第14羽「私のお姉ちゃんになって!」
森の中に、鋭い剣閃が走った。
「はあっ!」
フィーネの細身の剣が、最後の魔物――シャドウウルフの体を正確に捉える。闇のような毛並みを持つ狼型の魔物は短く吠え、光の粒となって消えていった。
静寂が戻る。
フィーネは剣を鞘に収め、ふうっと息をついた。
「これで最後だね!」
少し離れた場所で見守っていたミッツーが、穏やかに頷く。
「ああ。依頼達成だ」
今回の依頼は、森に現れる魔物の討伐と周辺の安全確認。フィーネにとっては、もはやそれほど苦戦する依頼ではなかった。
ミッツーは娘のような少女の成長を頼もしく見つめた。
「今日も見事だったな」
「えへへ。父さん仕込みだから!」
フィーネは誇らしげに胸を張る。
ミッツーは苦笑した。
「自分で言うか、それ」
「だって本当だもん!」
青い瞳がきらきらと輝いている。
十年前、森で震えていた小さな女の子が、今では自分の剣で道を切り開いている。その姿を見るたびに、ミッツーの胸には温かなものが込み上げてきた。
「よし、帰るか」
「はーい!」
二人は木漏れ日の中を、街へ向かって歩き始めた。
⸻
しばらく進んだ頃。
「……うぅ……」
小さな泣き声が聞こえた。
フィーネの耳がぴくりと動く。
「父さん、聞こえた!」
「ああ」
二人は声のする方へ向かう。
そこには、大きな木の根元に座り込む小さな犬型獣人の女の子がいた。ふわふわの耳と尻尾。年の頃は六歳ほど。
涙でぐしゃぐしゃの顔で、しゃくりあげている。
フィーネはすぐにしゃがみ込み、目線を合わせた。
「どうしたの?」
少女はびくっとしたが、フィーネの優しい笑顔を見ると少し落ち着いた。
「……お、お母さんとはぐれちゃったの……」
「そっか」
フィーネはにこりと微笑む。
「大丈夫。私たちが一緒に街まで連れて行ってあげる」
少女は潤んだ瞳で見上げた。
「ほんと……?」
「うん!」
フィーネは右手を差し出す。
「私はフィーネ。こっちは父さん」
「キャリー……キャリー・シェルトランド」
「よろしくね、キャリーちゃん」
キャリーは小さな手で、フィーネの手をぎゅっと握った。
⸻
帰り道。
最初は不安そうだったキャリーも、フィーネと手を繋いで歩くうちに、すっかり笑顔になっていた。
「フィーネお姉ちゃんの耳、ながーい!」
「でしょ?」
「ふわふわ!」
「えへへ、触ってみる?」
「いいの!?」
キャリーの目が輝く。
ミッツーはその様子を見て、思わず笑ってしまった。
まるで十年前のフィーネを見ているようだった。
しばらくすると、キャリーが突然立ち止まった。
「ねえ、フィーネお姉ちゃん」
「ん?」
キャリーは真剣な顔で言った。
「私のお姉ちゃんになって!」
フィーネは目を丸くした。
そして次の瞬間、ぱっと顔を輝かせた。
「いいよ!」
「ほんと!?」
「うん! 今日からキャリーちゃんは、私のかわいい妹!」
キャリーは飛び跳ねて喜んだ。
「やったー!」
フィーネはくるっと振り返り、ミッツーに向かって満面の笑みを見せる。
「父さん! 私、妹ができた!」
ミッツーは肩を震わせて笑った。
「そうか。よかったな、お姉ちゃん」
「えへへ!」
フィーネは本当に嬉しそうだった。
⸻
ランディアの街へ戻ると、広場のあちこちで人々が慌ただしく動いていた。
その中で、一人の女性が必死に周囲を見回している。
「キャリー!」
「お母さん!」
キャリーはフィーネの手を離し、一目散に駆け出した。
母親は娘を強く抱きしめ、涙を流す。
「よかった……本当によかった……!」
キャリーも泣きながら母親にしがみついた。
やがて母親はフィーネたちに深々と頭を下げた。
「ありがとうございました。なんとお礼を言っていいか……」
「気にしないでください」
ミッツーが穏やかに答える。
キャリーの母親が、家へと招待してくれた。
しばらくお茶とお菓子を食べながら、旅の話をした。
キャリーは「すごい!」を連呼し、目を輝かせながら聞いていた。
夕方になり、宿へ戻る。
フィーネは笑顔で手を振った。
「キャリーちゃん、またね!」
キャリーは母親の腕の中から身を乗り出し、大きく手を振る。
「お姉ちゃん! 次は一緒にどこ行く!?」
フィーネの青い瞳がぱっと輝いた。
「うん! 今度はもっと遠くまで、一緒に行こうね!」
「約束!」
「約束!」
小さな指切りを交わし、二人は笑い合った。
⸻
宿へ戻る道すがら。
フィーネは上機嫌でスキップしていた。
「えへへ……妹かぁ」
「ずいぶん気に入られたな」
「だってすっごく可愛かったもん!」
フィーネはくるりと振り返り、胸を張る。
「父さん、私ってちゃんとお姉ちゃんできてたかな?」
「立派だったよ」
その言葉に、フィーネは嬉しそうに頬を染めた。
⸻
宿へ戻ると、主人が声をかけてきた。
「フィーネちゃん、手紙が届いてるよ」
「え?」
差し出された封筒を受け取った瞬間、フィーネの表情がぱっと明るくなる。
「父さん! 見て!」
封筒の差出人には、見覚えのある名前が書かれていた。
レティシア・ノルン
「レティシア!」
フィーネの長い耳がぴんと立つ。
青い瞳は期待に満ちて輝いていた。
「何だろう……!」
胸を高鳴らせながら、フィーネは封筒をぎゅっと抱きしめる。
ミッツーも静かに微笑んだ。
新しい出会いと、別れ際の約束。
そして、遠く離れた友人からの便り。
二人の旅は、また新たな声に導かれようとしていた。




