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『どうしてお主は、準備がこんなに遅いんだ。できなかった場合、祓える者を探さないといけないのに』
「だってしょうがないやん。上手くメイクができなかったんやもん」
『頬を膨らませても今日ばかりは甘やかさないからな』
「姫のけち」
『忘れたのか? 誰の為に赤間に行くはめになってると思っている?』
「返す言葉もありません」
あれから二時間も経ってしまった。通話時間は、五分も掛かっていない。
ファンデーションのノリが悪いだの、眉毛が上手く書けないだの、リップの色が迷うだの。うるさいと言ってしまえば良かったが、自分も乙女。弥和のどんな時も美しくありたいという気持ちは分かる。
好きなだけ、気が済むまでやらせた結果が今である。遅い、遅すぎる。
言い合いをしながら、赤間神宮に到着した。本当に竜宮城のような、不思議な場所だと思う。こんな風に弔って貰える安徳帝が羨ましい。
愛する父上とは、真逆なので。
少しだけ、気持ちが俯きがちになったが今は目の前の弥和を救わなければならない。
『いらっしゃいま……』
滝夜叉姫の気配を察して出てきた一族の者たちは、弥和から感じる禍々しいモノを見て顔を歪めた。わらわだって同じ気持ちなのだ。そちらだけそんな顔をして見てくるのは勘弁してほしい。
『見ての通りで困っておるのじゃ。誰かコレを祓える者はおらぬだろうか?』
『申し訳ございません、五月姫様。わたくしたちではお力に添えません』
そうだよなあ、そんな気はしていたんだよなあ。
「ねー、見て見て。ケモケモのお手て!」
と、呑気な声がして思わず弥和の頭を叩いた。弥和は涙目になって文句を言っているが、その場の誰も援護しないから姫が正しい。
『五月姫さま』
『おお、そなたか。どうかしたのか?』
まだ幼く、少し舌足らずな安徳帝が話しかけてくる。この子が自発的に話しかけてくるのはとても珍しい事である。恥ずかしがっているようで、いつもは宮の奥から出てこない。そんな子が話しかけてきたのだ、何か良い案でもあるのだろう。
可愛いその子に視線を合わせ屈んでやる。そうすると、この子は喜ぶのだ。
『お二人がいらっしゃる少し前に、東行庵より高杉晋作さまが萩の松陰神社を勧めると良いと』
『ふむ、吉田さまか』
安徳帝はまだ幼い。たまに見かねた晋作が勉学を教えているようなのだ。その成果だろう。初めは物事を知らぬが故に話し方が幼かったのが今ではいくらか大人びて見える。
子の成長は素晴らしいものだ。しかし、萩は下関から行くとなると一日がかりになってしまう。もう時刻はお昼を少し過ぎてしまった。間に合うだろうか。
『良ければ馬をお貸しいたしましょう』
『晋作』
『五月姫さま。お久しぶりでございます』
どうやら思念での指示ではなく実際にここまで出向いてきていたようだ。
『妙な気配を感じて見に来ただけですよ』
『……』
怒っている。晋作は今、とても怒っていらっしゃる。言葉も出ない。だって明らかに怒られるような状況になってしまっているのは紛れもない事実なのだから。
『姫様、私が怒っている対象は姫様でもなければ弥和さまでもありませんよ』
『有難う。しかし、わらわの力が及ばず弥和の手がこんな風になってしまったのは事実だ』
『お一人だけで抱えないでください。同じ平なのです。姫様のように、護れと言われた訳ではありません。しかし、弥和もわたくし達の子。みなで協力して護ってもいいのではないでしょうか?』
他の者たちも頷いてくれる。平の姫であるにも関わらず、目頭が熱くなってくる。自分は恵まれている。
『有難う。では、みなの力をお借りしたい。晋作、少し馬を借りてもよいだろうか』
『もちろんですよ、そのつもりで来ておりますから』
長い会議の中で、発言することもなくて退屈だったのだろう。弥和は立ったまま居眠りをしていた。
自分のことで皆がわざわざ話し合っているというのに。その中には自分の持ち場を離れて来ている者もいるというのに。
思わずため息が出てしまったが、晋作は何故かそんな弥和を微笑ましそうに見つめていた。
『どうした、晋作?』
『ああ、この子らしいと思いまして。初めてこの子と知り合った時も、呑気でしたので』
そういえば、晋作と知り合ったのもこんなふうに弥和が良からぬモノに気にいられた時だったと思い返す。長府に神社巡りをしに出かけたら、たまたま観光客に憑いてきた海外の良からぬモノに憑かれたのだ。言葉も通じない、祓えないしで困っていたら話しかけてくれたのが晋作だったのだ。
良からぬモノは何故か晋作を一目見ただけで怯えて自分の国に帰っていった。取り憑かれているのに、弥和は呑気だった。
「ケモミミだ!」
嬉しそうにはしゃいでいた。ものすごく、だ。
姫は知っている。実は晋作が、そんな時なのに呑気な弥和にドン引きしていたことを。
どんなヒトなのか気になって、何度か顔を合わせる内に仲良くなった。わざわざ姿を見せてまで助けに来るのは、彼くらいのものだ。他者に伝言を思念で送るほうが主流だったりするのだから。
『まあ、寝てるなら都合がいい。ここは頼んだ』
『はい。お気をつけて』
寝てしまっている弥和を馬に乗せて出発する。萩の方には既にいつでも行っていいように晋作が連絡を入れてくれているらしい。全てにおいて仕事が早い。




