ご主人様の命令が聞けないならゲンコツ
ピンク色に統一された家具。
テレビからはニュース番組が流れる。
部屋の真ん中で白と黒のフリルが揺れていた。
「……またね」
笑顔のまま握られた銃は、自身のこめかみに狙いを定めた。
ヒロは理解が追いつかず、声を出すこともできない。
そして、乾いた音が響き渡った──
ヒロはスローモーションのように世界がゆっくりと見えていた。
横目に映るアルヴァルトの表情が歪み、いつもの余裕を失っていく。
咄嗟に駆け出そうと足を踏み出す。
(だめだ!間に合わない!)
(俺が、なんとかしないと……)
目の前の手を伸ばせば届きそうな距離。
しかし、慣れない銃声はヒロの体を強張らせた。
その時──
ヒロの真横を何かが通過する。
ノアへ一直線に向かう。
ノアの持つ銃のフレームに当たり、銃口を大きく逸らす。
部屋には二つの銃声が響き渡った。
壁に貼られたアイドルのポスターには焦げついたような穴が開いた。
ヒロは咄嗟に振り向く。
レオンが構える銃口から細く煙が上る。
呼吸は少し荒くなり、肩が上下していた。
「……レオン!」
ヒロはやっと息を吐いた。
まだ鼓動は落ち着かず、大きく打ちつけるように響く。
アルヴァルトはすぐにノアの銃を取り上げ、部屋の隅に銃を滑らせた。
ノアはくるりと振り向く。
メイド服がふわりと膨らみ、フリルが揺れる。
レオンに向け、ニヤリと笑って見せた。
「言ったろ?戦闘は不要だって」
親指で背後をさす。
サイラスは目を見開き、頭を抱えていた。
「……なんでだ……エリアス」
サイラスはノアの背中を見つめ、力なく肩を落とした。
ドヤ顔で胸を張るメイドにヒロの怒りは頂点に達していた。
ヒロはノアのメイド服の胸ぐらを掴んだ。
「お前っ、自分が何したか分かってんのか!」
ノアはヒロのいつもの説教と即座に判断し、死んだような目で遠くを見る。
「なんで自分を撃つんだよ!」
「……ヒロだって父親は撃つなって言ったじゃ──」
「だからって自分を撃つやつがいるか!」
「……ここにいるんだけど」
「うるせえ!」
ヒロはノアをビシッと指差した。
「ノア!命令だ!」
「もう二度と自分に銃を向けるな!」
ノアは眉を寄せ、不満げに口を尖らせた。
「作戦上、必要なことだってある!同意できないね!」
「そんな作戦考えんな!お前、頭が切れるなら他の方法を考えろ!」
「一番手軽なんだから仕方ないだろ」
怒髪天のヒロはまたメイド服を掴む。
感情のままに口を開くが、言葉が出てこない。
小さく舌打ちをし、ノアの身体を自分の胸に寄せた。
「……もう、そういうことを言うな。これは命令だ」
いつもと違うヒロの様子にノアは首を傾げる。
ヒロの肩をレオンが叩いた。
「ヒロ、俺に任せろ」
レオンはノアをヒロから剥がすと拳を振り上げた。
「え?なに?」
ヒロが死角となり拳を見失ったノア。
キョロキョロと周りを見渡すノアの頭上に大きな拳が落ちる。
ボコォッ。
明らかにやばい音。
ノアは何も言わずに頭を押さえ静かになった。
レオンは満足そうに鼻から息を吐いた。
ヒロは内心やり過ぎのような気もしたが、胸がスッキリと軽くなっていた。
ヒロは二人を見て、フッと頬を上げた。
「お前ら、もう帰るぞ」
歩き出したヒロはサイラスに向かう。
依然、サイラスは頭を抱え何かをボソボソと呟く。
ヒロは小さく息を吐いた。
「……お前、親なら子供のことを勝手に決めんな!」
「何かやりてえなら自分でやれ!」
サイラスは何も言わずに膝をついた。
アルヴァルトが静かにサイラスの隣に立つ。
「アルヴァルト、お前もだ!」
「あんまり主人の言いなりになるなよ。止めるのもお前の役目だろ」
ヒロは一般社会の正論を残してリビングを出た。
「……エリアス、お前はなぜ」
ノアは頭を押さえながら口を開く。
「エリアスはあの日死んだんです」
「……あの日?」
「あなたに銃を向けられたあの日にね……」
ノアはそう言い残しヒロの後ろを追った。
サイラスは眉を顰め、細い背中を見つめていた。




