第35話「噂が王都へ歩く」
杭の外に、人が立つようになった。
最初は2人だった。北の村の母子で、夜のうちに歩いてきたらしい。朝靄の中、杭の線のすぐ外で膝を抱えているのを番の者が見つけた。報せを受けた彼女は、手を止めずに、いつもの問いの束を持って下りていった。名は。元の村は。働ける手は。病は。借りは。問いが済むと、母子は検めの小屋に通され、湯と椀と寝床の藁をあてがわれた。3日の留め置きの後、母親は選り分けと洗い場の組へ子は教室へ。帳面に2つ、名前が増えた。
検めの小屋の世話役にベルタが付いた。自分から願い出たのだという。一度よその谷から逃げてきて、検めの小屋で最初の晩を過ごした女だ。藁の敷き方も湯の出し方も、初日に何を訊いてはいけないかも、全部体で知っていた。母子の母親の方が、湯の椀を両手で抱えたまま泣き出したとき、ベルタは泣きやませようとしなかったそうだ。泣くだけ泣かせて、椀が冷める前に「飲みな」とだけ言った。冷めた椀の不味さも、あの女は体で知っている。
それから10日の間に、杭の外に立った者は23人になった。
ボルツ領の崩れは麦を村々へ戻したが、戻らないものもある。麦を売り尽くして冬を越せなかった家、地代の借りが残った家、村ごと信用の潰れた家。零れた人間は噂を辿って歩く。量りの狂わない谷。書いた通りに払う代官。餓死がゼロの板——あの貼り紙の谷へ行けば、何とかなる。そういう噂が峠の向こうで勝手に育っていた。
彼女は全員を入れたわけではない。
帳面の上の谷の腹は、110袋で穴が閉じたばかりの、余りのない腹だ。受け入れの基準が板に貼られた。働ける手のある家から順に、蔵の日数が許す数まで。病人と身寄りのない子は数の外で受ける。借りから逃げてきた者は、借りの中身を聞いた上で決める——23人のうち、入ったのは17人。残る6人には3日分の麦と、南の街道筋の、麦の出回り始めた町の名を書いた紙が渡された。あの紙を握って峠を下りていく6人の背中を、俺は番小屋の脇から見送った。
「……酷だとは、思わないんですか」と、その晩、俺は訊いた。「6人とも、飢えて歩いてきた連中だ」
「酷ですわ」と、彼女はあっさり言った。「ですから、紙と麦を持たせましたの。手ぶらの放逐は、3日後の野垂れ死にですわ。……レンツ。17人入れた蔵で23人受ければ、ひと月後に、23人と谷の弱い順から欠け始めますの。私が量れるのは蔵の日数だけ。情で量れば、情の分だけ、誰かの椀から引かれますわ」
蔵の日数が許す数まで。その物差しが17と6の間に線を引き、17人は今朝も配給の列に並んでいる。線の内に入った者が生きるのは線があるからだ。分かっている。分かっていて、6人の背中は、しばらく目の裏から消えなかった。
ヨルクの手紙が届いたのはそのころだ。
王都の兵舎の、隣の寝台だった男。砥石と油布を餞別に寄越した槍兵は、筆まめな性分でもないくせに、年に2度ほど思い出したように書いて寄越す。今度の手紙はいつもより長かった。
——お前の谷の話が、こっちまで歩いてきている。最初は荷運びの連中の酒場の与太話だった。飢えた谷を立て直した女代官がいる、量りをごまかすと素っ首が飛ぶらしい、という類のだ。それがこの春から、急に肉がついた。隣の領主を紙切れ3枚で潰したとか、贋金を見抜いて王家の銀を守ったとか、賊を9人ひと晩で吊ったとか。荷運びの歌にもなってる。「谷の女将の量りは狂わぬ」とかいう、出来の悪い歌だ。酔うと誰かが必ず歌う。
——だがな、レンツ。気をつけろ。上の方では別の話され方をしてる。詰所の警備で立ってると、廊下の話が嫌でも耳に入る。曰く、重罪人が貴族をひとり破滅させた。曰く、流刑の身で隣領に手を出した。曰く、あの女に領地経営ができるなら、あの査問は何だったのか——最後のやつがいちばん剣呑だ。あの査問が正しかったことにしておきたい連中が、この王都にはごまんといる。お前の谷が立派になればなるほど、連中の顔は青くなる勘定だ。妙な理屈だが宮仕えなら分かるだろう。
——それと、近衛の古株から聞いた話だ。裏は取れてない。秋の召し替えの前に、南へ「調べ」が出るかもしれん。何の調べかは知らん。その話のとき、お前の谷の名前が出たそうだ。月次の報告、書くのはお前だったな。……筆に気をつけろ、とだけ言っておく。
手紙を読み終えて、俺はしばらく、油布で剣を拭いた。考えごとをするとき、手がそれを欲しがるようになっていた。
歌の方は手紙より先に谷へ入り込んでいた。
蟻の列の行商が荷と一緒に節を運んでくるのだ。谷の女将の量りは狂わぬ、狂うは峠の男爵の銀——パウルの教室の子どもらが字の手習いの行き帰りに歌うのを、最初に聞いたときは耳を疑った。歌の中の女将は贋金を嚙んで見抜き、男爵を紙切れで吊るし、椀の底まで麦を盛る。半分は嘘で、半分は、嘘と言い切れないのがたちの悪いところだ。本人が広場でそれを聞いたときのことは見ていた。子どもが2人、量り場の前で例の節を回し、気づいて凍りつく。彼女は足を止めず、通り過ぎ、過ぎ際にひとつだけ直した。
「量りは嚙みませんわ。天秤で量りますの」
子どもらはぽかんとして、それから、歌のその行だけ歌い直すようになった。谷の女将は天秤で量る、と。歌は許す、嘘は直す。あの人の検めは歌にまで及ぶらしい。
ハイラムは歌を笑い、手紙の方は笑わなかった。
「……勝ち戦の噂ほど、始末の悪い荷物はねえよ」詰所で、古傭兵は手紙の要点だけ聞いて言った。「負け戦の噂は、敵を呼ぶ。勝ち戦の噂はな、騎士様、もっと性質の悪いもんを呼ぶのさ。——査定人だ。あいつの勝ちは誰の損か、って算盤を弾く連中が、必ずどこかで聞いてる。男爵の件の勘定なら、もう済んだ。済んでねえのは、王都の誰かの面子の勘定よ」
ヴェンツェルの読みはもっと短かった。調べ、という言葉だけ確かめて、元賊は肩をすくめた。
「俺たちの渡世じゃ、調べ、ってのはな。吊るす木を先に決めてから、縄の長さを測りに来ることを言うんだぜ」
立派になればなるほど、顔の青くなる連中がいる。歌と、廊下の囁きと、両方が同じ谷の話をしている。噂というのは峠をひとつ越えるたびに、聞き手の欲しい形に化けるものだ。荷運びは痛快な女将の話を欲しがり、王都の廊下は、あの査問の正しさを欲しがる。谷にいる俺の知っている人は、そのどちらでもない。どちらでもない、ということを書く欄が、月次の報告にはない。
その月次の、書く番が来た。
書くべきことは決まっている。賊9人の襲来とその始末。男爵家への取り立ての経緯。贋の銀貨の検めと組合への通知。死者の数、流入の数、蔵の日数。事実は全部、板に貼られた通りで、隠すものは何もない。何もないのに、ペンが進まなかった。賊9人、即日処刑。その一行が王都の机の上でどう読まれるかを、ヨルクの手紙が教えてしまったからだ。谷で読めば、これは湧き口を塞いだ夜の記録だ。王都で読めば——流刑の罪人が、裁きも経ずに9人吊った、という記録になる。
「……処刑の行を、経緯から書いてもいいですか。賊が先に杭を越えたこと。火矢のこと。口書きのこと」
執務室で、俺は写しの検めのついでのような顔をして、訊いた。彼女は写しから目を上げずに答えた。
「お好きに。事実の順番を変えないのでしたら」
「順番は、変えません。ただ……」言葉を選んだつもりが、選び切れずに出た。「あんたに不利に読める行を、俺はもう、何ヶ月も王都へ送り続けてる。この紙が、いつか」
「レンツ」
彼女は写しを置いた。
「あなたの紙は、嘘を書いていませんわ。それで充分ですの。……読む側がどう使うかまで、書く側は背負えませんのよ。背負って筆を曲げた紙は、嘘になりますわ。嘘の紙は、私を守る日より先に、谷を売る日に使われますの」
ありのままに書きなさい、と、護送の朝に言った人だ。あの注文は半年経っても、一字も値引きされていなかった。俺は詰所に戻って、事実を起きた順に書いた。賊が杭を越えた刻限から、楡の木の縄の数まで。書き終えた紙はいつもと同じ重さで、いつもより重かった。
ゲルダ婆さんは噂の話を水汲み場で聞きかじって、フンと鼻を鳴らしたそうだ。ヘルガがその場にいて、後で俺に教えてくれた。
——王都の偉い人らが、あのお人をどう呼ぼうとね、こっちの呼び方は変わらないよ。代官様だ。椀に嘘のない代官様。あたしゃ80年生きて、王様の顔は銀貨の上でしか見たことがないがね。あのお人の顔は毎朝、量り場で見てる。どっちの顔を信用するかなんて、訊くだけ野暮ってもんだろう。
毎朝見ている顔と銀貨の上の顔。谷の信用と王都の信用は、最初から別の貨幣でできている。問題は谷の貨幣が峠の向こうでは両替できない、ということだった。
報せが歌より足の速い形で届いたのはその7日後だ。
ザルテンからの塩売りが、市の代書屋で聞いたという話を運んできた。王都の役所から組合へ、問い合わせの紙が来ている。贋金の検めの経緯、男爵家の差し押さえの次第。それから、ヴェルデン代官の証文と取り立ての3通の写しの、提出の求め。
「……王都が、谷の紙を集め始めましたわね」
彼女はその晩、フンケの頁の隣に新しい頁を立てて、頭に「王都」と書いた。線はまだ1本もない。1本もないことが、かえって不気味な頁だった。敵の名前なら、取り立ての作法がある。王都という頁に、どの作法で臨むのか——それを訊くより先に、彼女がぽつりと言った。
「噂は、歩きますの。麦より速く、雪崩より遠くまで。……止める手立ては、ありませんわ。あるのは、噂より先に帳面を揃えておくことだけですの」
「揃える、というのは」
「写しを作りますの。蔵の出納、配給の量り、取り立ての綴り、板に貼った紙の控え。全部、2部ずつ」ペンの尻が、机を軽く叩いた。「紙の検めに来る者には、紙で迎えるのが作法ですわ。……検めて困る紙は、この谷には1枚もありませんのよ。困るとすれば、紙の外の理屈で読まれたときだけ」
紙の外の理屈。ヨルクの手紙の言い回しで言えば、あの査問が正しかったことにしておきたい連中の理屈だ。谷の外では麦の数より、そちらの方が重い貨幣で流通している。
窓の外はもう初夏の色をしていた。苗代から移った麦は脛の高さに伸び、畑の豆は花をつけ、梁の魚は数を増している。新麦まであとふた月足らず。谷がふた冬ぶんの借りを返して、ようやく自分の足で立ちかけている。そういう季節に、噂だけが先に峠を越えて、王都の机の上で別の作物に育っていく。
帳面より先に噂が着く。着いた噂を、誰がどんな顔で読むのか。ヨルクの手紙の「調べ」という言葉が、油布の下の刃みたいにずっと光っていた。




