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一途である、という選択


ヤスオは、とうとう口を開いた。

「浮気なんてしてない。

あれは親戚だし、京都を観光していただけだ。

僕は君を、一分一秒たりとも裏切ったことはない」

叫びではなかった。

言い切りだった。

積み上げてきた事実を、順番に机へ置くような声。

イシコの冷たい視線が、初めて止まる。

フランソア喫茶室の空気が張りつめ、

スタッフたちは息を呑んだ。

誰の目にも、ヤスオの言葉は誠実だった。


「……お客様」

調整役が慎重に言葉を選ぶ。

「それでしたら、相殺の必要はありません」

理屈としては正しい。

だからこそ、この場に不協和音が生まれる。

イシコは、ヘルメットを被ったまま、ゆっくりと口角を上げた。

不気味なほど、穏やかな微笑みだった。

「知っているわ」

その一言で、室内の空気が裏返る。

「あなたが、一度も私を裏切っていないことくらい」

ヤスオは、静かに頷いた。

そこに安堵はない。

彼はもう、「信じてほしい」とは言わない。

誤解だとも言わない。

ただ、事実だけを置いていく。

あれは親戚だった。

観光していただけだった。

君以外の誰にも、触れていない。

イシコは、それらすべてを理解している。

理解したうえで、なお、微笑んでいる。

狂気は、ここにあった。


「あなたが一度も私を裏切っていないことは事実」

イシコは淡々と続ける。

「でもね、事実と安心は、別のものよ」

補助係が、思わず息を吸う。

「裏切らなかった、という事実は」

「裏切る可能性を、消してはくれない」

イシコの声は静かで、理路整然としていた。

反論の余地がないほどに。

「可能性は、これからも生き続ける。

なら——」

彼女は、ヤスオを見る。

責めるでも、疑うでもない目で。

「今、この瞬間を永遠にしてしまえばいいの」

過去を固定すれば、未来は発生しない。

それは愛ではない。

だが、恐怖から見れば、完璧な解決だった。

スタッフたちは、誰も口を開けなかった。

京都という街の静寂は、時として、こういう理屈さえも優雅に飲み込んでしまう。


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