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『では、弥和さま少し手を見せてください』
「うん」
長老は優しく弥和の手を取り、注意深く見ていく。ときおり、顔をしかめているからキツネの匂いがきついのを我慢しているんだろう。それを弥和に言わないところが弥和が覚えていた理由の一つなのかもしれない。
「あ、あのね長老さん」
『どうされましたか?』
「キツネを埋葬する時、なんでか絶対にそうしなきゃいけない気持ちになったんやけど……。これ、何か関係あるかな?」
『そうですね……。それはキツネを見てから突然そう思ったということでしょうから、何か関連があるとは思います。しかし、今回のキツネは日本のキツネというより、外国のキツネのような気はしますね』
「海外から来たキツネってこと?」
キツネの顔つきや色彩を思い出しながらだろう、弥和が聞く。
『そうです。日本のキツネなら、わたしたちが触れるとどこの地域のキツネなのかが分かります。しかし、今回はまったく分からないのです。だからおそらく海外のキツネだろうとしか』
逆にキツネが触れればどこの地域の狸なのかも分かる、ということらしい。同じ日本の動物霊たちは古来からそうやって国内か、そうでないかを判別してきたというのだから頭が良い。
『弥和さま、キツネがどんな色をしていたか、わかりますか?』
「白、というか……銀色? とにかく凄く綺麗な色やったよ」
怪しい。弥和以外のモノ達は声にこそ出さなかったが、同時に思った。九尾では無ければいいのだが。
『……一応お聞きいたします。弥和さま、そのキツネのしっぽの数は?』
長老が恐る恐る、そうではないと言って欲しそうに聞く。
結果として、みなの切実ともいえる願いは叶わなかった。
「九本! 九尾の狐だったから覚えてる」
『あっ……』
『おとうさま!? しっかりしてください!!』
可哀想に、心優しい狸の長老は意識を失って後ろ向きに倒れてしまった。りんがとっさに支えたのが早かったので、長老は頭を打たずに済んだのだが。
吉田さまとりんの行動はとても早かった。
吉田さまは、『少し、待っていてください』と言ってりんと一緒に長老を別の部屋に寝かせに行ってしまった。
後で長老とりんに詫びの品を届けよう、何なら喜んでくれるのかと姫は勝手に現実逃避を始めた。
「……やばいこと言っちゃった?」
吉田さまとりんが戻ってくるまで、弥和は現実逃避から戻ってこない姫に放置されていた。こんなに大事になるとは、思っていなかったのである。大事だと周りも思ってはいなかったので弥和だけが悪い訳では無いのだが……。
『りんも付いていますし、大丈夫でしょう』
『後で土産を持っていくと伝えておいてくれ』
「……ごめんなさい」
吉田さまが戻ってきた。長老は倒れたことに対して謝っていたという。弥和が自分を責めないようにそう言っているのだろう。りんもまた、弥和が自分を責めてしまうような事にならないようにと言っているそうだ。似た者親子だ、と思った。
『弥和、2人とも貴方の心配ばかりしていました。貴方が自分自身を責めたら悲しむモノがいるのですよ。しっかりしなさい』
「うん……」
『吉田さま、やはり九尾が日本に入ってきているということだろうか?』
『長老はその可能性があるのではないか、と……』
九尾の狐。古来から各国で美しい美女に化けては権力者たちの寵愛を受け、国を滅亡へと導いたとされるキツネの妖怪。
日本では平安時代に『玉藻の前』と名乗り、安倍晴明の子孫によって絶命。その後は『殺生石』としてこの地に封印されているはずだ。
殺生石に何かが起きているということか、それとも、玉藻の前とはまた別の九尾が日本にやって来ていたのか。どちらにしても、放っておく訳にはいくまい。
『あまり気は進まないが、晴明の所にいくしかないか』
「晴明ってあの陰陽師の安倍晴明のこと?」
『ああ、そうだ』
姫は、自分が討たれた時のことを思い出していた。あの時に対峙した陰陽師は、安倍晴明だったはずだ。雰囲気は"あの方"にこそ似ているが、優しさの欠けらも無い瞳をした人間だった。物腰は柔らかく、言葉も雅であったが瞳の奥が真っ黒で何を考えているのか読めなかった。
晴明は自分で討っておいて、姫を"あの方"の元へ連れて行って匿ってくれたのだ。本当に何を考えてるのか分からない男だった。
晴明の式神である、十二神将でさえ本当の所は分からないようだった。彼らに関しては、特に晴明のことを深く知ろうとしてはいないようにも感じたが……。そもそも、人間に興味があったかどうかも怪しい。
「姫を討った内の一人だったんでしょ……? そんな人に会いにいくって、姫は大丈夫なん?」
この子は心優しく育った。見えざる存在が見える、話が出来るからこそ姫が傍についている。他には山口にゆかりあるそういう存在たちも、弥和の事を見守ってきている。
みなの気持ちはいつも同じだった。悪意ある全ての存在から、この子を守りたい。
ただそれだけの気持ちで、ここまで協力してきたのだ。だから、恐ろしいから対峙しないとかいっている場合ではないのだ。特に今回は、というかいつも緊急性が高いのだから。
それに、晴明だって人の子が危ないという時に悪さをしていないモノに無駄な時間を使うということもしないだろう。
そういう人間だという事は、姫が一番よく理解していた。きっとこの場にいる、誰よりも。
少し物思いに耽っていると、吉田さまの方向から生暖かい視線を感じとった。この人は何故か晴明と姫との間に、愛情があったと大きな勘違いをしている節があるのだ。
以前聞かれた際に、訂正しておいたのだが……。どうやら勘違いは続行中のようだと、視線を無視させていただく。こんな事に時間を使っている場合ではないので。何度でも言う。
本当に色々と急がねばならない。
「なんか耳がかゆい」
『弥和……。貴方、耳がふさふさになっていますよ』
姫は頭を抱えた。よく見れば耳だけではなく、キツネのしっぽも生えてきている。これでは、完全に獣になってしまうのも時間の問題ではないか。
「ねえ、姫。私の獣化、かわいくない!?」
『ああ……。かわいいな……』
呑気だ……。姫の意識が飛びかける。すんでのところで、吉田さまが支えてくれて難を逃れた。
『弥和、滝夜叉姫はお疲れのようです。今日の所はここに泊まっていきなさい。どちらにせよ、今ここにソレを解決できる者はいないのだから』
「ありがとう。そうする」
『滝夜叉姫、少し我慢をしてください。布団を持ってきますからね。弥和はお腹が空いているでしょうから、りんに何か頼んできますね』
テキパキと泊まれるように準備をしていく吉田さまを横目で見る。流石は、晋作たちを育てた人である。こんな事でも仕事が早い。
『失礼します。弥和さま、滝夜叉姫さま。りんでございます』
「あ、りん! ご飯持って来てくれたの? ありがとう」
『……み、弥和さま!? その格好はどうされたのです!?』
そうだった。りんはまだこの姿を見ていないのだった。吉田さま、そこを一番に言ってやって欲しかった。これではりんが可哀想だ。というか、この後、これをりんか吉田さまから伝え聞くだろう長老が倒れない事を今から祈るばかりだ。
そこが今の一番の心配事である。
「なんかね……。生えた」
『……』
りんが絶句している。
『りん、すまんな。この子はこういう子なのだ。慣れてくれ』
『滝夜叉姫さま……。はい、仰せのままに』
流石は長老の娘だ。きちんと三つ指をついてくれる。なんとかわいい狸なのだろうか。誰かさんとは大違いである。
「姫、今私とりんを比べたやろ?」
『気のせいだ』
感覚だけは鋭い。否定しても尚、疑いの目を向けられている。気にしないようにと、視線を外しておこうか。
『帰ってこないと思ったら、まだここにいたのね』
「あ、ごめん。今日は泊まることにしたんだ」
『……その格好で帰ってこなくて正解ね』
中々帰ってこないのを心配したのか、座敷わらしが突然現れた。晋作あたりに居場所を聞いたのか、独自の座敷わらしネットワークで知ったのかどちらかだろう。
本人には言わないが、少し心強い。一人では、弥和が風呂などに行ったら柄にもなく泣いてしまいそうだったから。それとも、わらわの気持ちを察して来てくれたのかもしれない。
たまに、色々と気持ちがバレてしまっている事があるから。
『あの、貴方様は……?』
『あら、可愛い狸ね。弥和の家についている座敷わらしよ。姐さんとでも呼んでね。ところで、姫と話があるから弥和を風呂にでも案内してくれない?』
『分かりました、姐さん。では弥和さま、こちらです』
りんは順応性が高く、直ぐに娘を受け入れてブツブツと文句を言う弥和を引っ張って行った。
『娘……。今日はどこへ行っていたんだ?』
『座敷わらしネットワークで、調べてきたのよ』
『……やはり九尾なのか?』
『そうね。その可能性が高いわ』
娘は、全国各地の座敷わらしネットワークで色んな情報を集めていたという。その中で、最近九尾のキツネの気配を感じた者が多数いた。いずれも、気配を感じたのはほんの一瞬だったので警戒はしていたらしいのだが。
『気配を感じたのは、山口にいる者ばかりだったの。姫、これはまずいことになっているかもしれないわ』
『……やはり、この地に来ていたのか』
しかし、そんな気配を感じたら座敷わらしはもちろん姫だって気づく。平安の時代、九尾は一度見に行った事があるので。どんな匂いで、どんな気配なのかは分かっているつもりだ。
なぜ分からなかったのか、そこが分からない。
『九尾ではないかと思って、狐の一族の所にも行ってきたの。明日朝一番で、狐の長老が来てくれるわ。でも狸もいることは後で伝えに行ってくるわね』
『では、狸にはわらわから伝えておこう』
確か、古来から狸と狐は犬猿の仲だったはずだ。姫のようなモノから伝えられる方が角は立たないだろう。
『今の時点では、狐たちもあまり状況が分かっていないようだった。狐以外の動物や妖怪たちにも聞いてきてくれるって』
『それは有難い』
『滝夜叉姫さま、失礼致します。狸です』
話し合いが一段落してきた時に、狸の長老が部屋まで訪れてくれる。座敷わらしの気配でも察したか。
『先程、狐一族が来るとかお話されていましたよね?』
『ああ、明日の朝一番だ』
『山口の狐一族とは、ずっと仲良くさせて頂いています。明日いらっしゃるならわたしの見解も聞いてもらおうかと』
犬猿の仲なのかと勝手に思っていた。よく聞けば、戦後から種族関係なく仲良くしていく方がいいのではないか、と当時の長老たちが話し合い今に至るとか。狐一族の今の長老は、狸の長老の幼なじみなのだとか。
『あー、ところでな。長老?』
『……弥和さまの耳としっぽでしたら、先程わたしが寝ていた部屋に駆け込んで来た時に拝見しました』
どこか遠くを見ながら長老は言った。
キラキラした目で可愛いだろうと感想を求められて、また意識が遠のいたのだ。そして、姫と座敷わらしの話し声でまた起きたという。
『なんか……すまぬな』
『私からも……ごめんなさい』
『いえ……。あの方はとても可愛らしいですね……』




