涙を拭いたら顔も洗え
裏口に向かうストレッチャー。
その後ろには赤い模様が続く。
裏口に用意された大きく黒い車。
ストレッチャーはすぐさま中に担ぎ込まれた。
中には手術服に着替えた数人が待機していた。
セレスは血のついたスーツを脱ぎ捨て、オペ着に着替える。
その間に、動かなくなったノアは酸素マスクやバイタルに繋がれる。
液晶に弱い波が映る。
「……時間がありません」
「すぐに開胸します」
メスが身体に吸い込まれるように動く。
肉がピクピクと動く。
「何で腹まで切らせたんですか……致死量ギリギリですよ」
「あなたの輸血ストックも足りるかどうか……」
うっすらと開く青い瞳。
マスクに息がかかる。
「なにを言っても聞こえないので黙っててもらえますか?」
車は猛スピードで走り続けていた。
人がぞろぞろと立ち去る劇場ホール。
半壊した舞台。
消えない火薬の匂い。
レオンの手から銃がこぼれ落ちた。
カシャ。
残された血溜まり。
その前で佇むレオンとイヴ。
イヴは肩を揺らし、両手で口元を押さえ声を殺して泣いていた。
痛々しい嗚咽だけが響いていた。
レオンはイヴの肩に手を伸ばす。
しかし、何も言葉が出てこなかった。
「レオン、まさか本当に撃っちゃうなんてなあ」
ハルトが感慨深そうに血溜まりを避けて歩く。
「心臓ど真ん中だったし」
「あれは無理だろうな」
レオンの肩を軽くトントンと叩いた。
「新しい頭になってどうなるか、だな」
ハルトはチラリとザビィに視線を送る。
当のザビィはペクの横で何かに頷いている。
「まあ、旧中枢のいいなりってとこか」
ハルトはあくびをしながらホールを出て行った。
「……イヴ、俺たちもいくぞ」
レオンがイヴの肩に触れる。
ビクッと跳ね上がる肩。
「……ここに、いる」
小さな声。
レオンは何も言わず、ただ隣に立っていた。
「レオン、イヴ。まだ落ち込んでんのか?」
マキシムが大胆な笑い声を上げ、レオンをバシバシと叩いた。
「ユーミルが言うには、ワンチャンあるらしいぞ?」
イヴの肩が揺れる。
一瞬だけ呼吸が止まった。
「……ワン、チャン?」
イヴは、怪訝そうにマキシムを見上げるた。
「処刑の流れがノアの誘導通りとか?俺もよく分かんねえけどよ」
マキシムはガシガシと頭を掻く。
「このギャンブル狂は憶測をさも事実のように語り出す……ホント愚かだよね」
「おまっ、毎回俺を貶すんじゃねえ!」
ユーミルがマキシムを軽く無視し、レオンを向く。
「僕は何か起こると言っただけ」
短く答える。
ユーミルはレオンの足元に落ちている銃を拾い上げマガジンを外した。
「確認だけど、レオンはなぜ頭ではなく左胸を狙ったの?レオンほどの銃の腕なら脳幹を狙うことも可能だよね」
「俺は……アイツから撃てと言われた場所を狙ったまでだ」
低い声。
レオンはそっと血溜まりに視線を落とした。
「……だとしたらノアの生存率は跳ね上がるね。ノアの余裕っぷりから察するに心臓になんらかの仕掛けを用意しててもおかしくない。サンクチュアリならやりかねないし……あの指が動いていたのも何かのギミックが発動していたってとこかな」
「つまり、何なんだ!」
レオンが声を荒げ、ユーミルの肩を強く掴むと激しく揺さぶった。
ユーミルは玩具のように揺れた。
「うわぁぁ……い、生きてる!生きてるよノアは!」
「蓋然性は高い!」
レオンが肩を離すとふらふらとユーミルは床に尻をついた。
「戦闘員は僕らの扱いが雑すぎるよ」
「……ユーミル。今の、本当?」
俯いていたイヴが少しだけ顔を上げた。
涙でメイクは溶けていた。
ユーミルは小さくこくんと頷く。
「うん。あくまで推測だけど」
イヴは大きく息を吐いた。
袖で目を擦り、立ち上がった。
「アタシ、やる」
「何をやるんだよ」
レオンが眉を顰める。
「ハッキング。裏にいる奴らを洗い出す!」
「……ノアが生きてるなら必要でしょ!」
くるりとレオンを向き、拳を突き出して見せた。
「お、おう」
イヴの勢いにやや押されるレオン。
言いにくそうに視線を下げた。
「その前に顔洗った方がいいぞ……」
「うるさっ!レオン最低!」
レオンはイヴのキンキン声の餌食となった。




