表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/8

捏造される追憶、あるいは真実の露呈


 ヘルメットを通じて、フランソア喫茶室の漆喰の壁に、ふたりの過去が滲み出した。  プロジェクションマッピングのように投影される記憶は、連続した映像ではなく、光の粒となって浮遊していた。正確であるはずの追憶が、編集点を持った「上映物」へと変質していく。


 最初の光。


 八坂の塔を背景にした、高台寺近くのフレンチレストラン。イシコの誕生日。  低い天井、古い梁。窓の外には何百年も同じ場所に立ち続ける塔。  「おめでとう」  映像の中のヤスオは、完璧なタイミングでワイングラスを掲げ、完璧な微笑みを浮かべていた。しかし、壁面に映し出されたその「瞳」を拡大した瞬間、店内の空気が凍りついた。  ヤスオの瞳に映っているのは、喜ぶイシコの顔ではなく、窓ガラスに反射して「完璧なエスコートをこなしている自分」のシルエットだった。  祝う言葉より先に、自己愛という名の時間が同席していた夜。


 次の光。  過労で入院したイシコの、静まり返った病室。  ヤスオは仕事帰りのスーツ姿のまま、肩を揺らして現れる。手には彼女が欲しがっていたブランドの限定バッグ。  迷いのない献身。  「間に合ってよかった」  記憶の中のヤスオは、そう言って彼女の手を握ったはずだった。  だが、現実に壁へ映し出されたのは、あまりに無機質な動作の連続だった。  ヤスオはバッグを差し出した直後、病床で青白く痩せたイシコの顔を見るよりも先に、無意識に左手首の時計へ目を落としていた。  「予定通りの時間に、最高級の誠意を届けた」というミッションを完遂した男の、事務的な視線の動き。 彼の「安堵」は彼女の回復への祈りではなく、自分の義務を果たしたことへの自己満足に過ぎなかったことが、スローモーションで暴かれていく。


「……また、自己満足の押し付け」  イシコの声は、映像よりも重く、現実だった。  感情を乗せない、死刑宣告のような口調。 「あなたは私を見ていない。私を愛している自分を、手入れの行き届いた庭のように眺めて、うっとりしているだけ」

 ヤスオが何か言おうとするたび、映像は残酷に次へ進む。  説明はカットされ、意図は省略され、  彼が「純愛」だと信じていた行為の積み重ねが、彼女の視点を通すことで「所有物のメンテナンス」へと書き換えられていく。


 ここで上映されているのは、もはや過去ではない。  彼女の中で完全に「相殺」され、廃棄が決まったガラクタの山だった。  フランソア喫茶室の古い壁に、捏造された――あるいは、暴かれた――追憶が静かに定着していく。

 誰も声を荒げない。  京都では、こうして心の骨格が静かに折られ、関係が終わることがある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ