第59話「うちの領主」
宛先のない紙を、俺は袖の下に挟んで館へ上がった。
執務室の机にはもう朝の綴りが3つ積んである。あの人は蔵の出納を検めている最中で、俺が紙を差し出すと、手を止めずに目だけで促す。
「月次の、下書きです。護送と審問と、帰り道の分。……宛先が、なくなりました。監視の任を解くとも続けるとも、王都は言ってきません。それでも書いたので、置き場を伺いに来ました」
「谷の書庫に、綴じなさい」
即答だった。出納の頁を1枚繰って、あの人は続ける。
「あなたの月次は、この谷の外で書かれた、この谷のいちばん詳しい記録ですわ。触れの板は今日のためのもの、帳簿は勘定のためのもの。ですけれど、月次には人の歩き方が書いてありますの。……100年後に谷の者が読みますわ。宛先なら、それで足りましてよ」
「読まれるまで、100年ですか」
「ええ。ですから、ありのままに」あの人はそこで手を止めて、顔を上げた。「今度は、最後までですわよ」
墨の一行の話を、あの人はそういう寸法で釘にする。俺は頭を下げて、それから訊いた。あなたは読まないのですか、と。
「読みませんわ」出納に目が戻る。「書く者の肩越しに読む者がいると、紙は嘘を覚えますの。……私が検めるのは谷の数字で結構。谷の歩き方は、あなたの職分ですわ」
窓の外では粉挽きの水車の音が続いていた。王都の兵舎では聞けなかった音だ。この音の続く谷の記録係を、俺はいま、この谷でいちばん割のいい役目だと思っている。
そういうわけで、俺の月次は続くことになった。宛先は100年先の谷の誰かだ。王都の机に出していたころより、ペンは重くなった。嘘の書けない重さというものがこの世にはある。
書庫といっても館の納戸に棚がふたつあるきりだ。死の帳簿の写し。証文の綴り。触れの板の控えと、司祭の写した聖句の帳。一年でここまで育った紙の谷に、俺の一年分が並べられた。棚に差すとき、綴りの背が隣の帳面に軽く触れる。その音がなんだか席に着く音に聞こえた。
昼前は檻の普請に付き合った。
詰所の裏手に、石積みの土台がもう腰の高さまで上がっている。囚人をひと月繋いでひと月養う建物。棟梁が図面を睨みながら、俺とハイラムに遠慮のない声でぼやいた。
「妙な普請ですぜ、こりゃ。楡の枝なら、銭が掛からねえのによ」
「掛からねえ銭の勘定は、もう使えねえのさ」とハイラムが答える。「王都様の帳面でな。文句は峠の向こうまで聞こえるように言え。次に来る馬鹿が、聞いて帰るかもしれねえ」
棟梁は鼻を鳴らして、それでも石の目地を人一倍固く詰めていく。
あの人は土台を一周して、壁の厚みを2箇所測らせ、図面に線を1本足した。明かり取りの高さを、手の届かない位置へ。逃げ道の検めと生かして繋ぐ算段。殺すと決めたら迷わなかった人が、殺さずに折る段取りを同じ顔で詰めていく。物差しは変わっていない。目盛りの使える範囲が、法で狭められたにすぎない。狭められた範囲で同じ精度を出すために、石と人手が積み増されていく。代償というものは、こうして谷の普請場に、目に見える形で立っていくものらしい。
見回りから戻ったヴェンツェルが、土台の縁に足を掛けて眺めていった。
「檻ってのはな、騎士様。入る奴より、囲う側の性根を試す普請だぜ。殺しゃその晩で終いだが、生かしとくと、毎朝が決め直しだ。……ま、あのお頭なら、毎朝決め直しても狂わねえだろうがよ」
元賊の見立てはいつも受けた側の目でものを言う。狂わない量りに生かされた男の言うことだから、たぶん当たっている。ハイラムは石積みの目地を親指で押して回っていた。まだ来ない賊の、まだ決まらない沙汰のための建物を、谷は今年の人手で建てている。備えってのはな、と古傭兵は目地を押しながら言った。無駄になった年が、当たり年なのよ——。
王都からの紙は月に1度の割で届くようになった。
郡の代官長の名で、検めの予告やら書式の改めやらが来る。年に一度、代官長みずからの巡察も入るそうだ。首に付いた縄の、定期の点検というわけだ。あの人は届いた紙をその日のうちに読み、その日のうちに返書を書き、写しを板の隣の綴りに挟ませる。隠さないのだ。谷を縛る紙も谷の目に見える場所へ吊るしておく。綴りの一番上には、あの沙汰の写しが貼られたままになっている。剥がせとはあの人は言わない。
「検めは、受けて立つ側が慣れておりますの」
返書に封をしながら、あの人はそう言った。頭の上の閉じない帳のことは誰も口にしない。口にしないが谷は知っている。知っていて、あの人の指図がいつもの高さで飛んでくるのを、いつもの顔で受けている。
生家からの文は来ない。山を差し出した家が、差し出させた娘に書く言葉は難しいのだろう。あの人が家の話をするのを、俺は谷で一度も聞いたことがない。あの帳面の身内の欄は、たぶん最初から谷の頭数で埋まっている。
秋が深まったころ、北の集落で爺さまがひとり逝った。
眠ったまま、朝に冷たくなっていたのだという。齢79。粉挽きの水車の、先代の番人だった男だ。報せを受けたあの人は帳面を開き、いつもの節で書き入れた。名。齢79。秋。死因、寿命——。書き入れる手つきは賊のときと同じで、頁の扱いは秋の飢えのときと同じだ。谷の帳面は死に方で人を区別しない。
葬式は教会でちゃんと行われた。
ちゃんと、という言葉の中身を、俺はこの谷で覚え直している。飢えの冬の弔いは、生き残った者の算段の場だった。誰の椀が空いたか。誰の仕事を誰が継ぐか。いまの葬式はひとりの爺さまの話をする場に戻っている。若い時分に水車の軸を担いで峠を越えた話。粉の目方をごまかさなかった話。孫が水車の番を継いで、挽き賃の帳面も継ぐ話。ヨーゼフ司祭の祈りは長く、誰も急かさなかった。その孫は葬式の翌朝から水車の小屋にいて、祖父の字の隣に自分の字を並べ始めた。目方の欄を、ひとつも飛ばさずにだ。挽き賃をごまかさない、が、あの家の弔いの続け方らしい。
墓は葬式の朝に掘られた。
要る分を、要る日にひとつ。冬の見込みで先に掘る墓は今年は0だ。掘り置きの窪みが口を開けて冬を待つ谷を、俺はもう思い出の側でしか知らない。あの人は埋葬に立って、盛り土から10歩の場所で帳面を閉じた。10歩。マルテン爺さんのときと同じ距離だ。近づきもせず、離れもしない。あの距離があの人の弔いの寸法なのだと、谷はもう誰も測り違えない。
冬支度の触れは葬式の3日後に出た。
蔵の麦は去年の1.4倍。配給は2順位まで通常、3順位から下も8割で組まれた。板の前で誰かが今年は足りるんですかい、と訊いた。あの人の答えは短い。
「足りる、とは申しませんの。足りるように割る、と申しますのよ。太らせる冬ではありませんわ。蔵は、春まで保たせるものですの」
慈悲は資源。余ったときにだけ配る。豊作の秋にもあの人の物差しは目盛りひとつ緩まない。緩まない目盛りの下で、谷は薪を積んで雪囲いを結わえ、去年より2割厚い冬支度を進めていく。緩まないことと欠けないことが同じ意味だと、この谷は体で知っている。
初霜の朝、量り場に出たあの人の手袋が新しくなっていた。
古い方は指の腹が革ごと薄くなって、帳面の角の形に癖がついていたという。縫い直したのは検めの小屋の女たちで、頼まれもせずにやった仕事だ。あの人は新しい手袋の縫い目を検めてから、直し賃を帳面に載せた。載せて、その日のうちに払った。谷の好意はあの人の帳面では借りに数えられる。借りを踏み倒さないことが、あの人の礼の言い方だ。女たちはそれで満足そうだった。礼の言葉より、検めてから使われる方が、あの小屋の誇りには効くらしい。
その日の夕方、触れの板の前でゲルダ婆さんと並んだ。
板には明日の割りと、冬支度の組が貼ってある。婆さんは読み上げるヴィムの声を聞きながら、俺の顔を横からしげしげと眺めた。
「……あんた、谷に来たころはね、迷子の目をしてたんだよ。騎士の作法と谷の勘定のあいだで、行ったり来たりさ」
「いまは、どうです」
「迷いのなくなった目は、いい目だよ」婆さんは板の方へ向き直る。「ああいう目をなんて呼ぶか、あたしゃ知ってるがね。年寄りの口は重いのさ」
「……検めの目、です」
「そうかい」
婆さんはそれきり笑って、何も足さなかった。代わりに、板の冬支度の欄を杖で指す。
「今年の冬はね、騎士様。怖くないんだよ。あたしの70年で、初めてさ。……冬ってのは、来るたんびに誰かを連れてくもんだった。今年のは、ただの冬だ。ただの冬ってものを拝めるまで、70年かかった」
70年の勘定を、婆さんはこともなげに言う。何も連れて行かない冬が谷に来るまでの目方を、俺は月次に書き留めておくことにした。100年先の読み手は、その値段を知らないだろうから。板の前の人だかりの向こうに、藍の上着の背中が見える。明日の数字を検める、いつもの背中だ。王都は彼女を罪人と書いた。法は閉じない帳を頭の上に載せ、生家は山ごと遠くなり、評判は慈悲を知らない女のまま動かない。あの背中はその全部を勘定として受け取って、受け取った日の夕方も配給の順を検めていた。
うちの領主、と谷は呼ぶ。
最初にそう書いて墨で消したのはひと冬前の俺だ。呼び方の中身を、あのころの俺は慕われているという寸法で測っていた。違うのだといまなら書ける。うちの、というのは、こちら側が引き受ける言葉だ。あの人が谷を数に入れるように、谷があの人を数に入れた。数に入れた者を、数の外へは出さない。柵に入る日も帰る日も閉じない帳ごと。それがこの谷の、うちの、だ。忠義とも呼べるし、別の名でも呼べるのだろう。名を決める仕事は、急がないことにした。決めても決めなくても、俺の立ち場所は変わらない。あの人の半歩後ろ、剣の届く距離だ。
夜、詰所の机で、新しい月次の1通目を書いた。
檻の普請、進み。王都の検めの紙、1通、板の隣に写し。爺さまの葬式、恙なく。墓は要る日に要る分だけ。冬支度の組割り、板のとおり——紙は、王都に出していたころの倍の長さになった。誰の検めも通らない紙を、短くする理由がない。書き終えて、最後の行の前でペンが少し止まった。100年先の読み手に、この谷の歩き方を伝える行だ。俺は今度は墨を用意しなかった。
『領民は代官を、うちの、と呼んでいる。俺もそのひとりだ』
インクが乾くのを待って、綴りに重ねた。帳面はまだ続いている。谷の帳面も俺の紙も、あの人の頭の上の閉じない帳も。続いていることが、この谷の生きている音だ。
明日の触れはもう板に貼ってある。




