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第30話 世界のイケメンランキング647年春号~技術でも魔術でもなく、顔でした~

あれから数日が過ぎ、騒動の余波もようやく静まった。



精神汚染を受けた街は少しずつ回復し、

以前通りの穏やかな空気を取り戻しつつある。


エリセは、陽だまりの差し込むカフェの窓際にいた。

お気に入りの席だ。

丸い小窓に飾られた細工ガラスが、

午後の光を花のように屈折させて、

白いテーブルクロスの上に淡い色模様を落としている。


店内には、魔術具がふんだんに取り入れられていた。

天井を巡る風の結界は室温を自動で調整し、

椅子の脚には重力分散の符が刻まれていて、

どんな体重でもふんわりと沈み込む。


カウンター奥では、自走式のポットが

ふわりと蒸気を立てながらお茶を淹れており、

棚には温度保持と香気維持の術式を施された

銀のキャニスターが整然と並んでいた。


カフェの名物は紅茶で、なかでも

「フローラル・ブレンド」と呼ばれる一杯が、

エリセのお気に入りだった。


琥珀色の液体から立ちのぼるのは、ほんのりと甘く、

花々の香りを閉じ込めた春の空気のような香り。

口に含めば、香りとともに疲れが溶け、

背中の力が少しずつ抜けていく。


そんな癒しの空間にありながら、

エリセの手元には場違いなほど

堅苦しい書類が広がっていた。

テーブルには、

煌霊炉(こうれいろ)》を巡る一連の事件に関する調査報告書と、

術規から提出された裁判記録の写しが置かれている。


ページをめくる指先は単調だが――その目は、

活字の裏に潜む“何か”を、まるで読み解こうとするように、

じっと研ぎ澄まされていた。


ここ数日、術式技術規正機構には近づいていなかった。

理由は単純――研究員たちの熱量が高すぎて、

あたしの静けさが保てなかった。


「エリセ、それって紅蓮の牙よね!?

S級魔術具ってどういうこと!?」


「しかもあの、ラゼル=ネイムのお墨付きって……!」


「触らせて! 鑑定させてっ!

分解させてっっっ!」


(……先生、あたしの《紅蓮の牙(グレゴリー)》様は、

そりゃぁ男らしくて、フォルムも精悍で素敵だけど!

だけど、いわゆる量産品のC級魔術具だったんだよ。

一体全体なにをした、なにを!

せめてっ!

所有者への告知は必須でしょっ!!!!)



ズズズーーーーーッッ。



エリセは半目で、

わざとらしく音を立てながらお茶をすすった。


ふと、カフェの奥に視線をやると――

そこに見慣れた姿があった。


ラゼル=ネイム。


例の《煌霊炉こうれいろ》を最初に見たとき、

すでに事件の構造に気付いていただろう男。

彼は美しい護衛の女性と、

優雅にティータイムを楽しんでいる。


(この人……、あのとき“中和した”とか言ってたし、

絶対もっと早く収められたよね?

わざと、騒ぎが大きくなるまで、放っておいて……)


ぞわっ、と寒気が走る。

あの人、論文を出すたびに学会を炎上させることで

有名な魔術具技工師だった。


エリセは身を小さくし、そっと席に沈み込む。


(お近づきにはなりたくないタイプ……

かっこいいけど、アレは観賞用の人種だ)


ラゼルは気づいているのかいないのか、

軽やかに笑いながら隣の女性に言う。


「アハハ、イリディア、見てくれ。

あいつ、またこんな……相変わらず、よく分からない」


「まぁ♡♡ いつ見ても麗しい方♡♡

坊ちゃん、すぐにこの本買いに行きましょう!

お家に飾ってもよろしいでしょ?」


エリセにはその会話の内容までは届いていなかった。

が、ふたりが立ち上がって店を出るとき――


「あっ、エリセもいたんだ!

今度一緒にごはん食べようね」


何気ない口調でラゼルが声をかけてきた。

そして、テーブルに一冊の雑誌を置いていく。


(雑誌くらい自分で片付けていきなさいよ)


思わず眉をひそめるエリセ。

けれど、ふと表紙が目に入り、自然と手が伸びた。


《世界のイケメンランキング 647年春号》


表紙には、きらきらと光る金の箔押しで、

そう記されていた。


なんとなく、という気まぐれでページをめくっていく。

ラゼル=ネイムの名を見つけて、ふぅんと鼻を鳴らす。


(……ほらね、やっぱり観賞用だ。

――これが見せたかったってこと、ね)




ぱらぱら、ぱら――



その瞬間。


エリセの指が止まった。



「…………っは?」


まばたきも忘れて見つめたそのページの中央に、

優雅な微笑みをたたえた“あの顔”があった。


《世界のイケメンランキング・殿堂入り》


“氷の微笑”――詳細不明


世界の美の頂点


――彼は夜空に一輪、凍てついた美を灯す“遠星”だった。


文:サラ・ヴェルグラント

(フリージャーナリスト/旅する恋愛コラムニスト)


オルディアの冬は、心が静かになる。

空気は冴え、雪の音が街を包み、

人々は暖かい煮込み料理と香辛料入りの熱酒に逃げ込む。


私はその日、オルディアの小さな煮込み料理専門店で、

偶然“彼”を見た。


壁際の窓辺。

誰も近寄らぬ隅の席。


真昼間にもかかわらず、

彼の席だけが夜の匂いを帯びていた。


名前も、職業も、年齢も、国籍さえも、

誰ひとり知らない。


ただ、そこに“在る”だけ。


それなのに――目が離せない。


まるで神話の一節が、息をしていた。





「………………は?」



まばたきも、呼吸も、すっかり忘れていた。

ページの中央にあるのは、

優雅な微笑みをたたえた――“あの顔”。


やわらかく波打つ黒髪は、短く整えられているのに、

どこか風にほどけたような無造作さがある。


細かいスパイラルが夜色の光を受けて、

ひっそりと艶めいた。


左目にわずかにかかる前髪は、

決して、自然に、

彼という存在にしか似合わない角度で落ちている。


その目は深淵に沈む魔術のような、

無音の水面のような――

見た者の影だけを静かに返すような色をしていた。


冷たくも柔らかな、微笑み。

整った輪郭、沈黙をまとう気配、

その立ち姿にさえ、どこか人ではない異質さが滲む。


美しい、と言うには違う。

足りない。


それはきっと、“美”すら追いつけないほどのもの。


まるで夢を見ているような、

そんな心地がした。


――紛れもなく、先生だ。


だって、こんな顔二人も存在するわけない。


(……ていうか、

ほんとに“氷の微笑”とか呼ばれてんの?

神話かよ)


視界がにじむ。

いや、違う。

意識の方がふらついていた。


音も、空気も、感覚も、

ぐにゃぐにゃと歪んでいる。



ようやく、頭の中の糸が一本だけ、はじけた。


「……オルディア」


ぽつりと呟いたその言葉が、重く胸に沈む。

無口で、無愛想で、共感力ゼロな男。


――なのに、世界の美の頂点?


「え、なにそれ……顔なの……?」


顔から火が出そうだった。

ゆっくりと、額をテーブルに打ちつける。


「あの、技術でもあの、魔術でもなくて、

顔なの……!?

ほんとに!?」


そのまま椅子の上で、

カフェの死角にそっと崩れ落ちた。

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