鼻水は全てを洗い流す
食器を重ねる音と水の音。
シンクの横に置かれた皿は高く積み上がる。
エリザはピンク色のゴム手袋をつけると慣れた手つきで食器を洗っていく。
イヴはガラスのテーブルを拭いていた。
「イヴちゃん、お手伝いありがと♡」
「えへへ。ご飯ご馳走様でした!」
「さすがノアの彼女ねぇン」
イヴは頬を赤らめて、もじもじと布巾を絞った。
ユーミルがノアがいる奥の部屋から出てきた。
その表情は少しだけ硬い。
思わずユーミルに駆け寄るイヴ。
「ノア、どうだった?」
「……いつも通りだったよ」
ユーミルにしては短い返答。
イヴは違和感を覚えながらも、自身も奥の部屋に向かう。
しかし、ピタリと止まる足。
イヴはくるりと振り返る。
「マキシム!レオンも行こ!」
イヴは二人を引き連れてノアがいる部屋の扉に手をかけた。
ベッドの上では金色の髪が静かに揺れていた。
ベッド用テーブルの上にはPCが置かれ、カタカタとキーを叩く音だけが響く。
眼鏡をかけたノアにいつものような気怠さはなかった。
「……ノア?」
「ローストビーフ美味しかった?」
「う、うん」
「それは良かった」
モニターから青い目は離れない。
目の下には、うっすらと隈が浮かぶ。
イヴはそっと視線を下げた。
一歩前に踏み出す。
だけど、口からうまく言葉が出せない。
マキシムがスゥッと大きく息を吸った。
「おいっ!ノア!こっち見ろや!」
大きな声。
ノアの手がピタリと止まる。
「お前の彼女が、ずっと心配してんだぞ!何か言えよ!」
「……マキシムいいって」
イヴはマキシムの服を掴んだ。
首を左右に振り制止する。
「何がいいんだよ!イヴ、おめえも素直になれ!」
「だって……嫌われたくないもん」
今にも消えそうな声。
マキシムの服を掴む手が震える。
「はあ〜?嫌うだぁ?おまっ、何言ってんだよ!」
ノアは小さく息を吐いた。
眼鏡を外し、眉間を指で軽く揉む。
ベッドから降りるとフラリとよろめく。
ゆっくりとイヴの前に立つと、肩をトンと軽く叩いた。
イヴは、ぎゅっとノアに抱きついた。
消毒液の匂いが鼻をさす。
「イヴには助けられたよ。危うくザビィにトドメを刺されるところだったからね」
クスクスと笑う声。
イヴは顔を上げず、ノアの胸に押し付けたままだった。
細い肩は小さく震える。
「……イヴ?」
ノアが顔を覗き込む。
イヴは泣いていた。
鼻水と涙でぐちゃぐちゃだった。
ノアの入院着には濡れたイヴの顔が浮かび上がり、鼻水が糸を引く。
「ノ、ノアァ!アダジッ、のせいっで……ごべんっなさいぃ」
ぎゅっとノアの服を掴み、涙をポロポロと流す。
ノアは何も言わずに背中をさする。
イヴはノアの服で鼻水と涙を拭った。
「……僕の服……まあいいか」
「……ズズッ」
「マ、マキシム!?」
マキシムは背中を向けて、鼻を啜る。
袖でゴシゴシと目を擦る。
「イ、イヴのやろう……泣かせんじゃ、ねえよ!」
ノアは眉を下げてレオンに助けを求めた。
「レオン、これ……」
「お前がいつも勝手ばかりしてるせいだ。最後まで付き合ってやれ!」
「え……」
ノアは静かに天井を見上げた。
そして、小さく呟いた。
「エリザ、着替え……」
一方エリザは、慣れた手つきで皿の水分を拭き取っていた。
奥の部屋からは、ノアの戸惑う声と鼻を啜る音が響く。
「んふっ。いい仲間じゃないの♡」
エリザは鼻歌でノアの声をかき消した。




