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その日、晴明は自分の耳を疑った。
『晴明、お主に妹か弟ができたぞ』
『はい??』
数日前、晴明は母である葛の葉とお忍びで山口県下関市に観光にやってきたのだ。そもそも、この旅行だって葛の葉のいつものワガママと思いつきだった。
急に『山口の温泉に行きたい』だなんて言い出して、しかも旅の準備を全て済ませた後で晴明に言ってきた。聞けば人間に変化して行くという。新幹線のチケットも予約されていた。晴明の分も。
『行くと言っても、私も一緒に行ってしまったら、誰がここの森を管理するのですか? 二人同時に不在にするなんて、御上がお許しにはならないと思いますが』
葛の葉と晴明はその長寿と妖力の質の良さを買われて、長年この信太の森を管理してきた。管理と言っても、森に迷い込んだ人間をそれとなく街の方に誘導したり、森の動物や妖怪たちの統制が主な仕事だ。だからこそ、問題が生じた時に二人ともいないと言うのは森にとって非常に良くないことなのだ。二人が居ることで、森にやっかいな妖怪などが来ないという利点もあるので。
『何のために十二天将がいる。誰かに任せればいいだろう』
『はい????』
十二天将とは、千年前に晴明が苦労して式神にした末席の神たちの事である。式神とはいえ、彼らも神だ。割と自由に動かしているので頼めないこともない。しかしだ。旅をしてくるから森の管理を代われ、だなんて命令したことがない。自分たちも行きたいと駄々を捏ねるに決まっている。そういう柱たちなのだ。
頼むにしても、誰にするべきか。
『青龍と騰蛇の二人でいいだろう。何をそんなに迷う事があるのじゃ?』
『誰のせいでこんなに悩んでいるとお思いなのですか、母上?』
『ふふふ、では決まったな。出立は明日の朝じゃ。遅れるなよ、晴明』
葛の葉は楽しそうに笑いながら、屋敷の中に消えていった。隠密ですでに聞いているのを分かっていて、晴明は騰蛇と青龍を呼び出した。
『わかりました。楽しんできてください』
『土産は甘味で』
『わかった』
呼び出しただけで、一言楽しめとだけ言って消える青龍とさっそく土産の注文をしてくる騰蛇に苦笑する。そういえば、朝廷の陰陽師だった頃も、管理者になってからも旅行というものをするのは初めてだなと思った。地方に出向いて【仕事】を頼まれることはあったが、観光したりすることなく、森に帰ってきていたので。
自分の頬が緩んでいることに気がついて、やっと晴明は自分がこの突然決まった旅を楽しみに感じていると分かった。
そうして始まったこの弾丸旅行。せっかく下関に来たのだからと、市内の神社に挨拶周りをしてきた。妖怪や神にも、ナワバリというか『ここは自分の土地』という意識がある為である。【仕事】の時も晴明はまずその土地の神社へ挨拶に出向いていた。
見知らぬ狐、それも片方が半分人間となると神社の主たちは神社に晴明たちが一歩入るだけで出てきた。まず葛の葉を訝しそうに見て、晴明を見る。晴明を昔から知っているモノは嬉しそうに楽しんでいけとオススメの場所を教えてくれた。
今の晴明たちは人間に変化しているので、あまりに長居をして普通に彼らと話していると変な人だと誤解されかねない。どこの神社でも挨拶を早々にすませることにする。
普段森にいて、なかなか食べられない魚を堪能してきて上機嫌で数日を過ごした最終日の夜の旅館。その一室で晴明は母から衝撃な事実を告げられたのである。
『晴明、お主に妹か弟ができたぞ』
『はい??』
葛の葉はいつも通りの雰囲気で楽しそうに報告してきた。うっかり晴明が何か書き物をしている時に言われていたら聞き流していたほどに。
この千年間、母にそんな男性が現れたことは一度も無かったはずだと、晴明はぐるぐると考え始めた。そもそも、葛の葉は晴明が目を覆いたくなるくらいに父・保名一筋なのだから。それとも父が他界して、その魂を見つけたのだろうか。いやしかし、そういうことがあればこの母の事だ報告してくるに違いない。
一つの報告だけでこんなに考えこむ息子を眺ながら葛の葉は呑気にコンビニで買ってきていたスイーツを頬張っていた。なんなら、この時間早く終わらないだろうか、とさえ思っていた。
『……父上を、父上の魂を見つけたというのですか?』
『いいや』
『? では、父上以外に好いている男性でもいるのですか?』
『そんなわけなかろう! わらわは今でも保名としか夫婦にはならない!』
だと思っているから、今確認をしているのだが。そんな晴明の気持ちも知らず葛の葉は怒ってしまった。
『母上のお心を疑ったという訳ではないのです。ただ、父上は千年前に他界されている。それならば、誰がお腹の子の父親なのだろうかと思ったので確認です』
『? 子の父親なら、保名じゃが?』
『……輪廻した父上との子ですか?』
『じゃから、まだ見つかっておらん』
これはどういうことなのだろうか。まったく話が噛み合わなくて話が先に進まない。晴明が困っていると、隠密で警護をさせていた太陰が出てきた。
『晴明、助けほしい?』
『……たのむ』
聞き取りを太陰に任せて、晴明は旅館から出て少し夜風に当たることにした。晴明には平安の世で妻と子はいたが、兄妹と呼べるような存在はいなかった。だからこそ、ますます実感が湧いてこない。今生まれてくるとすれば、子から見たら自分は千歳も離れた兄という訳になる。晴明は見た目こそ、現役の頃と変わらぬ若いままの姿だがその事実を知った子供が怖がるのではないかと心配した。
小一時間もすると、太陰が晴明を呼び戻しにきてくれた。太陰の表情は疲れきってしまっている。
『あのね、晴明。お腹の子はやはり保名と奥方の子よ』
『どういうことなんだ、それは』
太陰の話によるとこうだ。今、葛の葉のお腹の中にいる子供は正真正銘保名との子供だ。子は、晴明よりも狐の気が多くて妖力も凄まじい量を持っているそうだ。その妖力の多さから、生まれるまでに成長する速度が異常に遅かった。だから、葛の葉も今まで第二子の妊娠に気がつけなかったとか。
晴明が【仕事】で不在だったとき、御上は葛の葉にこの事実を教えたのだそうだ。
そして、生まれてくる子供を晴明の時のように、人間として育てる事を要求してきたと。




