↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者と聖女の裏稼業~善人ばかりやっていられるか!舞台で悪徳領主を演じていたら、聖女本人に恋愛相談していました~  作者: LackRock


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/4

第三話 夫婦仲は最悪、評判は上々

挿絵(By みてみん)


 その夜、セシリアは扇を開いたり閉じたりしながら、稽古の開始を待っていた。

 衣装の裾は直してある。新しく渡された台詞も覚えた。やることがなくなると、今朝の勇者の顔が浮かんでしまう。頬が緩みかけるたびに扇で口元を隠していると、舞台へ出てきたヴァイスが足を止めた。


「何か企んでるのか」

「人が機嫌よくしていると、そんなに不思議?」

「昨日は俺を見るたびに扇が鳴ってたからな」


 セシリアは閉じかけた扇を、そのままにした。今夜くらいは、この男の軽口に付き合わなくてもいい。


「少し、いいことがありましたの」

「へえ」


 返事は素っ気なかったが、ヴァイスは立ち去らず、袖の留め具を直している。セシリアは扇の骨を指でなぞり、独り言のように続けた。


「身近な方が、私のことを気遣ってくださいました。いつもお忙しいのに、わざわざ話す時間を作ってくださって」

「よかったじゃないか」

「ええ。思い切って、少し疲れると申し上げたら、ちゃんと聞いてくださったの」


 扇を持つ手が、また口元へ上がりそうになる。

 ヴァイスは留め具を押さえたまま頷いた。


「じゃあ、最初からそう言えばよかったんだな」


 扇が閉じた。


「……あなたには、話しにくいという経験がございませんの?」

「あるが」

「でしたら、お分かりになるでしょう」

「いや、話してみたら聞いてくれたんだろ。その人には言ってよかったってことじゃないのか」


 理屈はそうだ。今朝、自分でも先に申し上げるべきだったと口にした。

 けれど今は、よかったですね、と聞いていてほしかった。何日も迷ったのだ。昨日の晩餐の献立でも選んだように言わないでほしい。


「ずいぶん簡単におっしゃるのね」

「難しく言ってほしいのか?」


 セシリアが扇を握り直したところへ、ベルタが台本を抱えてやってきた。


「おや。もう始めてたのかい」

「まだですわ」

「終わったところだ」


 声が重なり、二人で相手を見る。

 ベルタは舞台の中央を指した。


「だったら続きは伯爵夫妻になってから。初日は四日後だよ。仲よく最後まで揉めておくれ」


 ◇


 アレンには、どうして機嫌を損ねたのか分からなかった。

 気遣ってもらえたと聞いて、よかったと返した。そのあとも何か言いたそうだったので応じたら、なぜか睨まれた。今日はセシリアとちゃんと話せて、自分も少し気分がよかったのに。

 もっとも、それをこの女に話すつもりはない。何を言われるか知れたものではなかった。


 稽古では宴の場面に進んだ。伯爵夫妻が招待客の前で仲のよさを取り繕い、袖へ引っ込んでは罵り合う。ロゼは客人へ微笑んだ直後、夫にだけ聞こえる声へ切り替えるのがうまかった。


「あちらのご夫人が、仲睦まじくて羨ましいと」

「見る目のあるご婦人だ」

「お気の毒に。目を患っていらっしゃるのね」


 アレンは笑いそうになり、咳でごまかした。

 こんな台詞はなかった。それでも悔しいので、すぐに夫の顔で応じる。


「お前もあのくらい愛想よくできぬか」

「しておりますわ。皆様の前では」

「私の前でもしろ!」

「お望みとあらば」


 ロゼが微笑んだ。口元だけは柔らかく、扇を持つ指先まで優雅だったが、目の前に立たれると逃げ道を塞がれたような気がする。


「これで、何をお頼みになっても断らない妻に見えまして?」


 ああ、まだ怒っている。

 アレンは外套の襟を整え、彼女と並んで客席へ向き直った。


「うむ。頼もしい妻だ」

「では次のお願いをなさる前に、一度こちらをご覧になって。喋っていないときにも、顔はございますから」


 アレンの手が止まった。

 さっきまで笑っていたベルタが、今度は黙ってペンを走らせている。ロゼは夫の返事を待たず、架空の招待客へ会釈した。

 アレンも遅れて頭を下げる。誰もいないはずの正面に、王城の役人が座っているような気がしてきた。


 ◆


 四日後の宵待ち座は、新作を見に来た客で七割ほどの席が埋まっていた。

 幕の隙間から覗くと、前列にいつもの客がいる。ヴァイスが転ぶと誰よりも大きく笑う男だ。その近くには、仮面姿のロゼが刷られた小さな絵札を持つ女が座っていた。絵札まで高慢そうな表情をしている。


「幕を持ち上げないで。そちらから明かりが漏れますわ」


 背後から囁かれ、アレンは指を離した。

 ロゼの首には、硝子玉を繋いだ大ぶりの首飾りがかかっている。伯爵に買わせた品ということになっていた。彼女はそれを指先で整えると、家令役の若者へ声をかけた。


「留め具の場面、稽古どおりに。私が外すまでお待ちになってね」


 若者が頷く。アレンも袖の位置を確かめた。逮捕の場面で衛兵役に掴ませるため、外套を少しずらしておく。

 ベルタが指を二本立てた。袖の話し声が止まり、楽師の弦の音が聞こえてくる。


 幕が開いた。


 宴の支度の押しつけ合いは、最初の稽古以上に受けた。ロゼに責め立てられた伯爵が返答を探すたび、客席に笑いが起きる。その笑いが収まるまで、ロゼは次を言わずに待っていた。

 悔しいほど、自分を見ている。

 アレンは言い返す台詞を一拍遅らせた。客席のざわめきが引いたところへ怒声を落とすと、後ろの席からも笑い声が上がった。


 宴が始まるころには、夫人が微笑むだけで前列の客が身を乗り出すようになっていた。

 アレンは彼女へ腕を差し出した。ロゼが指先を添え、二人で客席へ会釈する。客から見えないように回した扇が、アレンの背中をとん、と叩いた。

 次の立ち位置が、半歩前だった。

 アレンは腕を引かずに足だけを動かした。


 終盤、未払いの代金を取り立てに来た家令が、夫人の首飾りを見つける。


「奥方様、その首飾りをお預かりできれば、使用人どもの給金に」

「まあ。私の首を差し出せと?」

「首飾りでございます」

「同じことですわ。これがなくなれば、私、恥ずかしくて顔を上げられませんもの」

「ならば下を向いておれ!」


 伯爵の声に、客席が沸く。ロゼはわずかに顎を上げ、アレンを見据えた。


「夫に下を向かされるために、嫁いだ覚えはございませんわ」

「私もお前を飾るために借金した覚えはない!」

「では、どなたをお飾りに? 私のほかにも借金をしてまで飾りたい方が?」


 客席の男が「ああ、言っちまった」と声を上げた。

 予定になかった追及に、アレンは夫人の首飾りを指す。


「そもそも、お前が欲しいと言ったのであろう!」

「あなたがお買いになるとおっしゃいました!」

「分かった! では、今ここで売る!」


 アレンが家令へ手を差し出すと、ロゼも首飾りの留め具へ指をかけた。稽古で何度も合わせたところだ。こちらが待てば、外した品を手渡してくる。

 ところが彼女は首飾りを持ったまま、反対の手でアレンの外套を示した。


「こちらも。仲睦まじい夫婦ですもの、片方だけ身軽になるわけにはまいりませんわね?」


 客席から拍手が起きた。

 アレンはたっぷり顔をしかめ、外套の留め具へ手をやった。背後では家令が、二人へ交互に頭を下げている。

 そこへ衛兵が踏み込んだ。領民から取り立てた税を私物に使った証拠が出た、という台詞が響く。家令の手元には、ちょうど押収すべき品が揃っていた。


「待て、違う! 妻に言われて!」

「私、あなたの返事を待っていたのに!」


 二人同時に腕を掴まれ、同じ方へ引きずられる。

 最後まで相手を指差していると、幕の下りきる前から客席に拍手が広がった。


 幕の裏で、アレンは掴まれていた腕をさすった。隣ではロゼが肩を上下させている。客席から「奥方、もっと言ってやれ!」と声が飛び、彼女が顔を上げた。


「聞いたかい、今の」


 ベルタが舞台袖から飛んできた。


「明後日もやるよ。同じ組で」

「別の相手にしてくれ」

「それは私の台詞ですわ」

「息はぴったりだね。さあ、もう一度出るよ!」


 背中を押され、二人でもう一度客前へ出た。

 頭を下げると、前列の男が隣の女へ大声で言っているのが聞こえた。


「ありゃ芝居じゃねえ。俺が帳場で毎月聞かされるやつだ」


 女が男の腕を叩き、近くの客まで笑った。アレンが身を起こすと、今度は後ろの席から声がする。


「伯爵、あんた、絶対に人の金で失敗したことあるだろ!」


 討伐軍の追加予算を願い出た日のことが、頭をよぎった。

 隣でロゼが、いかにも楽しそうに肩を震わせている。アレンは彼女へ片手を広げ、客席の注目を譲ってやった。


「奥方! うちの亭主にも言っておくれ!」


 ロゼは優雅に一礼した。いくらか深すぎる礼だった。

 袖へ戻るなり、彼女が低い声で言う。


「余計なことを」

「お互いさまだろ」


 首飾りを返しに来た家令役が、二人の顔を見比べて足を止めた。


「……これ、どちらにお渡しすれば」

「小道具棚!」


 二人の声が揃い、若者は首飾りを抱えて逃げていった。

「どうしたら、そんなにうまく言い合えるんですか?」


 家令役の若者に尋ねられ、ヴァイスはロゼを指した。


「こいつの話を聞いていれば、自然と」

「こちらこそ。黙って聞けるお話をなさってくだされば」


 若者は感心した顔で、何かを書き留めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。