第28羽「エピローグ」
ラビッシュの国で一夜を過ごし、翌朝、フィーネとミッツーは再びエルディアースの街へと戻ってきた。
昨夜は、遅くまで眠ることなく、たくさんの話をした。
森でミッツーと出会った日のこと。
旅の途中で出会った人たちのこと。
笑ったこと。
泣いたこと。
怖かったこと。
そして、父さんと過ごした十年のこと。
母も父も、何度も涙を流しながら、それでも嬉しそうに耳を揺らして聞いてくれた。
五歳の弟は目を輝かせながら「すごい!」と何度も声を上げていた。
話し終える頃には、窓の外は白み始めていた。
別れの時、フィーネは母と父に抱きしめられた。
母の胸は温かく、父の腕は力強かった。
幼い頃に感じたぬくもりを、体のどこかが確かに覚えていた。
それでも、胸の奥にある安心感は不思議と穏やかだった。
失ったものを取り戻した喜びと、すでに持っていた大切なもの。
そのどちらも、今の自分にはある。
「また帰ってくるね」
フィーネがそう言うと、母は涙をこぼしながら頷いた。
「ええ。何度でも、おかえりなさいって言うわ」
父も静かに頷く。
「ここは、お前の家だ」
フィーネは満面の笑みで答えた。
「うん!」
⸻
フェルマに見送られ、小さな家の扉を開ける。
朝の光が優しく差し込んでいた。
「そうそう、言い忘れていたわ」
フェルマが少し照れくさそうに笑う。
「私はあなたのお母さんの妹。つまり……あなたのおばさんよ」
フィーネは一瞬きょとんとしたあと、ぱっと顔を輝かせた。
「おばさん!」
そう言って勢いよく抱きつく。
フェルマは驚いたように目を丸くしたあと、優しくその背中を抱き返した。
「また来てね」
「うん!」
フィーネは元気よく頷き、ミッツーの隣へ戻った。
⸻
その時だった。
「フィーネーー!」
聞き慣れた、懐かしい声。
フィーネの長い耳がぴくりと立つ。
振り返ると、そこには栗色の髪を揺らしながら駆けてくる少女の姿があった。
「レティシア!!」
フィーネは反射的に走り出した。
次の瞬間、二人は勢いよく抱き合っていた。
「フィーネ!」
「レティシア!」
再会の嬉しさに、二人とも声が少し震えていた。
レティシアは照れくさそうに笑う。
「やっぱり気になっちゃって。追いかけてきちゃった」
「本当に?」
「そう決めたのは私だもの。だからこれも、私の旅!」
胸を張って言うレティシアに、フィーネは声を上げて笑った。
「レティシアらしい!」
少し離れた場所で見ていたミッツーも、思わず頬を緩めた。
⸻
三人は街を見下ろす高台へ向かった。
風が心地よく吹き抜け、遠くにはエルディアースの白い街並みが広がっている。
フィーネはそこで、すべてを話した。
本当の家族。
追放の真実。
赤い紋様。
そして、自分の心が選んだ答え。
レティシアは何も遮らず、ただ静かに聞いていた。
話し終えると、しばらく風の音だけが流れる。
やがてレティシアは、優しく微笑んだ。
「そっか」
そして、フィーネの目をまっすぐ見つめて言った。
「父さんと行くんだね」
その一言に、フィーネの胸の奥がじんわりと温かくなる。
「うん!」
力いっぱい頷くフィーネ。
レティシアも嬉しそうに笑った。
「よかった」
⸻
「せっかくだし、今日はエルディアースを楽しむか!」
ミッツーの提案に、二人の声が重なる。
「やったー!」
市場で焼き菓子を食べ、かわいい雑貨を見つけてはしゃぎ、小さな店でお揃いの髪飾りを選ぶ。
フィーネの笑顔は一日中途切れなかった。
レティシアも、そんなフィーネを見て何度も笑った。
⸻
夕暮れ。
三人は同じ宿に泊まることにした。
夜、お風呂の中でフィーネは少し得意げに振り返った。
「実はね……ここにあるんだよ」
「えっ?」
レティシアが赤い紋様を見て、一瞬目を丸くする。
そして次の瞬間。
「ぷっ……!」
「でしょ!? おしりなの!」
二人は湯船の中で声を上げて笑った。
笑って、笑って、笑いすぎて涙が出るほどに。
かつて呪いと呼ばれたものは、今では親友との笑い話になっていた。
⸻
翌朝。
宿の前。
澄み渡る青空の下で、別れの時が訪れる。
フィーネとレティシアは、しばらく手を握り合っていた。
「また手紙を書くね」
「私も!」
「また会おうね」
「絶対!」
二人は最後に強く抱きしめ合う。
離れた時には、どちらの目にも涙が浮かんでいた。
でも、その涙は寂しさだけではない。
また必ず会えると信じている涙だった。
レティシアは笑顔で手を振る。
「いってらっしゃい、フィーネ!」
フィーネも大きく手を振り返した。
「いってきます!」
⸻
ミッツーとフィーネは並んで歩き出す。
石畳の道を抜け、街の門をくぐり、その先には、どこまでも続く旅路が広がっていた。
振り返れば、
本当の家族がいる。
大切な友達がいる。
帰る場所がある。
そして隣には、ずっと変わらず、自分の父さんがいる。
フィーネはそっとミッツーの手を握った。
ミッツーも優しく握り返す。
風が二人の髪を揺らし、空はどこまでも高く青かった。
フィーネは満面の笑みで、いつものように言った。
「父さん、次はどこ行く?」




