第17羽「約束の再会、そしてその先へ」
「レティシアー!」
フィーネの声が、青い海と白い雲の下に高らかに響いた。
潮風を切って、灰色の髪が大きくなびく。長いうさぎ耳はぴんと立ち、青い瞳は喜びでいっぱいに輝いていた。
埠頭の先に立っていた少女が振り返る。
柔らかな栗色の長い髪。
見慣れた、優しい笑顔。
レティシア・ノルンだった。
「フィーネ!」
次の瞬間、二人は同時に駆け出していた。
そして勢いそのままに、ぎゅっと抱き合う。
「会いたかった!」
「私も!」
海鳥の鳴き声が空を横切る。
波が埠頭の柱を優しく叩く。
青く広がる海と眩しい太陽の下で、二人の笑顔はまるで宝石のように輝いていた。
フィーネはレティシアの肩をつかみ、少し離れて顔を見つめる。
「ほんとに旅に出たんだね!」
「うん!」
レティシアの頬は少し日に焼けていて、表情には以前よりも自信が宿っていた。
「フィーネの旅の話を思い出していたら、どうしてもじっとしていられなくなっちゃって」
フィーネの青い瞳がきらきらと輝く。
「すごいよ! すごいよレティシア!」
「フィーネのおかげだよ」
「え?」
「あなたと出会ってなかったら、きっと私はまだお店にいたと思う」
レティシアは照れくさそうに微笑んだ。
「世界って、こんなに広いんだって知りたくなったの」
フィーネは思わずもう一度抱きついた。
「おめでとう、レティシア!」
レティシアも強く抱き返す。
「ありがとう」
少し離れたところで、その様子を見ていたミッツーは穏やかに目を細めた。
親友との再会にこれほど素直に喜ぶフィーネの姿を見ていると、こちらまで胸が温かくなる。
フィーネが振り返り、満面の笑みを見せた。
「父さん! レティシア、本当に旅人になったんだよ!」
「見ればわかるよ」
ミッツーがそう言うと、レティシアはぺこりと頭を下げた。
「ミッツーさん、お久しぶりです」
「久しぶりだな。元気そうで安心した」
「はい!」
その声には、以前より少しだけ力強さがあった。
⸻
三人はしばらく埠頭の上で立ち話を続けた。
「海、すごいね!」
「毎日見ても飽きないよ」
「カモメもいっぱいいる!」
「朝はすごく賑やかなんだよ」
「魚もおいしい!?」
「もちろん!」
「やった!」
話せば話すほど、フィーネの目はさらに輝いていく。
レティシアも負けないくらい嬉しそうだった。
ミッツーはふっと笑う。
「このままここで日が暮れるまで話しそうだな」
「あっ」
フィーネがはっとする。
「まだ全然話し足りない!」
レティシアもくすりと笑った。
「私も」
ミッツーは港の先に並ぶ店を見渡した。
「どこかで甘いものでも食べながら話そうか」
その一言で、フィーネの耳がぴんっと立った。
「スイーツ!」
レティシアの目も輝く。
「いいですね!」
⸻
セレーナ・テラスの街は、どこを歩いても活気に満ちていた。
白い石畳の道。
青い屋根の建物。
潮風に揺れる色とりどりの旗。
店先には見たことのない果物や貝殻細工、ガラス細工が並んでいる。
「見て見て! このお菓子、貝の形してる!」
「こっちは星みたい!」
「この飾りも可愛い!」
フィーネとレティシアは、まるで姉妹のようにはしゃぎながら店を見て回った。
ミッツーは少し後ろから、微笑みながらついていく。
「父さん! これ見て!」
「綺麗だな」
「父さん! こっちも!」
「おお」
「父さん!」
「ちゃんと見てるから安心しろ」
フィーネはえへへと笑う。
その姿を見て、レティシアも楽しそうに笑った。
⸻
しばらく歩いたとき、フィーネが突然立ち止まった。
「……!」
青い瞳が大きく見開かれる。
道の角に、小さくて可愛らしいカフェがあった。
白い壁に淡いピンクの窓枠。
花の鉢植えが並び、ガラス越しにはケーキやタルトが美しく並んでいる。
「かわいい……!」
フィーネは胸の前で手を組んだ。
「ここがいい!」
レティシアも頷く。
「私もそう思ってた」
ミッツーは苦笑した。
「最初からここに導かれていた気がするな」
⸻
窓際の席に座り、三人はそれぞれ好きなスイーツを注文した。
フィーネの前には、たっぷりのリンゴがのったタルト。
レティシアは海色のゼリー。
ミッツーは控えめなチーズケーキ。
「いただきます!」
フィーネは一口食べた瞬間、目を輝かせた。
「おいしい!」
「よかった」
「レティシアも食べて!」
「フィーネもこっち一口どうぞ」
そんなふうにお互いの皿を交換しながら、二人は楽しそうに笑い合う。
その後しばらく、
船旅のこと。
川で泳いだこと。
ミッツーが船酔いしたこと。
レティシアが初めて見た山の景色。
そんな話で盛り上がった。
「父さん、船の上でずっと青い顔してたんだよ!」
「言わなくていい」
「ふふっ、想像できます」
「想像しなくていい」
三人の笑い声が、カフェの中にやさしく広がった。
⸻
やがて笑いがひと段落すると、フィーネは少し真剣な表情になった。
胸元から大切に畳んだ手紙を取り出す。
「レティシア」
「うん」
「この手紙に書いてあったこと、もっと詳しく聞かせて」
レティシアも表情を引き締めた。
窓の外では、潮風が静かに旗を揺らしている。
「エルダール山脈の麓の街、エルディアースで聞いたの」
彼女はゆっくりと語り始めた。
「『ラビーシャ』っていう言葉。古い言葉で、『追放者たち』って意味なんだって」
フィーネの耳がぴくりと動く。
「それから、山脈の奥には結界に守られた街があるっていう伝承もあるの」
「誰も簡単には辿り着けない場所に」
フィーネは思わず息を呑んだ。
ミッツーは腕を組み、静かに目を閉じる。
頭の中で、これまでの情報がひとつずつ結びついていく。
浮遊島で見つけたラビッシュの紋章。
吟遊詩人の歌。
長い耳の王。
追放者たち。
そして、結界の街。
やがてミッツーはゆっくりと目を開いた。
「……おそらく」
その声は低く、しかし確信を帯びていた。
フィーネとレティシアが息を呑む。
ミッツーは静かに言う。
「フィーネの一族は、かつて追放された者たちの末裔なのかもしれない」
店の中のざわめきが、遠く感じられた。
フィーネの胸が大きく高鳴る。
嬉しさ。
不安。
期待。
恐れ。
さまざまな感情が、一度に押し寄せてくる。
レティシアはフィーネの手をそっと握った。
「大丈夫」
その温もりに、フィーネは小さく頷く。
ミッツーは二人を見つめながら、続けた。
「そして、その結界の街こそ――」
彼はそこで言葉を切った。
窓の外では、夕日に照らされた海が金色に輝いている。
長い旅の先に、ついに真実への道がはっきりと姿を現そうとしていた。




