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第88話 感情を糧にするもの

羽の生えた少女が、

鈴の鳴るような声で、唄うように語り出す。


『――とても、綺麗な人だったの』

声が、滲む。

『――ほんの少し見かけただけなのに』

『――目が合った気がして』

『――見つけられる運命だった 』


それは、祈りではなかった。

神に捧げる言葉でもない。


『――選ばれるはずだった 』

『――名前を呼んで』

『――物語みたいに、手を取ってほしい』


「……えっ」


聖具師が、理由も分からないまま、

顔を真っ赤にしてしゃがみ込む。


「うそ……なんで……聞かないで……!」


羽の生えた少女は、聖具師の耳元へ寄り添う。

囁くように、唄う。


『聞いてほしい』

『愛されたい』

『この声を聴いた者は、

皆、愛する人へ告白するの』


その背後で、黒い靄がゆらりと揺れた。


『急いで』

『さもないと――

破滅が、あなたを迎えに行くわ』


次の瞬間、

その視線が、エリセへと向けられる。


――だが。


ふっと、光が割り込んだ。


白銀の長い髪。

金色の瞳を持つ、幼い少女がエリセの前に立っていた。


——聖光の煌めき《セラフィス》。


冷えた視線で、妖精と影を見下ろす。


「汝ら、迷いを糧とする微光アテ

破滅を連れるモロ




「呪いを騙る微塵が、

余の前に立つとは――不遜」


唇の端が、わずかに吊り上がる。


「羽虫ども。

名も残さず、散れ」


次の瞬間、

甲高い悲鳴が、礼拝堂に響いた。


光に呑み込まれるように、羽の生えた少女と、

背後にまとわりついていた黒い靄が、

ひとつ残らず、掻き消える。


あとには、

何事もなかったかのような静寂だけが残る。


……そこに、

あの白銀の姿は、もうなかった。


張りつめていた空気が、

遅れて音を立ててほどける。


「……はぁ……」

誰ともなく、息が漏れた、その直後だった。

「ねぇ、ねぇエリセ。今の、見た?」


真っ先に声を上げたのは、ユフィだった。

さっきまでの緊張が嘘のように、

目をきらきらと輝かせている。


「目が琥珀みたいだった! 

光を映すたびに色が変わって……

あんな澄んだ金、初めて見たわ」


両手を胸の前で組み、興奮を抑えきれない様子で続ける。


「髪も! 白銀じゃなくて白金。

柔らかくて、でも冷たい光があって……

夜明け前の月みたいだった」


止まらない。


「服も素敵だったわ。

東方の刺繍みたいな文様で、形は洋装。

異国のお姫様が物語から抜け出してきたみたい。

精霊よね? あんな大きな姿の精霊、初めて見た!

でも……目が合ったら怒られそう、って思わなかった?」


一気に言い切ると、ユフィの視線がふと下がった。


砕けた石の前に、ぺたりと座り込んでいる

聖具師の女性が、視界に入ったのだ。


「……今の……あれは、とても不穏なものです」

蒼白な顔で、聖具師は呟いた。

「……そんなはず、ないのに。

どうして……私の聖具に……」


エリセは、その姿を見て――

ようやく、ひとつの言葉を思い出した。


——信じたくなかった


「……呪具になるって」


小さな声だったが、

その場にいた全員の耳に、はっきりと届いた。


「魔術具が……魔力の代わりに、感情を取り込んだら。

それは、呪具になるって……先生が、言ってた」


「感情を……?」

聖具師は信じられないというように、首を振る。

「そんな話、聞いたことがありません……

あれは、災いをもたらす妖精と精霊……

どうして、私の聖具に……」


言葉はそこで途切れ、

彼女は両手で顔を覆って、声を殺して泣き崩れた。


礼拝堂には、

いつも通りの清浄な空気と静けさが戻っていた。


聖具師が「もう一度、教会で調べたい」と申し出たため、

エリセたちは手ぶらで術規へ戻ることになった。


黒蛇に昏倒させられたレジットは、

教会が手配した魔導馬車に寝かされる。

揺れと音を抑えるための術式が、車体の縁で淡く光り、

静かな駆動音とともに、彼は運ばれていった。


治療院は今も機能していないが、

術規で様子を見れば問題ないだろう。

たぶん、目を覚ました頃には、いつもの彼に戻っている。


街には、清涼な風が吹いていた。


もう、不穏な気配はどこにも残っていない。

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