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『おーい弥和、もう起きないと遅刻するぞ』
「んー、あとごふんー」
『駄目だろ、もう化粧しないと』
「え?! もうそれ、早く言ってよ!」
朝に弱くて布団に包まっていた弥和は、急いで起きてバタバタと着替えを取りに走っていった。
朝から忙しない。
『……ずっと言ってたのに』
その場に残された平安時代の貴族のような服装をした女性が、分かりやすくしょんぼりする。そんな彼女を気にもせず出掛ける準備をするのは、弥和くらいしかいないだろう。
「んー、どっちの髪型にしようかな。迷うなあ……。」
『三つ編みなんかいいんじゃない?』
「じゃあ、そうしようかな」
慣れた手つきで三つ編みにしていく。その様子を見ながら、弥和を起こした女性ーー滝夜叉姫が小さくため息を付いた。
弥和がこの世の中に生を受けて早二十年余りが経った。生まれる事が決まった時に、滝夜叉姫は"あの方"に頼まれたのだ。この子を自分の代わりに守ってほしいと。 "あの方"の切実な表情を見たのは、後にも先にもあの時だけだと思っている。
弥和は生まれつき見えざる存在が見えたり、話が出来る特異な体質を持っているので。
「ねえ、姫」
『なあに、弥和』
「三つ編みが、出来なくなった」
『……何をどうしたら急に手が獣になるのだ?』
少し目を離しただけなのに、弥和の手はもふもふの何かの動物のモノに変化している。三つ編みをしていただけじゃないのか。
『昨日、わらわが迎えに行く前に何を触ったか教えなさい。このおばか』
「ごめんなさい、キツネが車に轢かれちょったから近くの森に供養しました」
馬鹿だ、本物の馬鹿だ。頭が痛くなってくる。
こんなことは今までも何度かあったのだ。
弥和が修学旅行で京都に行った時は、鞍馬山で何処から湧いてきたのか動物霊に気に入られ、たまたま通り掛かった鞍馬天狗に助けてもらった。
動物霊が弥和に取り憑いた所を目撃し、これは大変だと祓ってくれたのだ。姫単体では取り憑いたモノを祓えないので本当に助かった。
鞍馬天狗は、滝夜叉姫を怒った。なぜきちんと見ていなかったのか、自分が気づかなかったら大変なことになっていたと。今でも思い出すと、背筋が凍る思いである。あんなに大勢の天狗に囲まれて怒られるなんて、妖怪になった当時は考えられなかった。凹んでいたら、父上である将門様まで出てきた。
『あの子は自分が見えざるモノに好かれやすい自覚が無さそうだな』
どうやら全てを見ていたようだ。手を貸してやろうとしたら、鞍馬天狗達が助けたので表に出るのを辞めたらしい。父上らしいと思う。
『あの子は、弥和は"あの方"に頼まれたのです。護ってほしいと。ですが、わらわより父上さまや鞍馬天狗達のほうが余程あの子の力になれます』
久しぶりの父上さまで、安心して弱音を吐いてしまった。平の姫なのに。
『あの子はそなたを"姫"と呼んで慕っておるな。あの子はそなたに傍にいて欲しいのだと父には見えるぞ』
変わらぬ優しい父の笑顔に励まされた。のであるが。
今現在のこの状況はどうしたものか。あの時の鞍馬天狗達はいないし、一族に悪いモノを祓える者はいない。
しかもこの獣の手では、人前に出せない。というか、出せる訳がない。
『おはよう弥和〜姫〜……って! くっさなにこれ!?』
可愛らしい声が響く。弥和に最近懐いた座敷わらしが起きて来たようだ。獣の匂いがきついのだろう、鼻をつまんでいる。できれば、わらわも鼻をつまみたい。
滝夜叉姫は名案を思いついた。確か座敷わらしは、妖怪の位置付けだけではなかったと記憶している。
『……娘、獣の霊を祓ったりできないか?』
『……あー、姫ごめんなさい』
何かを察した彼女は謝ってどこかに消えていってしまった。座敷わらしとは、そういう存在じゃなかったようだ。
「確か座敷わらしって、ついた家に富をもたらすとかそういう存在じゃなかったっけ?」
ダメではないか。そもそもの話である。逃げるように消えるのも納得でしかないではないか。むしろ、賢明と言える。
こうなると、 一族に助けを求めた方が早いだろう。
『弥和、今から赤間に行こう。わらわは赤間関には知っているモノがおらん。一族の所に行ってみた方が早いだろう』
「分かった。じゃあ、休む連絡入れるから少し待って。そしたら行こう」
ここは山口県、下関市。かの有名な源平合戦が行われた壇之浦だ。幼くして海に身を投げた安徳帝を祀る赤間神宮には、その際身を投げた者たちの墓がある。以前、弥和に連れられて行ったことがあるのだ。彼らは父上の名前を聞くと顔が青ざめていたが。
彼らならずっとこの地にいるから、自分たちが祓えなくてもツテくらいは持っているのではないだろうか。
確か以前行ったとき、近くの亀山八幡宮にも人柱がいた。あの者にも聞いてみるのもいいかもしれない。




