第15羽「レティシアからの手紙」
宿の部屋に差し込む夕方の光は、橙色に染まり、窓辺のカーテンをやわらかく揺らしていた。
フィーネは両手で封筒を抱えたまま、部屋の真ん中でくるくると回っている。
「レティシアだよ、父さん! レティシアからだよ!」
長いうさぎ耳がぴんと立ち、灰色の髪がふわりと舞う。青い瞳は、宝石のように輝いていた。
「わかった、わかった。落ち着いて読もうな」
ベッド脇の椅子に腰かけたミッツーは、苦笑しながらその様子を見つめていた。
フィーネは興奮で頬を紅潮させ、封筒を胸にぎゅっと抱きしめる。
「だって……だって……! すごく久しぶりなんだもん!」
リュミエールで出会った、人間の少女レティシア・ノルン。
雑貨屋の看板娘で、優しくて明るくて、フィーネにとって初めてできた「普通の友達」の一人だった。
別れ際、彼女はこう言った。
「何か手がかりがあったら、必ず知らせるね」
その約束を、ちゃんと覚えていてくれたのだ。
フィーネは封筒の差出人の文字を何度もなぞる。
「……うれしい」
ぽつりと漏れたその声には、再会への期待と、友達を想うあたたかな気持ちが詰まっていた。
ミッツーは穏やかに微笑む。
「読んでみよう」
「うん!」
フィーネはベッドに飛び乗り、ミッツーの隣に座った。二人の肩が触れ合う。
慎重に封を切り、便箋を取り出す。
フィーネは一度深呼吸してから、声に出して読み始めた。
⸻
親愛なるフィーネへ。
元気に旅をしていますか?
私は、まだまだ先になると思っていたんだけど……フィーネの旅の話を思い出していたら、どうしても我慢できなくなってしまって、思い切って旅に出ました。
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「えっ!」
フィーネの耳がぴんっと立つ。
「旅に出たの!?」
思わず立ち上がる。
「ほんとに!? レティシアが!?」
「そう書いてあるな」
ミッツーも目を細めた。
フィーネは嬉しさを抑えきれず、その場で飛び跳ねる。
「すごい! すごいよ! レティシア、ほんとに旅に出たんだ!」
青い瞳がきらきらと輝いている。
「あの子なら、きっとそうすると思ってた」
ミッツーの声もどこか嬉しそうだった。
フィーネは再び便箋に目を落とす。
⸻
旅は、思っていたよりずっと大変です。荷物は重いし、雨の日は服も濡れるし、知らない土地で道に迷うこともあります。
でも、それ以上に、毎日がわくわくしています。
フィーネが見てきた景色を、私も少しずつ見ることができて、とても幸せです。
⸻
「……」
フィーネの口元がゆっくりと綻ぶ。
「レティシア、楽しそう」
「お前の話が、あの子の背中を押したんだな」
フィーネは少し照れくさそうに笑った。
「そうだったら、嬉しいな」
便箋を持つ手に、自然と力がこもる。
⸻
今、私は王国西部のエルダール山脈の麓にある街にいます。
ここで、少し気になる言葉を耳にしました。
『ラビーシャ』
この地方の古い言葉で、『追放者たち』という意味だそうです。
⸻
その瞬間。
フィーネの笑顔が止まった。
ミッツーの表情も静かに変わる。
部屋の空気が、ほんの少しだけ張りつめた。
「……ラビーシャ」
フィーネが小さく呟く。
その響きは、自分の姓――ラビッシュによく似ていた。
ミッツーは腕を組み、低く言う。
「偶然……とは思えないな」
フィーネは無言で頷いた。
先ほどまでの浮き立つ気持ちが、胸の奥で静かな緊張へと変わっていく。
便箋の続きを読む指先が、少し震えていた。
⸻
山脈の奥深くには、誰も辿り着けない場所に、結界に守られた街があるという伝承も残っているそうです。
ただのおとぎ話かもしれません。
でも、フィーネの名字と似ていたので、どうしても気になってしまって。
⸻
フィーネの青い瞳が揺れる。
結界に守られた街。
追放者たち。
長い耳の王。
浮遊島で見つけた紋章。
吟遊詩人の歌。
これまでの断片が、頭の中で少しずつ結びついていく。
「父さん……」
その声には、期待と不安が入り混じっていた。
ミッツーは慎重に言葉を選ぶ。
「かなり有力な手がかりかもしれない」
「……うん」
フィーネは胸元のロケットペンダントを握りしめた。
ルナの写真が入った、大切な宝物。
まるで心を落ち着かせるように。
⸻
私はこれから南の海岸都市、セレーナ・テラスへ向かいます。
海を見るのは初めてなので、今からとても楽しみです。
また会えたら嬉しいです。
たくさん旅の話を聞かせてください。
そして、今度は私の旅の話も聞いてください。
レティシア・ノルン
⸻
読み終えたあと、しばらく二人は言葉を失っていた。
最初に口を開いたのはフィーネだった。
「……レティシア、ほんとに旅人になったんだね」
その声は、感動で少し震えていた。
「すごいなぁ……」
ミッツーは穏やかに頷く。
「お前との出会いが、あの子の人生を動かしたんだろうな」
フィーネは嬉しそうに笑う。
だが、その表情の奥には別の感情があった。
「でも……」
青い瞳が揺れる。
「ラビーシャって……」
「気になるな」
「うん」
静かな沈黙。
窓の外では、夕日がゆっくりと沈み始めていた。
フィーネは封筒を胸に抱きしめる。
「会いたいな、レティシア」
その言葉に込められていたのは、
友達への想いと、
自分の過去に近づくことへの覚悟。
ミッツーは立ち上がった。
「少し遠いが、まずはセレーナ・テラスへ向かうか」
フィーネの耳がぴんと立つ。
「ほんと!?」
「レティシアにも会いたいし、この話の続きを聞きたい」
フィーネの表情に、再び明るさが戻った。
「やった!」
だがその笑顔の奥には、確かな緊張も残っている。
もしかしたら、そこに自分の本当の家族へとつながる道があるかもしれない。
そして、その先に何が待っているのかは、まだわからない。
それでも。
会いたい人がいる。
知りたいことがある。
だから進む。
フィーネは手紙を大切に畳み、胸元のロケットペンダントにそっと触れた。
「ルナ、聞こえる?」
窓の外に瞬き始めた星を見上げる。
「レティシア、旅に出たんだって」
そして、ミッツーの方を振り向いた。
不安と期待を抱えながらも、その瞳には確かな光が宿っていた。
「父さん、海……見に行こう」
ミッツーは優しく微笑んだ。
「ああ。一緒に行こう」
新たな旅路が、また静かに動き出す。
友情の手紙が運んできたのは、再会の約束と、まだ見ぬ真実への扉だった。




