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第85話 (性別に)配慮。姫、追加投入

その夜。

仕事を終えて戻ったエリセは、

無意識のうちに鍋に水を張っていた。


刻んだ香草。

根菜。

少しだけ塩。


湯気と一緒に、

懐かしい匂いが立ちのぼる。


(……フレイ)

怪我だらけの身体。

肩を骨折したって言ってた。


「……ただのお礼だし」

そう呟いて、手が止まる。


脳裏に浮かぶのは、作ったスープと、

無言で捨てられた器。


――世話焼いてる自分に酔ってるだけだろ。

エリセは、そっと火を消した。


「……やめとこ」

器に移さず、鍋ごと置く。


その背後で、かすかな気配。

床の黒い影が、いつの間にか鍋のそばまで寄っていた。


黒蛇だった。

まだ動きは鈍いが、

匂いに引かれたのか首を伸ばしている。


「……飲むの?」


返事はない。

仕方なく器を出し、少量を注ぐ。


次の瞬間、鍋の中身がみるみる減った。


「そっち……!?」


止める間もなく、きれいに平らげる。

感想も、遠慮もない。


「早っ」

満足したように、とぐろを巻く黒蛇を見て、

エリセは冷蔵庫から一本のなすびを取り出した。


渦を巻くように育った、妙な形。

並べて置いてみる。


「……ブフッ」

思わず、息が漏れた。

慌てて口を押さえる。


「ごめ……、兄弟みたい」


黒蛇は一度だけ視線を向け、

何も言わずに目を閉じた。


否定もしないらしい。

それがおかしくて、エリセは小さく息を漏らした。


「ねぇ、……おいしかった?」


当然、答えはないが、

舌をチロチロ出して揺らしている。


それでも。

胸の奥が、少しだけ、ほどけた。


捨てられなかったし、拒まれなかった。

エリセは、恐る恐る、黒い鱗に、そっと触れた。


黒蛇は、ただ撫でられるがまま。

拒否も、許可も、

どちらも与える気はない、という顔で。


その夜、エリセは机の隅に、

黒蛇のための温かい寝床を即席で作った。


しかし夜中、

黒蛇は一度も寝床に寄り付かず、

気付けばエリセの枕元で、当然の顔をして丸まっていた。


朝、エリセはその寝相を見下ろして、

しばらく動けなかった。


(なぜここに布陣した……)


(……これは)


(……放置していい距離、

じゃない)


机の寝床を見ると、

そこにはなぜか、とぐろを巻いたなすびが、

妙に収まりよく置かれていた。


「……」


エリセはそのまま起き上がり、

簡単な朝食を用意した。


黒蛇の前にも、

小さく切って置いてみた。


(蛇って何食べるんだろう)


なんて考えるあたしを一瞥しただけで、

黙々と食べ始めた。


(ふてぶてしい……。

これはたぶん飼い主譲り)


そんなことを考えながら、

エリセが自分の分に手を伸ばした、

その時だった。


――ばちん。


空気が、はじけた。


部屋の中央——

何もないはずの空間に、

淡い光。


空中に展開する円形の魔術陣。

やけにすっきりしているものの精緻で無駄がない術式。



「……えっ」


言い終わる前に。


――ズドンッ!!


光の中心から、

白い何かが、

ものすごい勢いで射出された。


床に叩きつけられ、

跳ね返り、

壁にぶつかり、さらに天井に激突。


「!?!?!?」


跳ねる。

当たる。

回転する。


ワンルームの中を、

完全にピンボールのように反射しながら、

最後に――


どさっ。


エリセのベッドの上に、

無遠慮に落下した。


「…………」


白銀の蛇だった。

白銀の鱗がキラキラ。


だが、その額には、

見覚えのある立派なたんこぶ。


体の一部は、変な方向にねじれたまま。


目は、完全に渦を巻いている。


「…………え?」


エリセは、箸を持ったまま、固まった。


視線を落とす。


蛇。

たんこぶ。

ねじれ。

気絶。


そして、

ベッドの上……。


(……)


黒蛇が、

もぐもぐと朝食を食べながら、

ちらりと白蛇を見た。


後頭部(?)の立派なたんこぶは

まだひいていない。


(……あ)


昨日、

自分が見た光景。


たんこぶを作り、

体がねじれて、

気絶していた――


あの状態と、

ほぼ、同じ。


「…………再現?」


エリセの呟きに、

黒蛇は答えない。


ただ、

一口食べて、

また一口食べて。


まるで、


(ああ、こいつもか)


と言いたげな顔で。


エリセは、

ゆっくりと息を吸った。


「……えっと」


ベッドの上の白蛇と、

机の黒蛇を、交互に見て。


「……なんで?」


黒蛇は、その問いにも答えず、

最後の一欠片を平らげると満足そうに、とぐろを巻いた。


その視線の先で、

白蛇は、ぴくりとも動かなかった。


――それは、

ほんのささいな朝の出来事。


これが、

誰かの配慮によるものだなどと、

エリセが知るはずもなかった。


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