ご主人様はまんまと騙される
『僕、死んじゃった?』
ノアがクスクスと笑う。
ヒロは笑えなかった。
モニターの向こうだけがいつも通りだった。
『まあ、見てるってことはそういうことでしょ』
『レオンが帰ってきてるなら、多分成功したんだろうし』
ノアは足を組み直す。
『じゃあ本題』
『ヒロ』
『しばらくサクラと一緒に行動して』
ヒロが眉をひそめた。
「は?」
モニターの向こうのノアは続ける。
『一人は駄目』
『必ずサクラと一緒』
『外出も』
『買い物も』
『大学も』
「大学までかよ」
思わず声が出た。
『あとサクラ』
『銃器庫の鍵は知ってるよね』
サクラは小さく頷く。
『はい』
「待て」
ヒロの顔が引きつった。
『サクラの予備の拳銃は三丁』
『弾薬は――』
「待てって!」
ヒロが叫ぶ。
ノアは無視した。
『最低限の体術も教えてあるから』
『まあ大丈夫だと思う』
「大丈夫じゃねえよ!」
ヒロは机を叩いた。
「俺の奴隷に何物騒なこと勝手に教えてんだ!」
サクラは少し困ったように微笑む。
「ヒロ様」
「護身術ですよ」
「護身術の範囲超えてるだろ!」
『拳銃は護身に有効だよ』
「初めて聞いたわ!」
反射的に返したところで。
ヒロの口が止まった。
沈黙。
モニターを見る。
サクラを見る。
もう一度モニターを見る。
「……あれ?」
サクラも気付いたらしい。
ゆっくり首を傾げる。
ヒロは眉をひそめた。
「なんで会話できてんだ?」
『あ』
ノアが笑う。
『バレちゃった?』
「お、お前!」
ヒロは指を差した。
「録画じゃねえのかよ!」
『録画だよ』
「嘘つけ!」
『半分くらい』
「半分ってなんだ!」
ノアは楽しそうだった。
『義父さんのところから借りた』
『ちょっと便利なやつ』
「その説明で分かると思うな!」
『双方向通信』
「最初からそう言え!」
ヒロは頭を抱えた。
さっきまで遺言映像だと思っていた。
だが違う。
モニターの向こうのノアは、
今この瞬間も生きている。
少なくとも。
今は。
ヒロは息を飲む。
「お前……」
言葉が続かない。
ノアは一瞬だけ笑うのをやめた。
『うん』
『まだ生きてるよ』
「お前……」
ヒロはモニターを見つめる。
さっきまで死んだと思っていた。
レオンもそう言った。
「何がどうなってんだ」
ヒロが呟く。
ノアは肩をすくめた。
『いやあ』
『死にかけた』
まるで風邪でも引いたような口調だった。
「笑い事じゃねえだろ!」
『あはは』
『それはそう』
ノアは楽しそうに笑う。
だが。
顔色は悪かった。
よく見れば椅子にもたれ掛かっている。
いつもの余裕とは少し違う。
『実際まだ動けないし』
『だからこうしてる』
「どこにいる」
ヒロが聞く。
ノアは少しだけ視線を逸らした。
『それは秘密』
「ふざけんな」
『大丈夫』
ノアは軽く手を振る。
『施設に向かって』
「施設?」
『うん』
『そこに信頼できる味方がいるから』
ヒロは眉をひそめた。
聞きたいことは山ほどあった。
レオンのこと。
ニコのこと。
何が起きたのか。
なぜ死んだことになっているのか。
だが。
ノアは先に口を開いた。
『質問はなし』
「あるわ!」
『いっぱいあるだろうね』
クスクスと笑う。
「おい」
『とりあえずサクラと一緒に動いて』
『一人は駄目』
『絶対に』
今度は真面目な声だった。
ヒロは言葉を失う。
ノアがそこまで言うことは珍しい。
『じゃあ』
ノアが椅子にもたれた。
『施設で待ってる』
「待て!」
ヒロが身を乗り出す。
『ヒロ』
ノアが呼ぶ。
「な、なんだよ」
一瞬だけ。
ノアはいつもの笑顔を消した。
そして。
『来てね』
小さくそう言った。
次の瞬間。
映像が途切れる。
ブツッ。
モニターが暗転した。
監視室に静寂が落ちる。
赤いランプだけが点滅していた。




