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第30話 世界のイケメンランキング525年春号~技術でも魔術でもなく、顔でした~

あれから数日が過ぎ、騒動の余波もようやく静まった。

精神汚染を受けた街は少しずつ回復し、

以前通りの穏やかな空気を取り戻しつつある。

エリセは、陽だまりの差し込むカフェの窓際にいた。

お気に入りの席だ。丸い小窓に飾られた細工ガラスが、午後の光を花のように屈折させて、白いテーブルクロスの上に淡い色模様を落としている。


店内には、魔術具がふんだんに取り入れられていた。天井を巡る風の結界は室温を自動で調整し、椅子の脚には重力分散の符が刻まれていて、どんな体重でもふんわりと沈み込む。

カウンター奥では、自走式のポットがふわりと蒸気を立てながらお茶を淹れており、棚には温度保持と香気維持の術式を施された銀のキャニスターが整然と並んでいた。


カフェの名物は紅茶で、なかでも**「フローラル・ブレンド」**と呼ばれる一杯が、エリセのお気に入りだった。

琥珀色の液体から立ちのぼるのは、ほんのりと甘く、花々の香りを閉じ込めた春の空気のような香り。口に含めば、香りとともに疲れが溶け、背中の力が少しずつ抜けていく。


そんな癒しの空間にありながら、エリセの手元には場違いなほど堅苦しい書類が広がっていた。

テーブルには、《煌霊炉こうれいろ》をめぐる一連の事件に関する調査報告書と、術規から提出された裁判記録の写しが置かれている。


ページをめくる指先は淡々としていたが――

その目は、活字の裏に潜む“何か”を、まるで読み解こうとするように、じっと研ぎ澄まされていた。

ここ数日、術式技術規正機構には近づいていなかった。

理由は単純――研究員たちの熱量が高すぎて、あたしの静けさが保てなかった。

「エリセ、それって紅蓮の牙よね!? S級魔術具ってどういうこと!?」

「しかもあの、ラゼル=ネイムのお墨付きって……!」

「触らせて! 鑑定させてっ! 分解させてっっっ!」

(……先生、あたしの《紅蓮の牙グレゴリー》様は、

 そりゃぁ男らしくて、フォルムも精悍で素敵だけど!

 だけど、いわゆる量産品のC級魔術具だったんだよ。

 一体全体なにをした、なにを!

 せめてっ! 所有者への告知は必須でしょ――っっ!!!!!)

ズズズーーーーーッッ。

エリセは半目で、わざとらしく音を立てながらお茶をすすった。

ふと、カフェの奥に視線をやると――

そこに見慣れた姿があった。

ラゼル=ネイム。

例の《煌霊炉こうれいろ》を最初に見たとき、すでに事件の構造に気付いていただろう男。

彼は美しい護衛の女性と、優雅にティータイムを楽しんでいる。

(この人……、あのとき“中和した”とか言ってたし、

 絶対もっと早く収められたよね?

 わざと、騒ぎが大きくなるまで、放っておいて……)

ぞわっ、と寒気が走る。

あの人、論文を出すたびに学会を炎上させることで有名な魔術具技工師だった。

エリセは身を小さくし、そっと席に沈み込む。

(お近づきにはなりたくないタイプ……

 かっこいいけど、アレは観賞用の人種だ)

ラゼルは気づいているのかいないのか、

軽やかに笑いながら隣の女性に言う。

「アハハ、イリディア、見てくれ。

あいつ、またこんな……相変わらず、よく分からない」

「まぁ♡♡ いつ見ても麗しい方♡♡

 坊ちゃん、すぐにこの本買いに行きましょう!

 お家に飾ってもよろしいでしょ?」

エリセにはその会話の内容までは届いていなかった。

が、ふたりが立ち上がって店を出るとき――

「あっ、エリセもいたんだ! 今度一緒にごはん食べようね」

何気ない口調でラゼルが声をかけてきた。

そして、テーブルに一冊の雑誌を置いていく。

(雑誌くらい自分で片付けていきなさいよ)

思わず眉をひそめるエリセ。

けれど、ふと表紙が目に入り、自然と手が伸びた。

《世界のイケメンランキング 525年春号》

表紙には、きらきらと光る金の箔押しで、そう記されていた。

なんとなく、という気まぐれでページをめくっていく。

ラゼル=ネイムの名を見つけて、ふぅんと鼻を鳴らす。

(……ほらね、やっぱり観賞用だ。

 ――これが見せたかったってこと、ね)

ぱらぱら、ぱら――

その瞬間。エリセの指が止まった。

「…………っは?」

まばたきも忘れて見つめたそのページの中央に、

優雅な微笑みをたたえた“あの顔”があった。


《世界のイケメンランキング・殿堂入り》

“氷の微笑”――詳細不明

世界の美の頂点

――彼は夜空に一輪、凍てついた美を灯す“遠星”だった。

文:サラ・ヴェルグラント(フリージャーナリスト/旅する恋愛コラムニスト)


オルディアの冬は、心が静かになる。

空気は冴え、雪の音が街を包み、

人々は暖かい煮込み料理と香辛料入りの熱酒に逃げ込む。

私はその日、オルディアの小さな煮込み料理専門店で、偶然“彼”を見た。

壁際の窓辺。誰も近寄らぬ隅の席。

真昼間にもかかわらず、彼の席だけが夜の匂いを帯びていた。

名前も、職業も、年齢も、国籍さえも、誰ひとり知らない。

ただ、そこに“在る”だけ。

それなのに――目が離せない。

まるで神話の一節が、息をしていた。


「………………は?」

まばたきも、呼吸も、すっかり忘れていた。

ページの中央にあるのは、優雅な微笑みをたたえた――“あの顔”。

やわらかく波打つ黒髪は、短く整えられているのに、

どこか風にほどけたような無造作さがある。

細かいスパイラルが夜色の光を受けて、ひっそりと艶めいた。

左目にわずかにかかる前髪は、決して計算されたものではなく、

自然に、彼という存在にしか似合わない角度で落ちている。

その目は深淵に沈む魔術のような、無音の水面のような――

見た者の影だけを静かに返すような色をしていた。


冷たくも柔らかな、微笑み。

整った輪郭、沈黙をまとう気配、その立ち姿にさえ、どこか人ではない異質さが滲む。

美しい、と言うには違う。足りない。

それはきっと、“美”すら追いつけないほどのもの。


まるで夢を見ているような、そんな心地がした。

――紛れもなく、先生だ。

だって、こんな顔二人も存在するわけない。

(……ていうか、

 ほんとに“氷の微笑”とか呼ばれてんの? 神話かよ)

視界がにじむ。

いや、違う。意識の方がふらついていた。

音も、空気も、感覚も、ぐにゃぐにゃと歪んでいる。

ようやく、頭の中の糸が一本だけ、はじけた。


「……オルディア」

ぽつりと呟いたその言葉が、重く胸に沈む。

無口で、無愛想で、共感力ゼロな男。

――なのに、世界の美の頂点?

「え、なにそれ……顔なの……?」

顔から火が出そうだった。

ゆっくりと、額をテーブルに打ちつける。

「技術でも魔術でもなくて、顔なの……!? ほんとに!?」

そのまま椅子の上で、カフェの死角にそっと崩れ落ちた。

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