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松蔭神社に泊まり、現時刻は朝の4時。狐の長老はやってきた。
『こんな早朝に申し訳ありません。これは一大事です。一刻も早く皆様にお伝えせねばならないと思いまして……』
『おい、灯音。我らはともかく、弥和さまは人の子なのだぞ』
『蒼葉久しぶり。だってこういうのは早い方がいいと思ったんだもの』
狐の長老は、女性の姿で現れた。長老は、一族の中で力が強い者がなるのであって性別は関係ないんだそうだ。
「あ……。長老さんあのね、私大丈夫だよ? なんかいつもより早起きだけど体は元気やけん」
狸の長老ーー蒼葉は、それが駄目だと言っているのだが……。弥和が、夜目が効くようになってきた辺りで長老は、どこか遠くをにこにこと見ながら弥和の嬉々とした話を聞き流すことを覚えた。
『この方はこういう方……。こういう方だ……』
小さくブツブツと、自分自身に言い聞かせているので慣れたようである。慣れてくれた方が周りも助かる。
『灯音といったか。すまんな、見ての通りなのだ』
狐の長老ーー灯音は弥和をじっくり見ていく。同じ狐だと、何か分かることが増えるかもしれない。
『弥和さま、私にもそのキツネに出会った時の事を詳しく教えていただけませんか? 新たに思い出す事があれば、それも順序はバラバラでも構わないので』
ふわりと柔らかく微笑みながら聞いてくる灯音に、警戒心が消えた弥和が話し始める。
灯音は、弥和の目を見ながらときおり相槌を打ちながら聞く。たまに質問をしたりする2人を放置して、姫たちは熱いお茶を飲む。
寒いのだ。やっと5時になってきて、朝日が上り始めたようだ。
『九尾ですねえ』
『そうだよなあ』
灯音は断言した。そもそも、生えてきた耳としっぽが綺麗な銀色なのだった。なんとなく、それはみんなが予想していたことだった。
『では、私たちが集めてきた九尾の情報をお話いたします』
灯音は、まず気がつけなかった事に関して謝ってきた。自分たちが九尾の気配に気づいていたら、弥和がこんなことになっていなかったからと。謝ることではないと、弥和が言うと灯音は涙目になった。
九尾は玉藻の前とは、まったく関係のない別の九尾なんだそうだ。別の国で一族で悪さをすることもなく暮らしていたのが、九尾だという事が周囲にバレた。故郷を追われる形でこの山口まで流れ着いた。そこまでは良かったのだが、末の子が車に轢かれた。この子を助けたのが弥和だった。末のキツネは死の間際、無自覚に同胞に変化させてしまう呪いを掛けたようなのだ。
つまり、弥和は今その呪いにかかっているのである。完全にキツネになっていないのは、末の子が幼かったかららしい。
『つまり、この完全にキツネになってない今の状態が完全体ということか?』
『はい、そうです。普通であれば完全な狐になっているはずですから』
ここまで聞いて、一同は思った。なぜ、こんなに詳しいのだろうかと。むしろ詳しすぎやしないだろうか。
『灯音、なんでそんなに詳しいんだ』
皆を代表して、蒼葉が聞いてくれる。
『今回日本に来た九尾の一族は、私の一族と古来から交流があったのよ。それで故郷を追われた時に匿う手筈だったんだけど……』
『……何か問題でも起こってしまったのか?』
『はい、滝夜叉姫さま。我が一族の者が落ち合い場所までいったのですが、一匹にも会えなかったのです。昨日まで探していたのですが、やっと一族の者が見つかりまして』
灯音が言うには、故郷からの追っ手がここまで来ていてあのまま落ち合っていたら灯音たちまで捕まっていたのかもしれないのだという。
それを恐れた九尾の一族は普通のキツネのフリをしながら、なんとか灯音たちの元へとたどり着けた。
末のキツネの子は、その道中ではぐれてしまい一瞬だけ力を使い自分の存在を仲間たちに知らせていたんだそうだ。県内の座敷わらし達が察した九尾の気配は、その時のものなんだろう。
灯音は弥和にどの辺りに埋葬したのかを聞きに来たのだという。もし出来たら、その子も自分たちの郷に連れて帰ってやりたいと。そこには、国こそ違うが同胞への愛情が伺えた。
「じゃあ、その子の所に案内したらいいんやね」
『ありがとうございます。あの子の親に代わり、心よりお礼申し上げます』
きちんと三つ指をついて礼を言う灯音は、流石は長の顔つきをしている。
『それで、弥和のコレはどうなるのだ?』
『はい、今からわたし達の郷に来ていただいて九尾の一族の長が戻すようになります。しかし、きちんと元に戻るには時間がかかるかもしれません』
九尾の長が言うには、呪いを掛けた末っ子が成仏することと、自分が呪いを祓うことが絶対条件。
その肝心の長は、今は不在である。
『灯音、一ついいか?』
『なんでしょうか? 滝夜叉姫さま』
『九尾の長は、どこか具合が悪いとかあるのか? 今ここに出向いておらんだろう。逃げる途中で怪我を負っているとか……』
『いえ、中々起きないので置いてきただけです!』
『そ、そうか』
今頃郷では、九尾の長が灯音を探すか置いていかれて凹んだりしていないだろうか。少し長が心配である。
『灯音……。それなら九尾の長が起きてから来た方が早かったんじゃないか?』
『でも、こんな時に九尾が来たりしたらみんな警戒したでしょう?』
『そ、それはそうだけど』
『ならば、わたしが最初に説明して大勢で行くほうがここにいる全員安心するじゃないの』
灯音の言い分は正しかった。確かに、ここに灯音だけではなく九尾の長も来ていたら一触即発になっていたと思う。いや思うというか、そうなっていただろう。それも確実にだ。
『では、灯音。そなたの郷まで案内してくれないか。こちらもあまり悠長にしていられないのだ』
『はい。郷へは私の背中に弥和さまが、蒼葉の背中に滝夜叉姫さまが乗ってきましょう!』
『おい、俺だって自分の仕事が……!』
『だって結局は弥和さまが心配になって、手紙とか書いたりするんでしょう? それなら最初から自分の目で見たらいいじゃないの』
蒼葉は、何も言い返せなかった。流石は幼馴染である。きっと、蒼葉は昔からそういう性格だったんだろう。そして、灯音もまたそういう場面を見てきていて理解しているのだ。
『なあ、蒼葉』
『はい、滝夜叉姫さま』
『わらわも、そなたが居てくれると心強い。吉田さまやりんがここを離れるわけにもいかんだろう。娘は自分で自由に動けるし。連れて行ってはくれんか?』
姫がそう言えば、蒼葉は表情を変えて大人の人間くらいの大きさの狸に変化した。とても行動が早い。
『ふふ、では弥和さま行きましょうか』
灯音は楽しそうにそう言うと、蒼葉と同じくらいの大きさの狐に変化した。
「灯音、ふわふわ! あったかい」
『弥和さま、道中は背中で寝ていても構いませんよ』
「いいの!? ありがとう!」
『灯音! 弥和をそこまで甘やかさなくていい!!』
頬袋に木の実などを溜め込んだハムスターやリスのように、弥和がふくれっ面になる。そんな顔をしたって、遊びに行くわけじゃないのだから。
そもそも、誰の為にこんなに大勢が知恵や力を出し合っていると思っているんだ。まさか、自分の今の姿を忘れた訳じゃないだろうに。
『娘、そなたも一緒に来るだろう?』
『ええ、もちろん』
吉田さまとりんを松蔭神社に置いて、狐の郷へと向かう。座敷わらしは、晋作の馬に乗って行くことになった。灯音と蒼葉に乗って出かける姫たちを見た馬が、拗ねて自分も行くと言って聞かなかったので。
外はもう、きちんと日が昇っていて時刻は午前中の九時半になっていた。




