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第99話 絶対あかん!!!

「捕獲環? 蛇取り環?

 試作品だから名前はまだないんだ」


ラゼルは袖口の埃を払い、

銀環の歪みを指先で確かめた。


「それじゃ、神力への

 耐久テストといこうか」


拘束されたセラフィスが睨む。

神域は展開できない。

神圧も戻らない。


室内に残るのは、

銀環が軋む微かな音だけだった。


静まり返った空気の奥で、

何かが弾ける。


次の瞬間。


白雷が一直線に走った。


溜めも、予兆もない。

ただ、命を奪う軌道だけがある。


視界の端が白く裂け、

ラゼルの心臓が強く跳ねた。


考えるより先に、

身体が石床を蹴っている。


横へ跳びながら机を踏み台にし、

身体を捻って宙で反転する。


背後で雷が炸裂した。


さきほどまで胸があった位置を貫き、

床を溶かして赤黒く焼く。


直撃していれば、

胴は跡形もなかっただろう。


着地と同時に、

焦げた粉が靴底にまとわりつく。


焦臭い空気が肺を刺す。


そこでようやく、

ラゼルは相手を見る。


ネクレオスが立っていた。


転移酔いの揺らぎは消え、

指先には圧縮された白雷。


その目から、

親しみは完全に消えている。


二撃目が放たれ、

雷は書架を真正面から貫いた。


木材が内側から弾け、

紙片が炎をまとって宙を舞う。


三撃目は床を抉った。


衝撃で石が割れ、

ラゼルの片足が深く沈む。


動きが鈍る。


そこへ四撃目が走った。


ラゼルは力任せに足を引き抜き、

崩れかけた机を掴んで盾にする。


雷は机を貫いたが、

わずかに軌道が逸れた。


逸れた白光はそのまま背後へ流れ、

培養棚を直撃する。


凄まじい破砕音とともに、

ガラス製の培養ポッドが砕け散った。


内部の液体があふれ、

床に広がる。


「あ!」


ラゼルの声が裏返る。


「それ、対ナト用に

 こっそり育ててたのに!」


割れた容器から、

緑色の粘性体がゆっくりと流れ出した。


どろりと重く、

しかし明らかに自律している。


床を這い、

向きを定め、

一直線にネクレオスの足首へ伸びた。


「……は?」


絡みついた時には、

もう遅い。


粘性体は脚を伝って這い上がり、

膝から腿へ、さらに胴へと広がる。


柔らかい。


だが締め付けは精密だった。


骨格の位置を正確に捉え、

関節を固定していく。


ネクレオスは即座に白雷を放つ。


だが電光は表面を滑るだけで、

内部へ浸透しない。


弾かれ、散り、

ぬめりの外殻を走るだけだ。


雷耐性か。

それとも不導体か。


いずれにせよ、効いていない。


粘性体は粘度を増しながら、

首元へと達する。


冷たい感触が背筋を這い、

輪郭の曖昧な塊が顎へ迫った。


皮膚の上を滑るだけ――


そう思った刹那。


顎が動かなくなる。


頬を伝った粘りが唇の端に触れ、

わずかに開いた隙間へ入り込んだ。


喉奥までは届かない。


だが声の通り道だけを、

正確に塞いでいる。


舌が重い。

顎が動かない。


呼吸が浅くなり、

胸の奥で焦りが跳ねた。


研究室の床には、

焦げ跡と緑のぬめりが交錯し、

雷光が反射して奇妙な色彩を揺らしている。


その中心で、

ラゼルは砕けた机に腰を下ろした。


「ほらね?

 結構いけると思わない?」


軽い声音だった。


その言葉を聞いた瞬間、

ネクレオスの脳裏に最悪の光景が浮かぶ。


これを、誰に使うのか。


思い浮かぶのは、ただ一人。


白い指先に絡みつく緑。

ひやりとした粘りが、

細い手首をやわらかく包む。


振り払おうとするが、

力は奪われない。

ただ、動きだけが止められる。


声が——くぐもった、声が漏れていて……。


わずかに開いた唇の隙間を、

緑が静かに塞ぐ。


それでも、


あいつの氷のような瞳は揺れない。


逸らさないし、

逃げない。

ただ、じっと見つめてくる。


どうしてこうなる。

その問いだけが、

まっすぐ向けられて。


冷たいのはあいつの魔力じゃない。

視線だ。


——怒っている。


……怒っていても。

一歩、距離を詰められる。


ただその視線だけが近づく。



(……あかん)

心臓が変な跳ね方をする。


(これは……あかんやつや)

ほんまに、あかん。


もし他の誰かに見られたら、終わる。

奪われる。

間違いなく奪われる。



精神的打撃は、

雷撃より重かった。


「お前……ナトに、これ……」


低く絞り出すと、

ラゼルは悪びれずに笑う。


「うん。効くと思わない?」


想像がさらに加速した。


「……ヤバ」


喉が鳴る。


次の瞬間。


研究室全体を震わせる放電が走った。


今度は一点集中。


粘性体の内部水分が強制的に蒸発し、

拘束が緩む。


白煙の中から、

ネクレオスが立ち上がった。


「絶対あかん!!!」


目は、先ほどより鋭い。


ラゼルは首を傾げる。


「痛くないし、

 痕も残らないし、

 気持ちいいだけだよ?」


一拍。


「ジブン最悪やっ!!」


焦げた粘性体を見下ろし、

ラゼルは本気で悔しそうに唇を尖らせた。


「ああ……もったいない」


拘束檻の中で、

セラフィスが涙目で首を振る。


室内はほぼ半壊していた。


焦げた匂いと、

蒸発した水分の湿気が混じり合う。


それでもラゼルは、

中心に立ったままだ。


嵐はまだ終わらない。


そのとき。


空間が柔らかく裂けた。


小さな影が飛び出す。


「カンカン!

 ナトみつかっ……た?」


着地した途端、

影は凍った床に滑って転ぶ。


その背後に、

もう一人が静かに降り立った。


足音と同時に、照明が落ちる。


警告音が鳴り響く。


塔の動力系が、

急激な温度低下を検知していた。


空気が、沈む。


温度が音もなく削られていく。


吐息が白い。


外気は今朝、氷点下十五度だった。


だが室内であるはずの、

ここは、それよりも低い。


棚の水晶に霜が走り、

レンズが一斉に白化する。


窓の外で硬い衝撃音がし始めた。


雹だ。


手のひらほどもある巨大な塊が、

次々と叩きつけられている。


ラゼルは青ざめ、

ゆっくりと視線を向けた。


そこに立つのは、ただ一人。


何もしていない。


――少なくとも、本人は。


凍結範囲は制御されている。

そう判断している。


彼は棚の水晶に走る霜を一瞥し、

冷却領域をわずかに絞った。


数値は許容範囲内。


それでも。


床の温度が、さらに一度落ちた。


――彼は気づかない。


誰も、それを指摘できない。


これは感情ではない。


制御だ。


ラゼルは焦げた床と凍りついた機器を見回し、

それから彼を見た。


「……あー、その」


喉が鳴る。


「エリセが来ないんだけど、

 君、何かした?」


階下で、

窓が連続して砕ける音が走る。


悲鳴が、

遅れて追いついた。

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