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《近いうちにそちらへ向かおう。わらわだけではなく、晴明も連れてゆく。それまで絶対に何もするな》
数日後、"あの方"からの手紙の返事を見て、滝夜叉姫は何か大きなことに巻き込まれたような胸騒ぎがしていた。弥和にだけは、知られないようにしないといけない。瑠李とひかりを呼び出して、話をしなければならない。
ひかりたちが帰ってくるのを待っていると、1枚の式神が姫の着物にまとわりついた。姫はこの式神を、知っている。
『……晴明か。何か用か?』
『ふふ……。覚えていましたか、私です。晴明です』
忘れるわけがない。一見すると、穏やかな口調と雅な立ち居振る舞いから優しい人だと判断されやすいのが、晴明という男である。しかしそんなことは無い。人間だろうが妖怪だろうが、誰かに迷惑をかける存在が嫌いであり、厳しいのである。
『今回の存在は、一筋縄ではいかないモノかもしれません。弥和だけでなくあなたたち三人も気をつけてください。特に瑠李くんは猫又ですから、気をつけるように』
『……そんなに大きな存在なのか?』
『もう少しで二人が帰ってきますね……。今はまだそれだけしかお伝えできません。また、母上と尋ねてきますからその時に詳しく話します』
要件を言うだけいって、式神は真っ二つに破れてしまった。どうやら、一回きりだけの式神だったようだ。
ひかりと瑠李が帰ってくると、慌てたように姫の部屋に入ってきた。どうやら帰ってきている途中で晴明の式神を感知したようだ。
『なんだ?! 今のなんの気配なの?! 大丈夫?!』
『大丈夫だ。晴明の式神だ。……二人に話があるんだ、聞いてくれるか?』
『うん……』
焦っている瑠李を宥めながら、姫は"あの方"からの手紙の内容と先程の晴明からの言付けを伝えた。
『やっぱり獣が狙われてる……?』
『いや、晴明はそこまで詳しいことも言ってない。ただ、気をつけろとしか』
『でも、特にって仰ったんでしょう? もうそれはそういう事でしょ……?』
流石にひかりも動揺を隠せないようだ。無理もないと思う。座敷わ、しとは本来、家に富をもたらすが守る存在ではない。あまりそういう大きな妖怪などと戦うということもしてきていない。たまたま、弥和が狙われやすいからひかりは少しそういう場面に慣れているだけなのだ。
『弥和には……気付かれないようにしないとね』
『すまないな……』
『他の猫又たちにも、気をつけるようにいっておくよ』
『ああ。頼んだ。猫又になりそうな猫たちにも言っておいてくれると助かるな。まだ何も分かっていないから』
『分かった。一応、弥和の周りを見張ってて貰うことにするよ』
あれからも、猫又や猫たちはこっそり弥和の身の回りを警戒してくれていた。何かおかしな人間が近づこうとする度に、密かに撃退してくれているようなので余計に心配だ。その善意を良からぬモノが利用したり、力を狙ってくるかもしれない。
「ただいま! お腹すいた! 今日の晩御飯なにー?」
作戦会議が終わったころに、弥和の呑気な声が家中を駆け巡った。こういうシリアスな場面に直面すると、弥和の明るい性格はとても和むのである。モーリーや灯音達ももちろん心配なのだが、三人にとって一番守らないといけないのは弥和だ。
「なんでみんなして、ここに集まっているの?」
『特に意味はないぞ』
「そう? そういえばさ、モーリーから手紙が来ちょるんよ。みんなで読もうや」
無邪気に手紙を貰ったという弥和だが、姫たちはその手紙自体に警戒心を強めた。"あの方"が来る前に向こうが何か仕掛けてくるかもしれない。
『……いたし方あるまい。使うべきときが来たな』
姫は懐から一枚の式神を取り出した。瑠李は少しだけ、眉間にしわを寄せた。瑠李にとっては嫌な雰囲気を醸し出しているだろう。
「ねえ姫、それって式神やろ? なんでそんなの姫が持っちょるん?」
『これは、昔晴明がくれたんだ。本当に困ってどうしようもない時に使うんだと。今がきっと、その時なのだ』
姫は式神に言付けを頼んだ。もし、自分たち全員もしくは誰か一人でも消えたらすぐに晴明のところに飛んでいけ、と。そして、四人全員の毛を一摘みずつ式神につける。こうしておけば、必ずあの陰陽師は自分たちのことを見つけてくれる。
本当に困っていたら、人間だけじゃなく妖怪すらも助けてくれる男だと姫は身をもって理解していたからだ。
『開けるぞ』
姫が手紙を開封すると、筆跡は今までに読んだことがあるモーリーのものだった。しかし、なんだか嫌な雰囲気を纏っているのだ。姫は妖術は使えるものの妖怪ではない。だから、嫌な雰囲気としか表現できない。
大まかな内容としては、自分のせいで心配をかけている。しかし自分を含めて郷のみんなは元気だから安心して欲しい。紅音に関しては自分たちは無関係である。
『うわ……。これ、書いた人そうとうなにか凄く悪に染まってるよ。本人を知らないからなんとも言えないけど、やばいかも』
『そうね。気配はモーリーというより、彼女に似ている気配という所かしら。これは、もしかして……』
ひかりは、なんだか見当がついているようだった。しかし混乱を招かないようにだろう、それ以上は何も言わなかった。
「ねえ、ここの部分だけモーリーが書いちょるよ」
『は? 弥和、何を言っているんだ?』
「ここだよ、この最後の行のこの部分。前に教えたんよ。人間の世界にはハンドサインって言うのがあって、声に出せなくてもSOSが伝えられるんよって。それをイラストにしてあるよ」
よく見ると弥和の言うように手を広げたイラストと、グーの手のイラストが書いてあった。
お守りをくれたお礼に、何か声に出せないような緊急事態になったときに使えるといってモーリーに教えていたようだ。モーリーには、貴方だけに特別に教えると約束していたため、九尾の郷でそれを知っているのは彼女だけということだ。
「誰かに監視されながら手紙を書いている、とかない? だって手紙の内容と合ってないもん、このイラストだけ」
一緒に読んでしまった上に一番の異変にき気付いたのが、よりにもよって弥和だなんて。
『ひめ、もうここまで来たら隠せないよ。話すしかないんじゃない?』
瑠李が諦めたように言う。ひかりはずっと何かを考え込んでいたが、瑠李の言葉には賛同した。
『弥和の考察があっている可能性もあるんだ。弥和の目線からの考察も何かのヒントになるかもしれない』
ひかりに言われて、滝夜叉姫は今までに起こっている事を全て包み隠さず弥和に伝えた。自分の知らない所で、自分を助けてくれた者たちが何か良くない事に巻き込まれている。
「明日、有給取る」
『は?! 何を言っている!!』
『そうだよ、弥和。何する気?!』
「萩に行く。まずは晋作さまに会いに行きたいの」
弥和の言葉に、3人はモーリーの郷や紅音の元ではないことにまずホッとした。それにしても、なぜまず晋作のところに行こうとしているのか。
「ねえ、ひかり。座敷わらしの長に、そういう妖怪とか良くない存在がいないか確認したいんやない?」
『え……。明日聞きに行こうかと思っていたところだけど……』
「なら、晋作さまに覚えている限りのことを聞いてからにせん? その方が長も分かるかもしれない」
弥和の話は筋がとても通っていた。確かに、晋作に聞いてから長に聞く方が長も助かるだろう。
「それに、3人が現れた雰囲気も直接聞こうや。姫たちは、手紙で知ったんやろ? なら分かりやすくはしょっちょる部分とかあるかもしれんし、手紙を書いてた時に冷静じゃなかったかもしれん」
今、自分たちの目の前にいる人間は本当に弥和なのだろうか。もしや偽物だったりしないだろうかと三人が疑うほど、弥和はとても冴えていた。
助けてくれた恩人の危機だ。モーリーから貰ったお守りはとてもよく効いている。時折、良くない存在ぽいものが近づこうとすると弥和の周りに見えないバリアが張られて良くないものが飛ばされるのを見る。バリアは温度はないけれど、優しいモーリーの気配がするのだ。弥和にとって、遠く離れていても守られているという安心感をくれる存在のうちの一匹だった。
だからこそ、弥和はそんな優しいモーリーに何かをした存在が許せなかった。ミステリー小説を好む性格のためか、小さなものでも証拠や証言を集めて万全を期して敵に挑んでやろうと。
弥和の目の奥に炎を見た滝夜叉姫は、こっそり式神に命令を下した。
『弥和にバレた。明日、萩の晋作や吉田さまの元へ詳しく話を聞きに行くことになった。もしこちらに来ることがあれば、萩まで来て欲しい』
式神は、コクっと頷くと弥和の見ていない隙にどこかへ飛んで行った。
『母上! 式神から連絡がきました!』
『ああ……。全て見ておった。わらわ達も行かねばなるまいな』
男性が式神を伴って、女性の部屋まで走ってきた。式神は急いで言付けをしに来たのか、少し疲れているように見える。
信太の森の木々が、女性の声を聞いてザワザワと音を出す。たいへんなことになっている、きつねのひめのちかくでたいへんだと騒ぐ木々を彼女は扇の音を鳴らして黙らせる。
『準備をしろ、晴明。他のものたちも連れてゆく。どうなるか分からない闘いだから、行く意思があるもの達だけだ!』
『母上、みな行くと申しております。闘いの準備をさせておきます』
『頼んだ。朝一番で、萩に出向くと伝えておけ』
晴明、と呼ばれた男性は返事をして屋敷から無数の式神を飛ばした。これで、信太の森の狐たちの元へ言付けが行くことになった。
『……弥和、わらわの"最期の娘"。必ずやお前とその友人たちを守ってみせるからな……』
滝夜叉姫の恩人であり、弥和のことを託した張本人。
"あの方"ーー葛の葉は満月を見上げながら独りごちた。




