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それから二時間ほど経って、弥和が睡魔に耐えられず眠ってしまった頃に"あの方"と晴明は萩に到着した。
『まったく、もう……。急ぎなのに衣を変えたりするから弥和が寝てしまっているじゃないですか』
『すまない……。逢えるから着飾りたくてだな』
『葛の葉さま、とてもお綺麗でございますわ』
『おお! そうだろうそうだろう!』
衣を褒められて上機嫌な女性のはしゃいだ声で、弥和は目を覚ました。滝夜叉姫の着物より豪華で、狐耳と狐しっぽの美しくどこか懐かしい。
「あなたたちは……?」
『わらわは、』
『私は、安倍晴明と言います。こちらは、母の葛の葉。弥和、私たちとも仲良くしてくださいね』
"あの方"ーー葛の葉がにこやかに名乗ろうとすると、それを阻止するかのように晴明が自己紹介と他己紹介を簡単に済ませてしまう。自分が話したかったのに取られてしまい、葛の葉は晴明を睨んでいる。
弥和は、葛の葉から目が離せないでいた。見ているだけで、心の奥が暖かくなる。
自分はこの人を知っている。弥和には確信があった。その確信を姫は分かっていたのだが今はそれを教えている時間はない。
『それで、貴方様が玉藻前と会ったという方ですか?』
『はい、そうです』
晴明は晋作に向き直り、じっと見詰める。狐のように細い晴明の瞳は何を考えているのか分からず、晋作は戸惑いを隠せなかった。
『アレの様子を詳しく聞かせていただけますか?』
雅な穏やかな人物から出てきた"アレ"という単語に、晋作や吉田しま、弥和は驚きを隠せなかった。しかも晴明は、にこにこと微笑んでいる。ギャップがものすごい。
『晴明は意外となあ……。あんなところがあるのでなあ』
葛の葉がヒソヒソと弥和に耳打ちをする。元々、そういう人のようだ。そこそこ日本史は好きで、晴明のことも調べたことがある弥和だがやはり違うことだってあるなと思った。
『母上?』
『……滝夜叉姫や、わらわは茶が飲みたい』
ヒソヒソ話が聞こえていた晴明は、爽やかに微笑みながら葛の葉を見たが、その場の全員の背筋が凍った。
まるで、葛の葉がそうやって晴明から逃げるのが分かっていたかのように、滝夜叉姫は既にお茶と茶菓子を準備していた。弥和でさえ、そんな姫は見たことがない。どんな関係なのだろうか。
『まず、郷では玉藻前ではなく茉莉として過ごしています。モーリーが言うには時折、人間の男性を連れてくるそうです。連れてきてどうするのかは聞いておりません。あと、蘆屋道満の霊体に出してもらう約束をしてたとか』
『道満だと?! 霊体で隠れていたのか……』
『お知り合いですか?』
『ああ』
蘆屋道満。宮中でのお勤めとして陰陽師をしていた晴明とは対照的に、法師陰陽師であり晴明のライバルの男だった。道満は、藤原道長に妖術を施したが、晴明がそれを見破ったことがある。そして、因縁の相手でもあった。
しかし、道満は晴明とは違い普通の人間。命の終わりが訪れていたのだ。玉藻前と晴明が対峙した時には道満はすでにこの世に存在しなかったので今まで気が付かなかったのだ。
『道満が絡んでいるとなると……。まずは道満をなんとかしないと、同じ事がまた起こってしまいますね。ヤツの墓に行ってみますか』
危ないかもしれないからと、晴明は十二神将という式神たちに道満の墓を偵察に行かせた。彼らは数分で戻ってくると慌てて報告をしてきたのだ。
『晴明や。やつは自らの墓になどおらん。一応あの世に行って聞いてみたが死んでからずっとこの世をさ迷っておるそうだ』
「……もしかして、玉藻前と一緒に郷にいたりしないのかな」
『えっ?』
「だって、モーリーは目が虚ろになった男性を見たんでしょう? ねえ、晴明さん。玉藻前には元々そういう力ってあったんかな? もし、当時そういう力がなかったんだとしたら道満が与えたか、一緒に居て道満が術を使っているとかさ」
晴明は驚いていた。弥和に聞かれるまで玉藻前にそんな強い魅了の力がなかったことを思い出せなかったからだ。また、十二天将たちも弥和の聡明さに感激していた。やはりこの子は、我らが守るにあたいする子なのだと。
『当時、玉藻前はその美貌によって周りを魅了していました。そんな誰かを操るような危険な力はなかった。確かにそういった妖術は道満が得意としていました。玉藻前に取り付いている状態で手助けを行っているかもしれません』
その可能性が大いに高い。全員がそう思った。
『あの、晴明さま。一つ聞いても宜しいでしょうか?』
『蒼葉くんですね。この間は弥和を助けてくれてありがとう。どうしましたか?』
『いえ、私は何もしておりません。……この件で紅音とキツネのおやじの妖力が尽きてしまったようで。郷で療養していますが、妖力を復活させることとかは可能でしょうか?』
『心配しなさんな。そちらにはわらわが対応するつもりじゃ。晴明が玉藻前、わらわが妖力の補充という名目で来ておるからの』
葛の葉の言葉を聞いて、蒼葉はホッとした顔でお礼を言った。桃音に相談されていて、年配の自分が聞く約束をしていたのだそうだ。ならば桃音に話してくるという蒼葉に葛の葉も着いていった。助けてくれる本人から説明をされる方が安心感が増すだろう、と笑って。
『あちらの件は、全て母上にお任せしています。私たちはさっそく作戦をきちんと練って出発しましょう。弥和、あなたも来るのですよ』
「いいの?」
てっきり、お前は危ないからここにいるか、葛の葉たちと郷に行くように言われてしまうと思っていた。しかし、晴明は言う。
『今回は貴方の力が無ければならないのです』
真っ直ぐに見つめて当然のことのように晴明は言った。ただの少しそういう存在が見えるだけの人間に何が出来るというのだろうか。
『行けば分かると思いますよ、きっとね』
何かを知っているが教えようとはしない口ぶりの晴明を、弥和は不思議な人認定した。晴明の言葉に首を傾げる弥和の瞳は、とても普通の人間とは思えないような琥珀色に変化していた。本人は全く気がついていないが、妖力の強い葛の葉と晴明が到着した時からこの状態だ。
他のモノたちは変化に気がついていたが、そりゃあそうなるよなと皆がスルーしていた。




