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第83話 人生の振り返り面談 (頼んでない)


数年ぶりに見る、元恋人だった。


落ち着いた色の上着に、きちんと整えられた襟元。

隣の女性も、淡い色のスカーフを首に巻き、

髪をきれいにまとめている。


二人とも、治療院のざわめきの中で、

そこだけ空気が澄んでいるみたいだった。

「久しぶり。元気?」


「……うん、まぁ」

それだけ答えると、彼は満足そうに頷き、

隣にいる女性の肩を抱いた。

指先の動きが、必要以上に丁寧だった。


「紹介するよ。恋人のサリヴァン」

女性は柔らかく微笑み、会釈をする。

その仕草はごく普通なのに、彼だけが、

どこか浮いて見えた。


「でさ」

彼は、少しだけ声の調子を落とす。

まるで、物語の一節をそっと読み聞かせるみたいに。

「彼女、本当に素敵な女性なんだ。

優しいし、かわいいし……一緒にいると、

退屈だった毎日が輝いて見えるんだ」


言葉は甘く、丁寧で、

ひとつひとつ、選び抜かれている。


「こんな女性に想われるって、奇跡だと思わない?

毎朝、目を覚ますたびに思うんだ。

――ああ、今日も彼女が隣にいる、って」


恋人が、わずかに頬を染める。

「自分には過ぎた人だって、分かってる」

彼は、腕の中の恋人を見下ろして言った。

「でも、それでも……君を愛していることだけは、

胸を張って言える」



エリセは――

ただ、瞬きをした。

(……今、あたしは何を聞かされてるんだろう)


内心が追いつかないでいると、

ユフィがそっと隣に並び、手を繋いでくる。

その温もりがなかったら、たぶん固まっていた。


「なぁ、エリセ」

唐突に名を呼ばれる。

声色はやさしいのに、視線はまっすぐこちらを射抜いてきた。


「あ、うん? 何かな?」

エリセは、ユフィの手をぎゅっと握りしめて答える。

「君は、知ってるだろ? 俺のこと」

懐かしさではなく、

“答えを知っている前提”の目だった。


「昔の君はさ、

よく弁当とかお菓子とか作って届けてくれたよね。

僕への想いが溢れて、零れ落ちそうな手紙と一緒に」


女性を抱く腕を離さないまま、続ける。


「頼んでもいないのに、食事も、洗濯もって……

あれ、ちょっとした物語みたいだった。

主人公に憧れる、健気な登場人物みたいでさ」


穏やかで、どこまでも“理解ある”口調。


「って言っても、

僕にとってあれは重荷でしかなかったわけだけど」


彼は一度、ゆっくり息を吐いた。

まるで、“人生の一章を閉じる人”みたいに。


(――あれ?)


エリセの思考が、そこで止まった。

(……なんで、今、その話?)


恋人の肩を、そっと抱く。

「でもさ、彼女といると、

自分が少しだけ、優しい人間になれたんだ。

だから今の僕なら――」

そこで、視線がエリセに戻る。


「君の想いも、ちゃんと聞いてあげられる。

君が、今も僕をどう思っているのか。

僕が、どれだけ素晴らしい恋人だったのか――

もう、隠さなくていいよ」




(……………………うん?)



「ただね、経験者として言うんだけど」


満足そうに、少し頷く。


「どんなに与えられても重くならない関係もある。

壊れない愛も、確かにある。

彼女からの愛情なら、いくらでも受け止められるんだ。

それを知れたのは――彼女のおかげだよ」


そこで、わずかに声を落とす。


「だから……ごめんね」


恋人を引き寄せ、守るように抱く。

彼女は、わずかに瞬きをした。

微笑みは崩れていないのに、視線だけが一瞬、宙を彷徨う。


「僕が選んだのは、彼女だ。

それだけは、どうしても変えられない」


そして、慈悲深い笑み。


「愛するのも、愛されるのも、才能だから、

君はあきらめて欲しい。

恨んだり、妬んだり、彼女を責めたらいけないよ」


言い切った顔だった。

もう十分語った、という満足げな表情。


ふいに、カークが咳払いをした。


フレイは一度、顔を逸らし、肩を小刻みに震わせる。

「……っ」


次の瞬間。

「「ブフォッ」」



二人同時に噴き出した。


エリセは、きょとんとしたまま首を傾げる。


目の前の男の恋人は、

戸惑ったように自分の恋人の顔を見上げ、

エリセと、恋人を、交互に見比べた。


エリセは、その様子を見て――

ようやく、何かがおかしいと理解した。



「……えぇと、」

少し考えてから、静かに口を開く。

「ごめん」


男が、わずかに身を乗り出す。


「あたし、その話の登場人物じゃないと思う」

「へ……?」

「今の彼女、大切なら、きちんと見てあげて。

振られちゃうよ?」


女性が、そっと恋人の腕をほどいた。

「……あなた、こんな人だった?」


「ち、違うって!」

男は慌てて取り繕おうとするが、

言葉はまた甘ったるく歪む。


「君は……僕の運命で……」



「うわ、もう無理」

ユフィが、ぼそっと呟いた。



エリセは一歩下がり、フレイの隣に並ぶ。

「大丈夫」

小さく、でもはっきり言った。


「あたしは、あなたがいなくても大丈夫だから。」


「そんなこと誰も聞いてないだろっ!」

彼は声を荒げ、恋人の手を掴み、足早にその場を離れた。



残された空気が、すとんと落ちる。

「……なんだ、アレ」

フレイが短く言う。

エリセは、まだ少しきょとんとしたまま、首を傾げた。

「……元カレ」

「いや、それは聞いたし分かったけど」


「お前……趣味悪ぃ」

カークが吐き捨てる。

エリセは、もう一度だけ首を傾げる。

「……あんなんじゃなかったって思うんだけど」

小さく続ける。

「数年、会ってないし……」


「エリセ」

ユフィが真顔で言った。

「アレは、ナイ」

エリセは苦笑して、曖昧に頷いた。


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