↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者と聖女の裏稼業~善人ばかりやっていられるか!舞台で悪徳領主を演じていたら、聖女本人に恋愛相談していました~  作者: LackRock


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/8

第四話 隣にいるだけで結構です

挿絵(By みてみん)


「では、こちらの祝辞も勇者様にお願いできれば」

「はい。僕でよければ」


 セシリアは、卓の下で膝の上の紙を握った。

 向かいの役人が、また一枚、アレンの前へ書類を置く。記念祝典の進行表だった。先ほどまで自分の前にあったものだ。


「療養院へ伺う日は、午後の予定を空けていただけたのですよね?」

「ええ。聖女様には十分お休みいただくよう、手配しております」


 役人は胸を張った。

 隣のアレンも、よかったね、という顔をしている。


「その午後に、勇者様は?」

「兵舎へ顔を出して、そのあと祝典の打ち合わせを少し」

「少し、とは」

「式場を一度歩くくらいだよ」


 役人が手元の紙へ目を落とした。


「旗手との顔合わせと、勲章授与の順番の確認、それから献花の予行もございます」

「そうでしたね」

「あと、祝辞を」

「今いただいたところです」


 セシリアは握っていた紙を伸ばした。皺になった端が、なかなか戻らない。


「勇者様のお休みは、いつでしょうか」

「僕は祝福をしないから」


 答えになっていない。

 そう申し上げようとしたとき、役人が別の紙を広げた。式場に飾る討伐軍の旗について、旅に同行した二人へ確認したいという。

 アレンは身を乗り出し、描かれた旗の一つを指した。


「この旗は、もう少し前へ。あの隊が橋を守ってくれたので」


 セシリアも、その旗を覚えていた。

 濁流に半ば沈んだ橋の上で、最後まで揺れていた青い旗だ。

 椅子を寄せ、別の旗も指す。こちらの隊にも助けられた。飾るなら、隣に並べてほしい。

 二人で話し始めると、役人のペンは忙しく動いた。


 打ち合わせが終わったのは、昼をだいぶ過ぎてからだった。


「ごめん。長くなったね」


 廊下へ出ると、アレンが振り向いた。


「今日はもう戻っていいよ。僕はこのあと、旗の担当者と話してくるから」

「私も――」


 言いかけると、アレンは少し困ったように笑った。


「ちゃんと休んで。せっかく時間を空けてもらったんだから」


 セシリアは差し出しかけた手を下ろした。

 アレンが抱え直した書類の束は、来たときより厚かった。


 ◆


 その夜の宵待ち座で、アレンは伯爵の椅子へ腰を下ろした。

 腰を下ろしただけなのに、息が出た。


「お年を召しましたの?」


 ロゼが扇の向こうからこちらを見ている。


「役作りだ」

「でしたら、立ち上がれなくなる前に始めましょう」


 客席ではベルタが椅子を後ろへ傾け、二本の脚で揺らしていた。

 今夜は、短い直しの稽古だけだ。明日の再演に向け、昨日の初公演で笑いに埋もれた台詞を整理する。アレンとしては、口数を減らすなら大歓迎だった。

 ロゼの口数が減るなら、なおいい。


「逮捕の前から。家令は帳簿を取りに出たところだよ」


 ベルタの声に、アレンは伯爵の姿勢を取った。肘掛けへ腕を載せ、顎を上げる。


「案ずるな。役人の相手は私がする。お前は隣で黙っておれ」

「あら。私の分まで言い訳を?」

「余計なことを言われては困る」

「あなたお一人なら、うまくいきますの?」

「当然だ!」


 立ち上がる勢いが、少し足りなかった。

 ロゼの視線が一度、肘掛けへ戻る。それから、ゆっくりこちらへ近づいてきた。


「では私は、何をすれば?」

「何もせずともよい。隣にいれば十分だ」


 夫人が扇を閉じた。


「でしたら椅子を置けばよろしいでしょう」


 アレンは、立ったばかりの椅子を見た。


「……椅子?」

「逃げませんし、口答えもいたしません。お好みの布を掛ければ、見栄えもいたしますわ」

「誰が椅子と結婚するか!」

「今、なさったお願いを伺う限り、適任かと」


 客席でベルタの椅子の前脚が落ちた。

 ロゼは空いた伯爵の椅子へ手を添え、背もたれの彫刻を撫でている。


「奥様、今日もお美しい。何もなさらず、こちらへどうぞ」

「椅子に話しかけるな!」

「お返事がありませんわ。理想の奥様では?」


 ベルタが帳面を膝で叩いた。

 アレンは椅子の前へ回り込み、ロゼの手から背もたれを取り戻した。


「お前を働かせぬと言っているのだ! 喜べ!」

「では、なぜお連れになったの?」

「夫婦であろう!」

「ええ。ですから、何をするか伺っておりますの」


 さっきまでの椅子への声とは違った。

 アレンは返しかけた言葉を飲んだ。ロゼは扇を下げ、伯爵の返事を待っている。

 昼の廊下で、セシリアも何か言いかけていた。

 あのあと、何と言うつもりだったのだろう。


「……お前にも、できることがあると?」

「ございますとも」


 ロゼは伯爵の肩へ手を置いた。


「あなたのせいにいたします」

「働くな! 何もするな!」


 ベルタが声を上げて笑い、袖で待っていた家令役まで帳簿に顔を伏せた。


「そこは使おう。明日も今の順番で」


 アレンは肩の手を払い、伯爵の顔をやめた。

 ロゼもすぐに手を引いたが、去り際に椅子をこちらへ向けてくる。


「お座りになって。お似合いですわよ」

「夫婦にするな」

「ご休憩です」


 アレンは椅子を見下ろした。

 座るのが、ひどく悔しかった。


 ◆


 翌日の午後、セシリアは神殿の控え室で、書類をめくる音を聞いていた。

 療養院への訪問は終わっている。予定どおり休憩も取れ、帰りの馬車では眠らずに済んだ。

 隣に座ったアレンの方が、二度ほど目を閉じていた。


「旗の件、午前中に返事をもらえたから。兵舎ではこれを渡せば――」


 向かいの椅子で、アレンが紙を取り落とした。

 慌てて拾い、何でもないように並べ直す。セシリアが見ていることに気づくと、彼は笑った。


「ちょっと滑った」

「はい」


 セシリアは頷いた。

 笑っていれば、このまま彼は兵舎へ行く。

 そのあと式場を歩き、旗手に会って、祝辞を読む。自分はここで、彼が休めるよう祈っているのだろうか。


「勇者様。その書類を、半分ください」

「え?」

「旗の配置でしたら、私もお話しできます」

「でも、今日は休むって――」

「私の分の休憩は、いただきました」


 アレンの手が止まった。

 セシリアは立って奪いに行く代わりに、座ったまま両手を差し出した。


「兵舎へはお一人でいらしてください。そのあいだに、こちらの確認は私が済ませます。式場には、二人で伺いましょう」

「……旗の人とも、話したかった?」

「はい。昨日から」


 アレンは、揃えていた紙の端を見つめた。


「そっか」


 一枚抜き、次も抜く。三枚目で迷っていたので、セシリアは手を引かずに待った。


「こっちは、僕にもよく分からなくて。旗竿の長さなんだけど」

「担当の方に伺います」

「ありがとう。じゃあ、これもお願いしていい?」


 ようやく渡された紙を、セシリアは膝の上へ置いた。

 アレンの手元は、目に見えて薄くなった。


「終わったら、少し時間が空きますね」

「うん。たぶん」

「中庭で、お茶にしませんか」


 アレンが顔を上げた。


「それ、僕もいていいの?」

「お誘いしております」


 彼は少し笑い、残りの書類をまとめた。

 セシリアも紙を揃える。こちらの用事を先に終わらせれば、お茶を選ぶ時間がありそうだった。


 ◆


 その夜、アレンは舞台袖でロゼに声をかけた。


「昨日の椅子の話だが」

「まだ気にしていらしたの?」

「あれは夫人の台詞として、長すぎる」


 ロゼの扇が止まった。

 アレンは衣装の袖を引き、縫い目を手首の内側へ合わせた。昼のセシリアの笑顔を、この女に話す必要はない。


「二度も三度も言わなくても、分かる」

「一度でお分かりになった顔ではございませんでしたけれど」

「分かったから座っただろ」


 ロゼは少し黙り、それから扇を開いた。


「今日は、ちゃんと立っていらっしゃるのね」

「いつも立ってる」

「昨日は椅子と区別がつきませんでしたわ」


 やはり、話しかけるのではなかった。

 舞台へ向き直ろうとすると、家令役の若者が伯爵の椅子を運んできた。背に見慣れない紫の布が掛かっている。


「座長が、奥方様のお支度を、と」


 ロゼが椅子を見た。

 アレンを見た。


「お綺麗ですこと」

「お前のドレスの余り布だろうが!」


 開演を待つ客席へ、笑い声が一つ漏れた。

 家令役の若者が、紫の布を掛けた椅子を運んできた。


「こちら、どこへ置きましょう?」

「俺の部屋には入れるなよ」

「あら。もう別居?」


 ヴァイスはロゼを睨み、若者へ小道具棚を指した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。