第2羽「旅の宿 決定戦!」
昼下がり。
石造りの門をくぐり、ミッツーとフィーネは新しい街へと足を踏み入れた。
街の名前はベルナード。
交易で栄える中規模の宿場町で、広場には露店が並び、焼きたてのパンの香りと香辛料の匂いが漂っている。
「着いたー!」
フィーネが両腕を上げて伸びをする。
灰色の髪が揺れ、うさぎ耳がぴょこんと立った。
「今日はいっぱい歩いたねー」
「ああ。まずは宿を決めないとな」
その一言に、フィーネの耳がぴくりと反応した。
そして、ミッツーもまた無言で彼女を見る。
しばしの静寂。
すれ違う旅人が、なぜか道を空けた。
宿選び――それは、この親子(のような二人)の間で、たびたび繰り広げられる仁義なき戦いである。
⸻
<第一候補 ミッツーの推し>
ミッツーは、通りの角にある質実剛健な宿を指差した。
看板には「鉄鍋亭」。
外観は地味だが、煙突からは食欲をそそる匂いが漂ってくる。
「ここだな」
フィーネはすぐに首をかしげた。
「えー?」
「何が不満だ」
「なんか……おじさんが好きそう」
「おじさんって言うな」
「だって渋いんだもん」
フィーネは宿の看板を見上げて耳を寝かせた。
「でも見ろ、この宿の名物は牛肉の赤ワイン煮込みだ」
「うっ……」
少し揺れるフィーネ。
だが、すぐに持ち直す。
「でも、お部屋が地味!」
「宿は寝る場所だ」
「寝る場所だから大事なの!」
⸻
<第二候補 フィーネの推し>
フィーネは勢いよくミッツーの腕を引っ張った。
「こっちこっち!」
連れて行かれた先にあったのは、「月うさぎの夢亭」。
白い壁に青い屋根。窓辺には花。入口にはうさぎの置物。
看板を見た瞬間、フィーネの耳がぴんと立った。
「見て! うさぎ!」
「……見た」
「これはもう運命だよ!」
「名前で選ぶな」
「名前だけじゃないもん! 内装もかわいいし、ベッドふかふかだし、クッションいっぱいあるし!」
「それで料理は?」
「えっと……パンケーキ?」
「夕食にならん」
⸻
<第三勢力の登場>
二人が睨み合っていると、通りすがりの商人が声をかけた。
「おや、宿選びかい? それなら『星見の湯』がおすすめだよ。温泉付きだ」
その言葉に、二人の動きが止まる。
「温泉……」
「温泉……」
ミッツーとフィーネの声が重なった。
⸻
<最終決戦 星見の湯>
案内された宿は、街の外れにある立派な温泉宿だった。
木造三階建て。
露天風呂付き。
夕食は豪華。
部屋も広くて景色がいい。
ミッツーは腕を組んだ。
「……悪くないな」
フィーネは目を輝かせる。
「かわいい浴衣もあるって!」
「料理もかなり良さそうだ」
「お部屋も素敵!」
「温泉もある」
「決まりだね!」
「……決まりだな」
珍しく、意見が一致した。
⸻
と思いきや、
受付で料金表を見た瞬間、二人の表情が固まった。
「高っ!」
「高い!」
声がまた重なった。
沈黙。
受付の女性がにこやかに微笑む。
ミッツーは咳払いをした。
「……旅人向けの、もう少し手頃な宿は?」
「それでしたら『月うさぎの夢亭』がおすすめです」
フィーネの耳が、ばっと立った。
「やった!」
ミッツーは天を仰いだ。
「……そうなるよな」
⸻
結局、その夜の宿はフィーネの希望どおりになった。
部屋にはふかふかのベッド。
窓辺には小さな花。
うさぎ柄のクッション。
フィーネはベッドに飛び込み、幸せそうに転がった。
「最高~!」
尻尾がぶんぶん揺れている。
ミッツーは荷物を置きながら苦笑した。
「毎回思うんだが、なぜ俺は勝てないんだ」
フィーネはころんと寝返りを打ち、にっこり笑う。
「だって父さん、最後には私のお願い聞いてくれるもん」
「……そうだったな」
「父さん、甘いから」
「誰のせいだと思ってる」
「私!」
誇らしげに胸を張るフィーネ。
ミッツーは思わず吹き出した。
「自覚あるのか」
「もちろん!」
その後、夕食のパンケーキは予想以上においしく、ミッツーは少しだけ悔しかった。
⸻
夜。
窓の外には星空が広がっている。
ベッドの上でくつろぎながら、フィーネは満足そうに耳を揺らした。
「今回も私の勝ちだね!」
「ああ、完敗だ」
「えへへ」
ミッツーは肩をすくめる。
宿選びで勝てたことは、一度もない。
けれど、こうしてフィーネが嬉しそうに笑っているなら、それでいいと思ってしまう。
……だから、たぶんこれからも勝てないのだろう。
フィーネは窓を開け、夜風を受けながら振り返った。
いつもの、あの笑顔。
「父さん、次はどこ行く?」




