第13羽「はじめての故郷」
最後の一体が、地面に崩れ落ちた。
山道に現れた大型の魔狼。
岩のように硬い毛並みを持つ魔物だったが、フィーネの前ではもはや脅威ではなかった。
「《アクセル》!」
身体強化の魔法をまとい、一気に懐へ飛び込む。
鋭い爪を紙一重でかわし、
「《アイスエッジ》!」
剣に氷の魔力を宿らせる。
青白い軌跡が走り、魔狼の前脚を凍らせた。
体勢が崩れた瞬間、
「これで終わり!」
渾身の一撃。
魔狼は低くうなり、そのまま静かに動かなくなった。
フィーネは剣を払って鞘に収める。
灰色の耳が誇らしげにぴんと立っていた。
「どう? 父さん!」
振り返った青い瞳がきらきらと輝く。
ミッツーは腕を組み、少し笑った。
「ああ。見事だった」
「やった!」
フィーネは嬉しそうに小さく跳ねた。
胸元のロケットペンダントが揺れる。
依頼の報酬を受け取り、街道へ戻るころには、空はすっかり夕暮れ色に染まっていた。
馬車に揺られながら、フィーネは窓の外を見ていた。
ふと、思い出したように振り向く。
「もうすぐ父さんの故郷、エルミアだね!」
その一言に、ミッツーは少し目を丸くした。
「よく覚えてたな」
「もちろん!」
耳をぴんと立てて笑う。
「だって、父さんの家族に会えるんでしょ?」
⸻
それは昨夜、宿の部屋でのことだった。
フィーネはベッドの上でロケットペンダントを開き、ルナの写真に今日の出来事を話していた。
話し終えると、ふとこちらを見た。
「そういえば……」
少し首をかしげる。
「父さんの家族のことって、あんまり聞いたことないかも」
ミッツーは旅の荷物を整理する手を止めた。
「そうだったか?」
「うん。父さんにも、お父さんとお母さんがいるんだよね?」
「いるぞ」
「どんな人?」
フィーネは興味津々だ。
耳がぴんと立ち、青い瞳がまっすぐこちらを見つめている。
ミッツーは椅子に腰掛け、少し懐かしそうに笑った。
「両親と、弟と妹がいる」
「きょうだいがいるんだ!」
「ああ。弟は昔からやんちゃで、妹はしっかり者だった」
「へぇ……」
フィーネは楽しそうに耳を揺らす。
「父さんって、どんな子どもだったの?」
「普通だよ」
「絶対うそ。きっと小さい頃から冒険者になりたかったんでしょ?」
「まあ、それはそうだな」
ミッツーがそう答えると、フィーネはくすくす笑った。
「やっぱり!」
しばらく話したあと、ミッツーは何気なく言った。
「そういえば、この街から馬車で二日ほど行けば、俺の故郷エルミアだ」
フィーネの耳がぴくっと動く。
「えっ」
一瞬の沈黙。
次の瞬間。
「行きたい!」
即答だった。
ベッドの上で飛び跳ねる。
「父さんの家族に会ってみたい!」
その無邪気な笑顔に、ミッツーも思わず笑った。
「じゃあ、寄っていくか」
「やったぁ!」
⸻
二日後。
馬車の窓から見える景色が、少しずつ懐かしいものへと変わっていった。
なだらかな丘。
麦畑。
小さな川。
そして遠くに見える風車。
ミッツーにとって、幼い頃から見慣れた景色だった。
「見えてきた!」
フィーネが身を乗り出す。
丘の向こうに、小さな村が見えた。
煙突から白い煙が上がり、畑では人々が働いている。
「ここが……父さんの故郷」
フィーネの声は、少しだけ静かだった。
馬車を降りると、ミッツーは懐かしい土の匂いを吸い込んだ。
すると、村の奥から声が飛んできた。
「ミッツー!?」
振り向くと、母親が立っていた。
次の瞬間、駆け寄ってくる。
「本当にミッツーなの!?」
「ああ、母さん。ただいま」
その声を聞きつけて、父親、弟、妹も集まってきた。
「兄さん!」
「久しぶり!」
十一年ぶりの再会だった。
驚きと笑顔が入り混じる中、ミッツーは少し照れながらフィーネを紹介した。
「こっちはフィーネ。……大事な旅の仲間だ」
フィーネはぺこりと頭を下げる。
「フィーネ・ラビッシュです。いつも父さんにお世話になってます!」
一瞬の静寂。
そして母親が優しく微笑んだ。
「まあ……かわいい子」
そのまま、そっとフィーネを抱きしめた。
フィーネの耳がぴんと立つ。
「ようこそ」
その言葉に、フィーネの青い瞳が少し潤んだ。
⸻
その夜。
食卓には、焼きたてのパンとシチュー、野菜料理、そして大きなアップルパイが並んだ。
「リンゴ!」
フィーネの耳が嬉しそうに揺れる。
「好きなの?」
母親が尋ねる。
「大好きです!」
みんなが笑った。
食事をしながら、ミッツーはこれまでの旅の話をした。
森でフィーネと出会ったこと。
一緒に旅を続けてきたこと。
ルナとの別れ。
浮遊島で見つけた紋章。
ラビッシュの名。
家族を探していること。
家族たちは真剣に耳を傾けてくれた。
そして父親が静かに言った。
「大変だったな」
母親はフィーネの手を優しく包み込んだ。
「よく頑張ったわね」
フィーネは少し目を伏せた。
「……まだ見つかってないけど」
「でも、きっと見つかるわ」
母親の声はとても温かかった。
⸻
その夜、客間のベッドで。
フィーネは窓から見える星空を見上げていた。
隣ではミッツーが静かに寝息を立てている。
今日一日を思い返す。
父さんの子どもの頃の話。
家族との再会。
楽しそうに笑う父さん。
自分の知らなかった父さんの姿。
そして何より――。
その家族が、自分をとても自然に迎え入れてくれたこと。
フィーネは胸元のロケットに触れた。
「ルナ……」
小さく囁く。
「父さんの家族って、すごくあったかいね」
そして、そっと目を閉じる。
本当の家族は、まだ見つかっていない。
でも。
今の自分には、確かに温かい場所がある。
それがとても嬉しかった。
⸻
翌朝。
村を出る支度を整えた二人を、家族みんなが見送りに来てくれた。
母親は、フィーネの前に立つと、優しく両手を握った。
「あなたはもう私たちの家族。ここはもうあなたの故郷でもあるのよ、フィーネちゃん」
その言葉を聞いた瞬間。
フィーネの青い瞳に、じんわりと涙が浮かんだ。
「……うん」
小さくうなずく。
「ありがとう……おばあちゃん」
母親は少し驚いたあと、嬉しそうに笑ってフィーネを抱きしめた。
「いつでも帰っていらっしゃい」
フィーネもぎゅっと抱き返した。
⸻
馬車がゆっくりと村を離れていく。
窓から手を振りながら、フィーネは何度も何度も振り返った。
やがて村の姿が小さくなっていく。
フィーネは胸元のロケットに触れ、静かに微笑んだ。
「父さん」
「ん?」
「私、故郷がひとつ増えた気がする」
ミッツーは少し目を細めた。
「ああ」
それ以上の言葉はいらなかった。
フィーネは涙のあとを残したまま、それでもいつものように明るく笑う。
耳をぴんと立てて。
「父さん、次はどこ行く?」




