第20話「子どもが覚えた数字」
歌は雪搔きの道の向こうから先に届いた。
ひとつ、ふたつ、椀がみっつ。とどけを出したか、だいいちじゅん。ならんでならんで量りはななぶ。さいごのふたりがかけるから——。
節は古い手毬唄の借り物で文句だけが新しい。広場の隅の雪の竈で、子どもらが声を揃えて椀を数えていた。終いの二行に聞き覚えがある。八分で注ぐと、最後のふたりが欠けますわ。あの人が配給ごっこの鍋を直していった、あの一言だ。子どもというのは恐ろしいもので、大人が3日で忘れる小言を、節に乗せて百年保つ形に変えてしまう。
歌だけではない。あの数え方はいつの間にか子どもらの暮らしの方々に染みていた。橇の坂では順番待ちの頭数を数え、軒の氷柱は長い順に番号がつく。教会の字の教室では、石板代わりの灰の盆に書く数字の方が聖句の綴りより先に上達する。パウルがこぼしていた。大人は字から覚えたがり、子どもは数から覚えたがる、と。理由を訊いたら、リナにこう返されたそうだ。字はまだ要らないけど、数は今日から要るもん——。
教室を覗いた晩のことも書いておく。祈りのあとの教会は、蝋燭4本と炭片の音だけの部屋になる。前の席で年寄りが綴りに唸っているあいだ、後ろの席の子どもらは、灰の盆に数字の列を書いては消していく。10より上を書けるか、とパウルが試しに言うと、ヨーンの盆にためらいなく28と出た。何の数だと訊かれて、子どもは胸を張った。買い出しの橇の麦。28袋——あの雪の峠を越えて帰った荷の員数を、大人は安堵で覚え、子どもは自慢で覚えている。同じ数字でも仕舞ってある場所が違うのだった。
その数の使い道を、俺は粉挽きの女房から聞かされた。夕餉の雑炊を椀に分けていたら末の倅が横から覗き込んで、母ちゃん、兄ちゃんのが八分でおれのが七分だと言ったのだという。
「叱ろうとしたんですがね、騎士様。理屈が向こうにあるんですよ。量りが狂うと喧嘩になる、って。……あたしら、子どもに椀を検められる家になっちまった」
苦情の顔で言いながら、口の端だけが笑っていた。亭主のザンクトは配給の量り役だ。広場で柄杓を検められる男が、家では倅に椀を検められる。狂わない量りというやつは、どうやら竈の数だけ殖えていくものらしい。
リナがフリッツに数を教えているのも賄い場の隅で見た。教材は欠け椀で教え方は手厳しい。ここまで入って七分。縁まで入れたら八分。フリッツが指を突っ込んで舐めようとするたび、姉弟子の容赦ない手刀が飛ぶ。5つの子が泣きもせずに数え直すのは、教えているのが姉貴分だからというより、数の向こうに粥の実物があるからだろう。腹で覚えた数字は忘れようがない。
妙な具合になってきたな、と思ったのはその翌日だ。
配給ごっこの竈の脇に、炭で線を引いた板切れが立てかけてある。遊びの帳面だ。仕切り役のヨーンが、並んだ子の名前の代わりに印を刻んで、来た日と来ない日を分けていた。覗き込むと、印の列にひとつだけ、3日続けて線の入っていない段がある。
「これは」
「ロルフんとこの」ヨーンは炭の指で段を叩いた。「チビが3日来ねえ。ごっこでも欠け」
ロルフ。秋の終わりに峠を越えてきた、新入りの一家だ。川向こうの、出ていった家の空き家に入った。遊びに来ないだけなら、子どもの気紛れで済む。だが俺の足は確かめる方へ動いていた。子どもの帳面を真に受ける騎士というのも妙な絵だが、この谷では椀の欠け3つが年寄りを救ったことがある。数の知らせを笑わないのは、もう癖になっていた。
川向こうの空き家は戸が閉まっていた。
軒の雪は下ろした跡がなく、戸口の踏み雪だけが固い。閉じ籠っている家の雪は、こういう積もり方をする。叩いた戸板は手袋越しにも芯まで凍えた冷たさで、呼んでも返事が遅い。戸の隙間から、薬草を煮詰めた湯気のにおいと、閉めきった病間の重い空気が漏れてくる。ようやく開けた女房の顔は、戸板の幅だけで、奥を隠す立ち方をしていた。亭主は薪割りで腰を、と言いかけた声の後ろで、低い咳がふた山続いた。腰の咳ではない。胸の咳だ。
「……届けは、出していないな」
女房は戸口で頭を抱えるようにして、語るに落ちた。熱が出て5日。配給には上の子を行かせず、家の隠し麦で繋いでいた。理由を問えば、前の土地の話になった。冬に病人の出た家は、戸に印をつけられて、村の外れの小屋へ家ごと出される。雪が解けるまで誰も寄りつかない。出された家がどうなるかは、戸の印の数だけ見てきた——だからここでも隠した。熱は隠すものだと思っていた。
報せを受けた彼女の手順は、いつもの通り早かった。
産婆がその足で川向こうへ回され、亭主の熱は流行りの質ではないと見立てがついた。家ごとの留め置きが7日。物資は戸口の台で継ぐ。配給は止めない。それどころか、病人は働けない者の順に入るからと、粥はむしろ届く側に回った。女房が呆然と聞き返したそうだ。病人が出たのに、椀が来るんですか、と。来ますわ、と彼女は言ったという。病人を飢えさせて治った例を私は知りませんの。
そして翌朝、板に新しい触れが貼られた。
熱と長い咳、はやり目に腹下し。出たら当日のうちに届けること。隠した病は見つかった日に世帯の配給順を最後尾へ落とす。隠れた病は谷ごと殺しますの——触れの文句は例によって素っ気なく、咎の重さだけが際立っていた。板の前の人垣がざわついた。病気は咎か。熱の出た者を罰するのか。届け出ろ届け出ろと、人の家の戸まで紙で縛る気か。
読み上げの場で、彼女はその声に正面から答えた。
「罰するのは病ではありません。隠すことです」声は、帳面を読む時と同じ平らさで通った。「ひと冬留め置けば済む熱を、隠して10日育てれば、谷の半分が寝つきますわ。寝ついた谷では、雪搔きが止まり、橇が止まり、配給線が止まる。——この谷は、病で死ぬ前に、止まった配給で死にますの」
「け、けどよ、代官様。ロルフのとこは、咎めなしってのは、どういう勘定だい」と、人垣から声が出た。「隠したんだろう、現に」
「触れの出る前のことです。触れの届いていない者に、触れを破る咎はありませんわ」彼女は板を指した。「咎があるとすれば、新入りに谷の決まりを届ける手順を、作っていなかった者に。——つまり、私に」
人垣が黙った。自分の落ち度を帳面の言葉で数え上げる代官というものに、谷はまだ慣れきっていない。沈黙の尻に、ゲルダ婆さんの杖の音が割り込んだ。婆さんは板の前まで進み出て、触れの文句を上から下まで眺めてから、誰にともなく言った。あたしの若い時分はね、熱の出た家は戸ごと黙ったもんだよ。黙って、こっそり弱って、春に数だけ減ってた。——届けろと言ってくれる谷なんざ、聞いたこともないね。咎の重さに文句のある者は、黙る方の谷を思い出してみるこった。
手順はその場で紙になった。新入りの世帯には世話役がつく。決まりの読み聞かせと、届けの書き方の指南。世話役は届け仕事の第1順。最初の名指しはベルタだった。峠を越えてきた者の怖がり方は、峠を越えてきた者がいちばん知っていますわ——指名の理由もそれだけ。ベルタは口を開けて、閉じて、それから背筋を伸ばして頷いた。物乞い同然で検めの小屋に座っていた女が、ひと冬で、谷の決まりを教える側に回った勘定になる。
検めは新入りの全世帯に入った。
家に踏み込まれる、と渋る声も最初はあった。産婆と世話役と帳面の紙が1枚。それだけの検めだが、検められる側には戸の印の記憶がある。ベルタが戸口で先に自分の話をした。あたしも峠のこっちで、検めの小屋に入れられてね。入れられて、湯と塩の粥が出た。出されたのは小屋からで、村からじゃなかった。前の土地の物差しで測るな——そういう話を、前の土地の物差しを知っている声がする。それで開く戸は思いのほか多かった。
そして検めは3軒目で当たりを引いた。峠越えの最後に来た炭売りの婆さまの、まだ咳になりきらない喉の腫れ。本人は寒さのせいだと言い張ったが、産婆は留め置きを譲らなかった。5日後、腫れは熱に化けて、化けた時には婆さまの家1軒で済んでいた。触れがなければ、婆さまは腫れを抱えたまま配給の列に立ち続けただろう。あの咎の重さが列を守った。冷たい触れの値打ちというのは、いつも、起きなかったことの側に積まれる。
世話役の手間賃は椀で払われる。ベルタは受け取りの判を捺すとき、自分の名前を自分の手で書いた。炉灰の盆で何十回もなぞった綴りだ。書き終えて紙を見て、それからもう一度だけ見直すのが窓越しにも分かった。字を覚えた者が初めて公の紙に名前を載せる瞬間というのは、ああいう顔になるらしい。
ロルフの熱は9日目に引いた。
留め置きの解けた朝、一家は揃って配給の列に並んだ。上の子はその足で広場の竈に走って、ごっこの帳面に4日ぶりの線を入れてもらっていた。ヨーンが炭を渡して、欠けた分の言い訳を聞いてやっている。熱なら仕方ねえ、届けが出てたからな——遊びの帳面まで、触れの文句で動いている。
数日後、雪の竈の前を通りかかった彼女が足を止めた。
子どもらの歌に、節がひとつ増えていた。ねつが出たなら、その日にとどけ。かくしたねつはれつのうしろ——。大人なら口をつぐむところで、子どもらは歌いながら椀を並べ続ける。広場で彼女が立ち止まると、人垣は静まるのが常だ。歌だけが止まらないのは、この谷で子どもらだけだった。
ヨーンがごっこの列の向こうから声を張った。
「代官様。谷のみんなで、1800ってほんとう?」
「先の月の終わりで、1813ですわ」即答だった。「あなたの帳面の竈は、今日は何人ですの」
「……11!」
「では椀は七分。欠けは出ませんわね」
それだけ言って、歩いていく。子どもらは顔を見合わせた。それから誰からともなく1813、1813、と節をつけて唱え始めた。意味も重さも知らない数字が、手毬唄の調子で雪の広場を跳ね回る。大人たちが板の前で息を詰めて読む数字を、子どもらは歌って遊ぶ。どちらが正しい扱い方なのか、俺にはもう分からなかった。
夜回りの道で、ふと気づいて、俺は立ち止まった。
家々の窓の、灯のともっている数を、いつの間にか数えている。ひとつ、ふたつ、みっつ。昼間の手毬唄の節が、頭から抜けないせいだ——と言い訳しかけて、やめた。節のせいだけではない。数えると、見えるものがあるのだ。あの人が着任の日から名前を数え続けている理由の端っこを、俺は子どもの歌に教わって、夜道で拾い直している。
それにしてもと角灯を持ち直して思う。灯のともる窓が増えた。
秋の夜回りでは日が落ちれば谷は真っ暗で、数えるものなど何もなかったのだ。




