第16羽「意外な弱点⁈はじめての船旅」
朝日を浴びながら、フィーネは宿の窓を勢いよく開け放った。
「父さん! 今日からセレーナ・テラスに向けて出発だよ!」
爽やかな風が部屋に吹き込み、長いうさぎ耳がぴんと立つ。
ベッドの上では、ミッツーが布団に半分埋もれたまま片目を開けた。
「……おはよう。ずいぶん元気だな」
「だって、海だよ! レティシアだよ! 船だよ!」
「一つ多いな」
「全部大事!」
フィーネは胸元のロケットペンダントを握りしめた。
レティシアからの手紙。
『南の海岸都市、セレーナ・テラスへ向かいます』
その一文を読むたびに、胸が高鳴る。
友達との再会。
そして、新しい景色。
海。
今まで見たことのない、果てしなく広がる青。
考えただけで、じっとしていられなかった。
⸻
数日後。
二人は大きな川の港町に到着した。
ここから先は、川を下る船旅になる。
船着き場には大小さまざまな船が並び、水面には太陽の光がきらきらと反射していた。
「わあぁぁぁ!」
フィーネは目を輝かせて駆け寄る。
「すごい! ほんとに船だ!」
「……船だな」
「浮いてる!」
「まあ、船だからな」
「揺れてる!」
「そうだな」
フィーネは振り返り、両手を広げた。
「父さん! これに乗るんだよ! すごいよ!」
「そうだな……」
ミッツーの返事が、どことなく元気がない。
フィーネは首を傾げた。
「父さん?」
「いや……なんでもない」
そう言って微笑むが、口元が少し引きつっていた。
⸻
船が出航すると、フィーネのテンションは一気に最高潮に達した。
「風が気持ちいいー!」
船首に立ち、両手を広げる。
長い灰色の髪が風になびき、青い瞳は太陽のように輝いていた。
「父さん見て! 鳥!」
「おお……」
「魚が跳ねた!」
「そうか……」
「川って広い!」
「……ああ」
フィーネが振り向く。
ミッツーは甲板の隅で手すりにしがみつき、やや青ざめていた。
「父さん、顔色悪いよ?」
「……少し、揺れるな」
「えっ」
フィーネは目を丸くした。
「もしかして……船、苦手?」
ミッツーはしばらく沈黙し、観念したように言った。
「……酔う」
フィーネは数秒固まり、次の瞬間――
「えええええっ!?」
甲板中に響く大声だった。
近くの乗客たちが振り向く。
「父さん、船酔いするの!?」
「そんな大声で言わなくていい」
「だから今まで船に乗らなかったの!?」
「……そういうことだ」
フィーネは口元を押さえ、肩を震わせる。
「ぷっ……ふふっ……」
「笑うな」
「だ、だって……父さんにも苦手なものがあったんだ……!」
「あるさ」
フィーネはついに吹き出した。
「かわいい!」
「かわいくない」
⸻
その日の昼。
フィーネは釣り糸を垂らしていた。
「釣れるかなぁ」
ミッツーは甲板に横になっている。
「……俺の代わりに魚にもよろしく伝えておいてくれ」
「父さん、もう喋り方まで弱ってるよ」
すると、ぴくっと糸が動いた。
「きた!」
フィーネは力いっぱい引き上げる。
ばしゃっ!
銀色の魚が跳ね上がった。
「やったー!」
フィーネは大喜び。
ミッツーは薄目を開けた。
「……晩飯だな」
「父さんのために釣ったよ!」
「ありがとう……」
「元気出た?」
「少しだけ」
⸻
船は途中の小さな町に停泊した。
乗客たちは自由に休憩を取る。
フィーネは川辺を見て、目を輝かせた。
「父さん!」
「なんだ」
「泳いでくる!」
「待て」
だが、すでに靴を脱いでいる。
「いってきまーす!」
ざぶん!
大きな水しぶき。
「冷たーい! 気持ちいい!」
川面を元気いっぱいに泳ぐフィーネ。
ミッツーは額を押さえた。
「風邪ひくなよ」
「大丈夫ー!」
「耳の中に水が入るぞ」
「もう入ったー!」
「そうか……」
元気すぎる娘に、ミッツーは苦笑するしかなかった。
⸻
数日後。
川の流れは次第にゆるやかになり、遠くに潮の香りが漂い始めた。
「……父さん」
フィーネが静かに呟く。
「ん?」
「なんか、空気の匂いが違う」
ミッツーは頷いた。
「ああ。海が近い」
フィーネの耳がぴんと立つ。
「ほんとに……海だ」
⸻
やがて船が港に入ると、フィーネは思わず息を呑んだ。
「わあ……」
セレーナ・テラス。
白い石造りの建物が立ち並び、青い屋根が太陽を受けて輝いている。
港には無数の帆船。
市場には人々の声が溢れ、潮風と笑い声が街全体を包んでいた。
これまで訪れたどの街よりも大きく、華やかだった。
「すごい……!」
フィーネは目を輝かせながら、ミッツーの手を引く。
「父さん、早く!」
「そんなに引っ張るな」
船を降りると、フィーネはきょろきょろと辺りを見回した。
潮の香り。
カモメの鳴き声。
どこまでも広がる青い海。
すべてが新鮮だった。
二人は港から伸びる長い埠頭の先へと歩いていく。
そのとき――
潮風の向こうに、一人の少女の姿が見えた。
柔らかな茶色の長い髪。
見覚えのある後ろ姿。
フィーネの足が止まる。
青い瞳が大きく見開かれた。
胸がどくんと高鳴る。
「……っ!」
次の瞬間。
フィーネの表情が、太陽のように明るく弾けた。
「レティシアー!」
そう叫ぶと、フィーネは一目散に駆け出した。




