは人参をナイフで切りながら、口を開いた。
「なんで人参嫌いなの?」
「き、嫌いでは……」
レオンは眉を寄せ、思い出すように遠い目をした。
「……ニコが好きなんだ……人参が」
「なるほど」
ノアはすぐに納得した。
「全然わからん!」
「毎日、人参ばかり食べさせられていた……」
ノアは頬杖をついた。
「ニコはそう言う所があるからな」
二人は遠い目でカレーを食べ続ける。
結局、レオンはおかわりを三回し、サイラスにやられた怪我もなぜか回復したようだった。
同じテーブルでノアの様子を静かに観察し続ける眼鏡がいた。
目の前の皿は綺麗に空になっていた。




