勝手な引越しはトラブルのもと
トントンとまな板に包丁が当たる音。
銀色の鍋からは白い湯気が立ち上っていた。
ヒロの前に庇うように立つノア。
両手にはスカートの裾を掴み、父親に中身を見せつけていた。
「……何してんの」
ヒロの目線の先では、サイラスが真剣に凝視している。
数十秒後、サイラスが口を開いた。
「……男、だったか」
小さく息を吐いたノアは、スカートを下ろした。
ふわりとフリルが揺れる。
ヒロは眉を寄せていた。
「お前、息子が女になったと勘違いしてたのか?」
「取り戻すってそっちの意味かよ……」
ヒロはそっと立ち上がった。
すぐにレオンの腕を肩に乗せ立たせる。
「レオン、大丈夫か」
レオンはサイラスから目線を離さない。
ヒロに支えられ、フラフラとソファに腰をおろした。
ヒロはくるりと振り向く。
「誤解も解けたようだし、俺たちはもう帰るぞ」
サイラスは静かに銃を向けた。
「君にはここで死んでもらう」
「いやいや、ノアは男だっただろ!?」
「エリアスを取り戻すためには、君が邪魔だ」
「さっきからそのエリアスって誰なんだよ!」
サイラスは小さく息を吐く。
「……私が全てを注ぎ込んだ傑作品だよ」
「はあ?ロボットか何かか?」
サイラスはフッと笑うとヒロの横を指さした。
その先には、フリルを揺らすノア。
ヒロは目を見開いた。
「ノア、お前……ロボットだったのか」
レオンも思わず声を上げる。
「そ、そうなのか!?」
「そんなわけないだろ」
ノアは呆れたように息を吐いた。
ヒロを見て口角を上げた。
「ヒロ、僕は人間だよ」
ヒロからはその笑顔が悲しそうに見えていた。
「アル……お前に預けてから矯正するように言ったよな」
アルヴァルトはソファに座り、足を組んでいた。
「ああ。しかし、この子の意思は硬いらしい」
サイラスは額に手を置き、首を左右に振る。
「なぜペクを撃たなかった」
「……撃つ意味がなかったので」
「他の捕虜達もなぜ釈放した」
「その方が面白いので」
「面白い……?」
サイラスはアルヴァルトを睨みつけた。
「アルヴァルト。……再教育だ」
アルヴァルトは目を数回瞬きさせる。
「うん?サイラス悪いけ──」
「教育って英才教育ってやつだろ!お前はノアをどうしたいんだよ!」
思わずヒロが声を荒げた。
「エリアスを完成させる。それが私の定めだ」
「……定め?」
「アルヴァルト!エリアスを施設の地下へ縛りつけろ!」
「なんでそんなに物騒なんだよ!」
アルヴァルトはスッと立ち上がるとノアの元へ向かう。
ノアの肩に手を置く。
「サイラス、この子はもう完成しているよ」
アルヴァルトは目を細めるとノアの頭を撫でた。
「……これは命令だ」
「私たちの契約はもう終わっているよ。君の命令は聞けない」
サイラスは眉を寄せ、首を傾げた。
「契約が終わっているとはなんだ?」
「君は五年間音信不通になっただろう」
「これは明らかな契約違反……よって破棄させてもらったよ」
サイラスは眉間に皺を寄せ、タバコを取り出した。
口に咥え、火をつける。
ゆっくりと煙を吐き出した。
「……アル。私はちゃんと君に便りを出していたよ」
「そうなのかい?」
「ああ。毎年年賀状を送っていたし……まさか引っ越ししたのか?」
アルヴァルトはハッと顔を上げた。
「……言っていなかったね」
サイラスは目を細め、天井を睨みつけた。
「何のやり取りしてんだよ!」
思わずヒロは突っ込んだ。
「年賀状のやり取りをね……」
「そういう事じゃねえ!」
「やれやれ、困ったなあ」
アルヴァルトはノアからそっと離れると、腕を組み数歩進む。
「どうやら契約は継続らしい」
ニヤリと口角が上がる。
その目は真っ黒で何も映さない。
アルヴァルトの雰囲気が別のものとなった。
ヒロの背筋がゾクリと冷える。
「……なんかヤバくねえか」




