第84話 火気厳禁!最近の王都は恋愛強火
カークとフレイは、
そのまま騎士団本部へ向かうことになった。
事情聴取と、正式な報告があるらしい。
「助けてくれて、ありがとう」
エリセがそう言うと、カークは少し考えるように
頭を掻いた。
「まぁ……、展覧会も終わったしな。
そのうち落ち着くさ」
「しばらくは夜、出かける時は声かけてくれ。
仕事がなけりゃ、いつでも付き合うさ」
フレイが、ぼそっと付け足す。
「! ……お、おぉう?」
エリセは真っ赤になり、
まともな返しができない。
その横で。
「……詰め、甘かったな」
カークが、ほとんど口を動かさずに言った。
「今の、一歩だった」
ユフィも、小さく頷く。
「最後で様子見したね」
「うん。
あれ、あいつのいつもの癖」
ユフィと二人、治療院を出る。
朝の王都は、もうすっかり動き出していた。
露店の準備をする商人。
通りを急ぐ職人。
子どもを連れた母親たち。
――そして。
「愛してるよ、君は今日も美しい」
「君と出会えた奇跡に、毎朝感謝してるんだ」
「僕の人生に光をくれたのは、君だけだ」
あちこちで、そんな言葉が飛び交っていた。
「……」
エリセは、思わず足を緩める。
若い恋人同士だけじゃない。
中年の夫婦。
白髪の混じる男。
まだ声変わりもしていなさそうな少年まで。
向けられる先は、
恋人だったり、
片思いの相手だったり、
妻だったり、
同僚だったり。
受け取る側の反応は、まちまちだった。
「ふふ、ありがとう」
と微笑む人もいれば、
「だから、それ昨日も聞いた!」
「毎日毎日しつこいのよ!」
「くだらないこと言ってないで、早く仕事行きなさい!」
ぴしゃり、と叱り飛ばされている人もいる。
「……なんか」
エリセは、首を傾げた。
「変な人、多くない?」
朝なのに、背中をなぞる風が冷たかった。
ユフィは一瞬考えてから、肩をすくめる。
「変、っていうより――熱い?」
それから、軽い調子で続けた。
「最近流行ってるみたいよ。
それでやたらカップル成立してるって話、聞かない?」
「え、そうなの?」
「うん。
まぁ、成立しても玉砕しても、言わないより
言ったほうが断然いいって、私は思うから
気にならないけどね」
ユフィは笑って続ける。
「こういうのが流行ると、ハードル低くなるよね。
エリセはどう?
フレイと、さっきいい雰囲気だったよ」
「?」
(あれを“いい雰囲気”って言うなら、
世の中の雰囲気判定、ちょっと雑だと思う)
「あ、ほら、あそこ!
教会のそばの木の影、告ってるんじゃない?
礼拝の帰りかな?」
エリセはちらりと目を向けて、
すぐに視線を逸らした。
(……声、大きい)
「告白っていうか……」
「うん」
ユフィは一拍も置かずに頷いた。
「説教後の演説」
二人して、思わず足を止める。
(……あれ、周囲への配慮とか)
(……雰囲気、とか)
そうこうしているうちに、
演説の主が、勢いよく頭を下げた。
一瞬の間。
それから――
相手が、頷いた。
「……え?」
「……今の、通った?」
次の瞬間、
二人は揃って、手を取り合っていた。
――だが。
その拍子に、男の手から力が抜けた……
ように見えた。
演説男の指先が、目に見えて白い。
「……え?」
女がそう声を上げる前に、
男は一瞬、足をもつれさせた。
「だ、大丈夫?」
「……うん」
笑顔は、さっきよりも熱っぽい。
だが、その吐息は、妙に白かった。
「マジで?」
「今ので?」
「……あれで、OK出るの?」
ユフィはしばらく黙ってから、ぽつりと言った。
「……ハードル、想像以上に低いかも」
(……フレイ、言葉を投げたら、
案外世界は簡単に動くかもよ)
どこか釈然としないまま、
二人は顔を見合わせ、歩き出す。
通りを抜けると、小さな市場が見えてきた。
朝の市は賑やかで、野菜の籠、果物の山、
魚の匂いと香草の青さが混じり合っている。
「ちょっとだけ、寄っていい?」
ユフィが言う。
「うん」
二人は人の流れを避けるように、
露店の間を縫って歩いた。
そのとき。
エリセの足が、ふと止まる。
「……?」
野菜籠の一角。
他と並んで置かれたなすびの中に、
妙に自己主張が激しい一本があった。
「……変な形」
思わず、口からこぼれる。
「変ね」
ユフィも横からあっさり言った。
「でも、こういうの、
意外と当たりだったりするのよ」
「……そうかな」
少し迷ってから、
エリセはその一本を手に取った。
「じゃあ、これ」
店主は何も言わず、淡々と包んでくれる。
そのまま二人は、再び通りへと戻っていく。
並んで歩く足音の間に、
ふと思い出したように声が落ちてきた。
「あ、そうそう」
「術規の先輩たちの話なんだけど」
エリセは顔を向ける。
「教会の礼拝帰りに偶然会ってさ。
その流れで、情熱的な告白して、付き合い始めたんだって」
「……えぇ?」
「本人たちも、
『なんであんなこと言えたんだろう』って、
後から不思議がってたらしいけど」
ユフィは軽く笑う。
「結果オーライ、ってやつじゃない?」
「えぇぇっ!
誰と誰っ!?」
さっきの元カレが、ふと脳裏をよぎる。
そういえば、あの人も――
礼拝帰りみたいな、妙に整った服装だった。
熱のこもった言葉とは裏腹に、
顔色は妙に白かった
それでも彼は、幸せそうに笑っていた。
(……昨日までと同じ王都のはずなのに)
(どこか、足場がずれている気がする)
その感覚だけが、胸の奥に残ったまま、
その日は忙しく過ぎていった。




