第28話 あたしの冤罪と先生の証跡 (中編)
――まずい。何かが起きている。
「行ってみよう!」
ユフィが頷き、ふたりは駆け出した。
冷えた石畳の通路を抜け、胸を押さえて道を曲がる。
空は晴れている。けれど、空気が異様に重たい。
視界の端で、見知らぬ誰かが走り、泣き叫び、どこかの家から黒煙が上がっているのが見えた。
――中央門がある辺りだろうか?
門へと続く大通りを駆け抜ける。
その間にも、あちこちから怒号、泣き声、崩れ落ちる瓦礫の音が押し寄せてくる。
行き交う人々は皆、恐怖に目を見開き、逃げ惑っていた。
――中央門にたどり着くと、目の前に広がっていたのは、混沌だった。
門が、破られていた。
巨大な裂け目のように開いた門扉の隙間から、何匹もの魔獣が街中へなだれ込んでいる。
牙を剥き、咆哮し、暴れ回る異形の群れ――。
その先頭に立つのは、角を持つ黒い獣。肩幅の広い体からは濁った魔力が漏れ出していた。
門番の兵士たちが剣を抜き、必死に立ち向かっている。
周囲には、駆けつけた冒険者たちの姿もちらほら見える。だが、数が足りない。完全に押されている。
「くそっ、あいつら速すぎる――!」
「誰か援護をっ!!」
「盾持ちがやられた、後ろに下がれっ!」
兵士たちの叫びが、混乱の中に響く。
エリセは目を細め、前線の崩れかけた様子を見て即座に判断した。
迷わず、《紅蓮の牙》が鈍く光る腕を前へ伸ばす。
ボルドーの魔石は今もまだ熱く脈打っていた。――魔力が渦を巻いている。
「行くよ――!」
エリセの頭上に浮かび上がる赤い魔法陣の中心から、炎をまとった無数の長槍が召喚される。
「貫け! 炎槍!」
ヴォンッ!!
空気が炸裂し、まるで炎の雨のように魔獣たちへと降り注いだ。
最前線を走っていた一団が、炎を浴びてよろめき、地面に激突する。
その後に続く魔獣たちが思わず足を止めた。
「後衛は下がって!」
エリセは叫ぶ。
声は自然と戦闘用のテンションへと切り替わっていた。
「炎槍!!」
再び魔力を練り、両手を前に突き出す。
ヴォンッ!!
大気が熱を孕み、放たれた槍状の炎が魔獣の脇腹を貫いた。
咆哮が、地面を、空気を、心臓を揺さぶる。
背後では、ようやく術式技術規正機構の研究員たちや、街の騎士たちが現場に到着し始めていた。
だが――彼らは完全に動揺していた。
「な、なんで魔獣が街中に!?」
「警戒線は!? 魔術感知は!?」
「くそ、こんな早さ、事前に察知できるはずが……!」
エリセは唇を噛んだ。
これも、精神汚染の影響――?
もしかして、門番までもが……?
(そんなの、ありえるの……?)
けれど、もはや考えている暇はなかった。
再びこちらに突進してくる魔獣の群れに、エリセは手を振り上げた。
「――炎槍!!」
ヴォンッ!!
紅蓮の牙が応じ、炎が咆哮をあげて魔獣の肉を焼いた。
――その時だった。
不意に、右腕を何かに掴まれた。
「君、これ! いい魔術具持ってるな♡」
紅蓮の牙をつけた腕を、下から両手で取られる。
ぎょっとして振り返ると、金髪の青年が頬ずりする勢いで腕輪を覗き込んでいた。
「あは♡ 間違いない、双頭の蛇の紋章だ! わぉ、魔力変換率が化け物だ……!」
「ちょ、ちょっと離して……!」
思わず身を引くエリセ。
だが彼は意に介さず、にこにこと笑ったままだ。
「坊ちゃん、待て。お前のテンション、だいたい現場の空気に合ってない」
低く、冷えた声が割り込む。
魔獣の群れを、たった一振りで三頭、真っ二つにして進む長身の女――イリディアが、こちらに振り向く。
その横で、金髪の青年は懐から小さな金属環を取り出していた。
指の上でくるくると回転させながら、軽くつぶやく。
「――歪みを正して、うーん、三十分くらいかな?」
次の瞬間、空気が変わった。
周囲の人々が次々に崩れ落ち、魔獣の動きが一斉に緩慢になる。
「……っ!」
隣にいたユフィも倒れかけ、エリセは慌ててその体を支えた。
(今、何が……!?)
しかし、イリディアは止まらない。
次々と、迷いなく、正確に魔獣たちを仕留めていく。
その間にも、金髪の青年――ラゼルは、エリセの腕に装着された紅蓮の牙を分解しはじめていた。
「やっぱりみーーーっけ♡ 蒸発冷却の魔石♡♡
こんな若い女の子が扱う火属性の量産型魔術具に仕込むなんて、容赦ないなぁ。
はぁー。久しぶりだなぁ、この魔力残渣」
楽しげに、まるで積み木でも組むような軽快さで、紅蓮の牙を分解し、また組み立てていく。
(な、なんていうか……デジャヴ……)
問答無用で人の魔術具を分解していた、あの誰かの姿が、ふと脳裏をかすめる。
そしてラゼルは、最後の部品をパチンと嵌めながら言った。
「僕は術具設計師のラゼル=ネイム。君は? こんなところで何してたの? 危ないよ?」
その時には、もう周囲の魔獣は一掃されていた。
「……術規の嘱託研究員エリセ・ノアリス」
簡潔に名乗り、あたりを見渡した。
もう、どこにも、新たな魔獣の気配はない。
「……あなたは、今なにしたの?
町の人や魔獣の精神汚染の解除……もしかして……犯人?」
鋭い声で問いかけると、ラゼルは肩をすくめて笑った。
「いや、まさか。君と話したかったから三十分だけ、周辺の魔力干渉を解除しただけだよ?
ほら、君の魔術具だって、似たようなことしてる。範囲が違うだけでね」
「解除って、そんな簡単に――……ッ、
んなことより原因探す方が先ね!」
エリセは踵を返した。
「術規に戻って、最近王都に持ち込まれた魔術具を調べないと!」
***
術式技術規正機構(通称:術規)へ戻る道すがら、
エリセは何度か横目でラゼルを見た。
……なぜか、ついてきている。
「なによ。なんであんたがついてくるのよ」
「ん? 君、面白そうだから――ここで別れたらもったいないなって」
飄々とした声。
悪びれもせず微笑むその様子に、エリセは額を押さえた。
すぐ後ろでは、ユフィがイリディアに背負われていた。
ぐったりとした様子で、かろうじて目を開けているが、意識はまだ朦朧としている。
お姫様抱っこというより、武器を背負っているような堂々たる背負い方だった。




