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第91話 積みあがる書類の中で

展示会が終わってから三日。


術式技術規正機構ルザリオ支部は、

誰もが忙しかった。

展示会中の日常業務は未整理のまま、

あちこちに積みあがっていた。


机の上はもちろん。

棚、出窓、床にまでも書類が積みあがっている。

エリセはその一角で、黙々と書類を捌いていた。


調査報告の写し、鑑定結果の添付、

技術申請の形式確認。

嘱託職員の仕事は、概ね“誰かの仕事の補助”だ。

一枚処理するたびに、別の束が増える。


「オレ燃やしたる♪」

と言わんばかりに尻尾で火花を散らせ、

身体をくねらせる黒蛇を、

エリセは慌てて掴んで金属の引き出しにぎゅむと押し込んだ。


(先生、何てこと教えてるんですか!?

もしかしてこれが先生の日常!)

エリセの脳裏に溜まった仕事に着け火をする

ツィグナトの姿が浮かぶ。


が、その直後。

がたん、がたん、と引き出しが激しく揺れ始めた。


(しまった……!

ここ、さっき荒ぶる白いのを入れた場所——)

金属のはずの引き出しが、

内側から何をしているのっか、ぐにゃりぐにゃりと歪む。


(えーーーーっ、外殻……硬すぎぃっ……!?)


「エリセ、これの補助資料、

追加で探してきてほしいの」

ノックの後、顔を出したのはユフィだった。


「いいよ。形式確認書と、過去の申請書ね」

エリセが即座に返すと、ユフィは小さく息を吐く。


「ええ。できれば5年くらい前まで遡って」

白衣の袖をまくりながら、応接室の方を親指で示した。

「あっちにいるから、あとで取りに来るわ」


一拍置いて、低い声。


「……ったく。あの、くそじじぃ」


言い捨てるようにそう残し、

ユフィは応接室へ戻っていった。



そこには、弟子と、その師と呼ばれる年配の術者が

来ているはずだった。

構築技術の権利更新を巡ってもめてる――

そんな噂も聞いている。


エリセは頼まれた書類を揃えたあと、

渡された紙束と確認していく。

資料をめくり、ふと指が止まった。


「……?」

構築式の一行に引っかかる。

流れ自体は成立している。

魔力の収束も、理論上は問題ない。


けれど――

「……ここ、」

構築式の流れが、説明文と微妙にちがってる。

記述には、三年前の形式に安全面を考慮して

補助環を追加……。


視線が、補助環の記号に戻る。

小さい。

だが、主環とは独立した配置。


――三年前の申請書には、存在しなかった配置だ。

ここに補助環を配置する意図は……気がする。


「んむむ……」

独り言のように呟き、

追加した資料にメモ用紙を一枚そっと挟み込んだ。


「補助環導入後、制御工程の説明と設計思想に齟齬あり」

誰に頼まれたわけでもない。

業務命令でもない。


展示会の期間中。

毎日、ほんの少しずつ。

説明のような、短いやり取りの中で。


  「ここから、こう流れる」

   「大事なのはここ。このあたりは面白い。

             ――癖が出るからな」


そんな言葉が、今になって浮かぶ。


ただの違和感だし、誰かに頼まれたわけでもなかった。

それでも、

その違和感を無視できなくなっている自分に、

エリセは少しだけ戸惑った。


しばらくして、ノック。


「資料、お願い」

ユフィだった。

表情はいつも通りだが、目だけが少し鋭い。


エリセは、指示された資料を手渡す。

「ありがとう」

それだけ言って、会議室に戻る。

また、静かになる。


どれくらい時間が経っただろう。

エリセが三つ目の山を片付け終えた頃、

応接室の扉が開いた。


最初に出てきたのは、若い術者だった。

背筋は伸びているが、顔色が少し白い。

それでも、どこか吹っ切れたようにも見えた。


次に、年配の術者。

目を合わせず、足早に去っていく。


最後に出てきたのは、レジットだった。

「……資料、ありがとう」

淡々とした声。

それ以上は何も言わない。


けれど、エリセには分かった。

――悪いようにはならなかった、と。


ユフィは、若い術者を呼び止め、

そのまま鑑定室へと連れていった。

「少し話そう」

「はい」

扉が閉まる前、

エリセの位置から、会話の断片が聞こえた。


「技術は、正当に評価されないと意味がないからね

 契約文言、確認した?」

「大丈夫。これなら、長期で守られる」


エリセは机に戻り、

会議で使われた資料を片付けていく。

更改契約書には、術者と協力者に修正の跡。

さらに術者2名の利益配分の数字が追加されていた。


――やっぱり。

エリセは、資料から視線を上げる。

かつて、惹かれた理由。

仕事ができること。

その場で有利な答えを選べること。

それだけではない。


仕事の中で、人をどう扱うか。

その線を、踏み越えないところ。

そういうところが、好きだった。


エリセは机に戻り、ノートを開く。

先ほど気になった構築式を、

もう一度書き写す。


ペン先が、少しだけ止まる。

(……でも)


続きを書かず、一行空けて、式を整理し直す。

「面白い……」

小さく漏れた声は、

感心とも、別の何かともつかない。


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